タワーレコード新宿店~渋谷店の洋楽ロック/ポップス担当として、長年にわたり数々の企画やバイイングを行ってきた北爪啓之さん。マスメディアやweb媒体などにも登場し、洋楽から邦楽、歌謡曲からオルタナティブ、オールディーズからアニソンまで横断する幅広い知識と独自の目線で語られるアイテムの紹介にファンも多い。退社後も実家稼業のかたわら〈音楽〉に接点のある仕事を続け、時折タワーレコードとも関わる真のミュージックラヴァ―でもあります。

つねにリスナー視点を大切にした語り口とユーモラスな発想をもっと多くの人に知ってもらいたい、読んでもらいたい! ということで始まったのが、連載〈パノラマ音楽奇談〉です。第8回は北爪さんのアニメ遍歴、そしてリリースから10周年を迎えた花澤香菜さんのファーストアルバム『claire』(2013年)について綴ってもらいました。 *Mikiki編集部

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マクロス、ガンバ、ミンキーモモ……少年時代のアニメ体験

今回は声優・花澤香菜のファーストアルバム『claire』を取り上げたいと思います。いつにもまして脈絡のないセレクトですが、好きなのだから仕方ありません。ただ本稿では、花澤さんの10周年にかこつけて自分とアニメの関わりについて振り返るというのが一つの主題でもあるので、自分語りと花澤さんの話が半々くらいになることを先にお伝えしておきます。

というわけで、話は我が小学校時代に遡ります。当時の僕は専門誌を2冊定期購読していたほどアニメに夢中で、人生で初めて買ったレコード(ハジレコ)も「超時空要塞マクロス」のシングル“マクロス”だったし、部屋には「ガンバの冒険」の大きなポスターも貼っていました。このポスターは映画公開時に係員さんを泣き落として無理やり譲ってもらったと記憶しています。小学生も高学年になると部屋のポスターは「魔法のプリンセス ミンキーモモ」と大友克洋の漫画「童夢」という対極にもほどがある組合わせに変わったのですが、そもそも水木しげるとわたせせいぞうを同じくらい愛読するアンビバレンツな少年だったので不思議ではありません。

「魔法のプリンセス ミンキーモモ」LPと「ガンバの冒険」DVDボックス(北爪私物)

中学2年くらいまではかなりアニメにハマっていたものの、次第に小説を読んだり洋楽のロックンロールを聴いたりするほうが面白くなってきてしまい、高校に上がる頃にはすっかり熱も醒めてしまったのでした。その後は社会現象にもなった「新世紀エヴァンゲリオン」すらスルーほど、完全にアニメとは無縁の生活を送り続けていたのです。

 

「まりあ†ほりっく」は奇書「虚無への供物」!?

ところが、だいぶ時が流れた2009年、深夜にテレビを垂れ流していたら始まった「まりあ†ほりっく」というアニメをダラダラ観ていたところ、これがなんだか気になるのです。

ナンセンスな学園コメディなのに背景がときおりミュシャ風のアールヌーヴォーになったり、敷かれたカーペットがエッシャーの柄だったりと妙にハイブロウな雰囲気。そして会話が宝石にまつわる衒学的なウンチクに及んだとき、〈これは中井英夫の「虚無への供物」じゃないか!〉と仰天してしまいました。「虚無への供物」は日本三大奇書の一冊として名高いアンチ・ミステリ小説ですが、「まりほり」のやたらとペダンチックな作風にどこか似たものを感じたのです。のちに監督の新房昭之が相当な探偵小説マニアだと知って合点がいくのですが、自分以外の誰も〈まりほり=虚無説〉を唱えている人がいないので勘違いかもしれません。

それはさておき、最近のアニメはひょっとすると面白いのかも知れない……と思わせるには十分の作品ではあったものの、それでもまだ能動的にアニメを鑑賞しようという気持ちにまでは至らなかったのです。