クラシックの一流演奏家集団でありつつ、70年代黄金期プログレッシヴ・ロックの名曲を独自のアレンジでカヴァーする弦楽四重奏団モルゴーア・クァルテット。大反響を呼んだ一昨年の『21世紀の精神正常者たち』に続く新作『原子心母の危機』のリリースを記念し て、プログレ・カヴァーだけでプログラムを組んだスペシャル・ライヴが8月22日、六本木のスーパー・デラックスでおこなわれた。
会場はびっしり満員。眼光鋭い筋金入りのプログレ・ファンが大勢詰め掛けたのは当然として、女性客の多さに、まずびっくり。モルゴーア・ファンのクラシック・リスナーもいるのだろうが、それ以上にプログレ・ファンが多い模様。つくづく、時代は変わったもので ある。そして、昨今のプログレ再評価ムーヴメントにおけるモルゴーアの功績の大きさを、今更ながら実感させられる。
そのプログレ再評価熱をモルゴーアと共に牽引してきた吉松隆のオーケストラ版「タルカス」をBGMに登場したモルゴーア。「タルカス」終了と同時におもむろに始まったのは、『原子心母の危機』でもオープニング・ナンバーとして演奏されていたキング・クリムゾン「レッド」である。危機感を煽る不穏な5拍子のイントロ以下、シンプルな構造の中から噴出する無情の剛毅さを、重厚な弦の響きが巧みに抉り出してゆく。 続く2曲目もクリムゾンの、これまた新作に収録された「平和~堕落天使」。ロマン派的な芳醇な響きが強烈にドラマティックで、ベートーヴェン後期の弦楽四 重奏曲を想起させたりも。
3曲目は、『21世紀の精神正常者たち』収録のピンク・フロイド「マネー」。個人的に、この曲は嫌いだし、そもそも弦Qによるフロイドのカヴァーそのものに無理がある。と思っていたのだが、彼らの演奏は、不協和音を多用したノイジーな編曲によってフロイドならではの立体的/空間的広がりを見事に表現してゆく。そして、前半最後は、『原子心母の危機』収録のELP「トリロジー」。ライヴで演奏するのは今回が初めてということで、モルゴーアもやや緊張ぎみだったが、元々がショスタコーヴィチを専門とする彼らにとって、細かくスピーディなリズム展開を身上とする ELPの曲は最もフィットするわけで、ここでの演奏も、まさに水を得た魚のごときしなやかさで観客を圧倒した。
休憩を挟んでの後半は2曲。どちらも『原子心母の危機』の収録曲だ。まずは、ジェネシス「シネマ・ショ ウ~アイル・オブ・プレンティ」だが、個人的にはやや不満が残った。絵巻物のように緩急織り交ぜて展開されるドリーミーな名曲だが、途中、リズムのばたつきが目立ち、また、全体的にややメリハリの足りなさも否めない。それは実は、『原子心母の危機』を聴いた時も思ったことなのだが。オリジナルのスタジオ録音ヴァージョンではなく、爆発的盛り上がりが感動的なライヴ盤『Seconds Out』ヴァージョンを元にアレンジした方が良かったと思うのだが、どうだろうか。
そしてラストは当然、イエス「危機」。オリジナル・アルバムではA面全体を占める20分近くの組曲を丸々全部。イントロ部分の小鳥の囀りを弦のハイポジションで再現するという細かい芸から入り、そのまま異常なテンションをキープしたまま、どこを切ってもクライマックスと言っていいような複雑怪奇な難曲を一気に駆け抜ける。特に工夫を凝らすことなく、原曲に忠実な編曲での演奏だが、原曲そのものが非のうちどころのない完成された世界なれば、そのまま真正面から挑むという彼らのここでの姿勢は正しいかったはず。固唾を呑んで見守る観客が、鬼の形相で完走しきった モルゴーアに惜しみない拍手を送る情景は、なかなか感動的であった。
『原子心母の危機』からはほとんどの収録曲が演奏されたわけだが、個人的には、アレンジの秀逸さに唸らされたフロイド「原子心母」もやってほしかった。次の機会に期待しよう。また、このプログレ・プロジェクトの首謀者であり、すべての編曲を担当している第一ヴァイオリン奏者・荒井英治によるプログレ愛溢 れるMCが、客席の笑いと共感をおおいに引き出していたことも忘れてはならないだろう。「シンセは未来的で、メロトロンは過去的。未来と太古を統合したのがプログレ」とか。なお、『21世紀の精神正常者たち』と『原子心母の危機』は、吉松の『タルカス』と共に、この9月にアナログLP(収録曲はCDより もやや少ない)化されたことも付け加えておこう。
text&photo:松山晋也