楽譜が読めなくても楽しめる、ベックの楽譜プロジェクト!

 エレクトロニックなパッチワークのおもしろさを突き詰める路線と、ストリップ・ダウンしたフォーキーなナチュラル路線――ベックの楽曲群には大きく分けて2つの路線が存在するが、ここ最近は後者の冴えが際立っている。今年2月発表の『Morning Phase』も静かなるサイケデリック・フォークな内容で、2002年の傷心アルバム『Sea Change』以来とも言える高評価を獲得した。それと並行する形で、フォーキー路線の延長線上にあると思われる、もうひとつの奇妙なプロジェクトが進行していたのをご存知だろうか。

 20曲分の楽譜とアートワークから成る『Song Reader』を、ベックは2012年にマクスウィニーズ出版社からリリース。つまり音のない〈アルバム〉なのだが、そんな作品を出そうと思い立った理由について、彼はこのように説明する。

 「あれは90年代半ば、ちょうど『Mellow Gold』を出した後のことだ。そのアルバムのピアノとギター・コードを譜面に起こす出版社から、楽譜のコピーが送られてきた。音という無形のアイデアが記譜され、形になったものをマジマジと眺めて、〈音源というのは、楽譜になっても同じ効果を発揮するようにはできていないんだ〉と痛感したよ。順序を逆にして、曲を楽譜にすることを先行させたほうが、ずっと自然なように思えたんだ。演奏しなければ聴くことのできないアルバム――そんなアイデアがふと頭をよぎった瞬間だったね」。

 昨年には『Song Reader』収録曲を実際に演奏するコンサートが3回実現し、ゲストにジャーヴィス・コッカー、ジャック・ブラック、フアネス、フランツ・フェルディナンド、デヴィッド・キャンベル(ベックのお父上)のオーケストラなどを招待。そして、それらを改めてスタジオでレコーディングしたのが、到着したばかりのコンピ『Beck Song Reader』というわけだ。前置きが長くなったが、ここには新旧取り混ぜ、ジャンルを超えた顔ぶれが揃っている。

 「収録曲のベースは、主にピアノによるアレンジとギターのコードで構成されている。でも自己流に編曲してもいいし、もちろん元のアレンジを無視してもらっても一向に構わない。パフォーマーのみんなには〈記譜されたものに捕われないで演奏してほしい〉と説明したくらいだよ」。

VARIOUS ARTISTS 『Beck Song Reader』 Capitol/HOSTESS(2014)

 制約の少ない条件下で行われた自由度の高いレコーディングだけに、参加アーティストはのびのびと自分らしさを発揮。個人的にはフアネスとノラ・ジョーンズによる各ナンバーがとりわけ良い出来なんじゃないかと思うのだが、ベック自身とランドール・ポスター(ウェス・アンダーソン映画のスコアなどを手掛けてきた人物)がプロデュースにあたっているので、ベックの思惑も多少は入っているのだろう。とはいえ、彼らしい演出を感じさせる部分はほとんどない。むしろベックのソングライターとしての多様性と懐の深さを感じさせられる仕上がりだ。

 2008年にデンジャー・マウスと制作した『Modern Guilt』をもって、ベックはインタースコープとの契約を満了。以降は、シャルロット・ゲンスブールやサーストン・ムーア、スティーヴン・マルクマスらの作品を手掛けたり、名盤をみんなでカヴァーしてネット配信するプロジェクト〈Record Club〉を立ち上げたり、フィリップ・グラスのリミックス・アルバム『Rework Philip Glass Remixed』をキュレートするなど、パフォーマーとしてより裏方としての仕事のほうが目立っていた。もちろん、背中を痛めてギターを持つことや声を張り上げることが困難になり、ツアーを断念した健康上の理由もあったようなのだが、計らずも楽曲の良さとは何かを見つめ直し、ソングライターとして向上する機会を得たことで、それが『Beck Song Reader』の誕生に繋がったという見方もできそうだ。

 「音楽を開放すること、人々にいろいろな形式で曲に関わってもらう可能性、そして現存する多くの音楽形態が提供する以上の別次元の可触性を与えること、それがこのコレクションの究極の目的だよ」と語るベック。楽譜を出発点にするなんて懐古趣味と思えるかもしれないが、最新テクノロジーを使いこなせる彼だからこそ、振り返って古きを訪ねる余裕があったに違いない。それにしても、参加者の全員が楽譜を読めるってことなのか? 妙なところで感心させられたり……。

 

▼ベックの近作

左から、2006年作『The Information』、2008年作『Modern Guilt』(共にInterscope)、2014年作『Morning Phase』(Fonograf)
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▼関連作品

左から、シャルロット・ゲンスブールの2010年作『IRM』(Because)、サーストン・ムーアの2011年作『Demolished Thoughts』、スティーヴン・マルクマス&ザ・ジックスの2011年作『Mirror Traffic』(共にMatador)、2012年にリリースされたフィリップ・グラスのリミックス盤『Rework Philip Glass Remixed』(Orange Mountain)
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