田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の楽曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。今週の話題といえば、オアシスが96年の8月に行ったネブワース公演の長編ドキュメンタリー映画が年内にイギリス本国で公開される、というニュースですよね。しかも、ノエル&リアム・ギャラガーも製作に参加するみたいです。同公演は2日間で25万人以上の聴衆を集めた伝説的なライブですが、実はこれまでちゃんとした映像作品にはなってなかったんです。日本でも公開されてほしいですねえ」
天野龍太郎「牽強付会すぎる……。しかもそれ、2週間前のニュースだし……。今週最大のトピックは、5月11日に開催された〈ブリット・アワード〉です。デュア・リパが〈ブリティッシュ・アルバム〉と〈ブリティッシュ女性ソロ・アーティスト〉の最多2部門を受賞しました。多くの女性アーティストが賞に輝いたことを含め、とてもいい祭典でしたね。アーロ・パークスが〈ブレイクスルー・アーティスト〉を受賞したことがうれしかった! ただ、フォンテインズD.C.が〈国際グループ〉を逃したのはちょっと残念です」
田中「ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーを迎えて“Save Your Tears”を披露したウィークエンドなど、パフォーマンスも素晴らしかったですよね。ラグンボーン・マンとピンクのステージには、コロナ禍のイギリスで最前線に立ちつづける国民保健サーヴィス〈NHS〉の職員による合唱隊が登場。カメラが彼らを捉えるシーンでは、思わず頬を濡らしてしまいました」
天野「会場にはNHSで働く方を中心に、一般の労働者数千人が招待されたそうです。そうした取り組みも素晴らしかったですよね。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」
BERWYN “RUBBER BANDS”
Song Of The Week
田中「〈SOTW〉はバーウィンの“RUBBER BANDS”! 全編に漂うメロウネスがたまらないラップ・ソングですね。彼はトリニダード・ドバゴ出身で、ロンドン東部のロンフォードを拠点に活動するラッパー。エヴリシング・イズ・レコーデッドの新作『FRIDAY FOREVER』やヘディ・ワンとフレッド・アゲインの共作曲“GANG”のリミックス(いずれも2020年)への参加などで注目を集めました」
天野「彼のラップは、ポエトリー・リーディングすれすれの淡々と言葉を紡いでいくスタイルと、なめらかな歌のフロウとの行き来が特徴ですよね。また、ピアノを弾けるようで、プロダクションはリリカルな鍵盤の音色が印象的なものが多い。内省的な語り口と温かいサウンドは、すでに彼特有の音楽性として確立されています」
田中「トリップ・ホップ的なプロダクションは、アーロ・パークスあたりと共振しているのかな、と思いました。この“RUBBER BANDS”も、初期のマッシヴ・アタックを彷彿とさせるダビーでクールな質感を持っています」
天野「それよりも、もっとポスト・ダブステップ的なプロダクションだと思いますね。リリックに目を向けると〈昔、恋に落ちた〉という言葉から始まるハートブレイク・ソングのように思えますが、これまで彼が移民の暮らしの大変さをラップしてきたことをふまえると、単純にラヴソングとして捉えることはできないかも。その背景には、貧困や先の見えない生活が窺えます。なお、この曲が収録されるミックステープ『TAPE2 / FOMALHAUT』は6月18日(金)のリリース予定。〈FOMALHAUT(フォーマルハウト)〉はあまり聞かない単語ですが、みなみのうお座α星という恒星のことなんだとか。はたして、どんな作品になっているんでしょうか?」
TORRES “Don’t Go Puttin Wishes In My Head”
天野「トーレスことマッケンジー・スコット(Mackenzie Scott)は、米NYブルックリンのシンガー・ソングライターです。彼女についての記事ってMikikiも含めてあまり日本のメディアにはないのですが、トーレスはUSインディー・ファンには知られた存在ですね。2013年、学生時代に制作したファースト・アルバム『TORRES』でデビューしています」
田中「シャロン・ヴァン・エッテンからガービッジ、ブランディ・カーライルまで、共演経験も多彩ですね。骨太で一本筋の通ったオルタナティヴ・ロックや、ゴシックで実験的なサウンドが持ち味で、サード・アルバム『Three Futures』(2017年)を4ADからリリースしているのも納得。前作はマージからの『Silver Tongue』(2020年)で、実験性を深めたダークな世界が魅力的でした」
天野「いっぽう今回の新曲“Don’t Go Puttin Wishes In My Head”は、かなりポップで開けています。そこにまず、驚きました。煌びやかなシンセサイザーのシーケンスが鳴り響くイントロから、まるでブルース・スプリングスティーンのような80sロック調へ。アリーナ・ロック的と形容してもいいくらいです」
田中「びっくりな変化ですね。“Don’t Go Puttin Wishes In My Head”は7月30日(金)にリリースされる新作『Thirstier』からのシングルで、スコットはアルバムについて〈人生で経験したことのない深い深いよろこびが呼び起こされた。自分の内側にロックを感じた。他の人々のよろこびも呼び起こしたいと思った〉と語っています。新生トーレスはポップでロックなモードのようですね」
Poté “Stare”
田中「ポテはカリブ海のセントルシアで生まれ、その後UKへ移り、現在はフランスのパリを拠点にしているシンガー/プロデューサー。この連載で取り上げるのは初めてですが、よく候補には挙がっていたんですよね。デーモン・アルバーンをフィーチャーした前の楽曲“Young Lies”もヒプノティックなポップソングで、すごくよくて」
天野「彼の近作はボノボが主催するレーベル〈OUTLIER〉からリリースされていて、“Young Lies”はいかにもボノボっぽい音でしたよね(笑)。この“Stare”も冷たい質感のエレクトロニック・ビートに情感たっぷりの歌声を溶け合わせた、アブストラクトなR&Bに仕上がっています」
田中「〈どこにも逃げ場がない/息をできる場所さえないように感じるんだ〉と辛い気持ちを吐露するリリックは、コロナ禍における閉塞感を歌ったものなのでしょうか。“Stare”と“Young Lies”を収録したデビュー・アルバム『A Tenuous Tale Of Her』は、6月4日(金)にリリース予定。力作になっていそうです」