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LAの音響派シンガー・ソングライターが6年ぶりに帰還――人の生と死、自分自身の内面や身体の変化に目を向けて綴られた新作は流動的で複雑な美しさに溢れている!

 伝説のフォーク歌手リンダ・パーハクスの34年ぶりの復帰作に参加し、 近年は「17歳の瞳に映る世界」など映画のサウンドトラックも手掛けるLAの女性ミュージシャン、ジュリア・ホルター。ギリシャ神話の悲劇「ヒッポリュトス」を下敷きにしたデビュー作『Tragedy』(2011年)や、ミュージカル映画「恋の手ほどき」を題材にした『Loud City Song』(2013年)などのコンセプチュアルなアート・ポップ作品で知られる彼女だが、実に6年ぶりのアルバムとなる『Something In The Room She Moves』は、生まれたばかりの娘に捧げた“Sun Girl”で幕を開け、ジブリのアニメ映画「崖の上のポニョ」から着想を得たという“Evening Mood”では、フィルターをかけた超音波の胎動がフィーチャーされている。

JULIA HOLTER 『Something In The Room She Moves』 Domino/BEAT(2024)

 「ポニョは人間に姿を変える魚で、その変化や流動性が好きなの。そこには生や死も含まれているけど、ちょうど私は子どもを授かって、甥を亡くしたから、個人的にも興味を持った。アルバムのほとんどの曲は私が妊娠している時に書いたから、その時期の自分を閉じ込めている。それからコロナがあって祖父母を亡くしたから、身体の変化について、たくさん考えていたの」。

 そんな彼女の夫で、 本作でもバグパイプやシンセサイザーを演奏しているタシ・ワダは、前衛芸術運動フルクサスにも参加していたドローン音楽の先駆者、ヨシ・ワダの息子。2021年に亡くなったヨシは、生前にジュリアやタシとコラボレートした『Nue』(2018年)という作品を残している。

 「タシのお母さんはベルギー出身でフランス語を話すんだけど、〈Nue〉にはフランス語で〈裸〉っていう意味があって、日本にはいろんな動物を掛け合わせた鵺(ぬえ)っていう妖怪がいるでしょ。だからそこにも、変化っていうテーマがあるんだよね」。

 今回の新作には、ジュリアがナイト・ジュエルことラモーナ・ゴンザレスやミア・ドイ・トッドらと一緒にアカペラで歌う“Meyou”という曲が収められているが、それは『Nue』に収録されていた“Ondine”という曲によく似ている。オンディーヌは水の精霊で、人間の男性と結婚することで魂を得ると言われているが、それは偶然にも「崖の上のポニョ」の物語と重なるものだ。

 「本当だ! “Ondine”はタシが書いたんだけど、彼も私と同じように、不完全なユニゾンに興味を持っていたの。全員で同じメロディーを歌おうとするんだけど、完全に同じものにはならないから、そこにカオスが生まれる」。

 母方の祖父がレバノンからの移民の息子だったというジュリアだが、本作の制作中に繰り返し聴いていたのが、レバノンの国民的歌手であるファイルーズのアルバム『Maarifti Feek』(87年)だ。

 「彼女の歌声の情感と、楽曲の装飾の調和が好き。全部の作品がそうだってわけじゃないけど、あのアルバムは特に、サックスとピアノっていう楽器構成とか、ジャジーなフィーリングが私の作品に通じるものがあると思う。それがアラブ音楽と混ざり合っていて、そのコンビネーションが好きなの」。

 一方、ジュリアの父ダリルはフォーク歌手であり、ウディ・ガスリーの研究家でもあるが、先述した“Sun Girl”と“Evening Mood”では、父方の祖父から譲り受けたというペダル・スチール・ギターが取り入れられている。

 「私はこれまで自分の作品でギターを使ったことはなかったの。ピアノと同じハーモニー楽器だから必要としなかったのもあるけど、娘が赤ちゃんだった時は大きな音を出したくないから、ギターでいくつかコードを奏でたりしてた。これからはもっと弾きたいと思ってる」。

 その言葉通り、ビートルズの“Good Night”や“Yellow Submarine”を、子守歌として娘に歌い聴かせていたというジュリア。『Something In The Room She Moves』というタイトルもまた、ビートルズの“Something”の冒頭の歌詞を反転させ、女性の視点から描いたものだ。架空の人物や物語を題材にしてきた彼女が、初めて家族のルーツや自分の内面に目を向けた、膨大な家系図のような作品。それがこのアルバムなのではないだろうか。

ジュリア・ホルターの近作と参加作品を一部紹介。
左から、ジュリア・ホルターの2015年作『Have You In My Wilderness』、2018年作『Aviary』、アンナ・カルヴィの2020年作『Hunted』(Domino)、ナイト・ジュエルの2021年作『No Sun』(Gloriette)、オールド・ファイアの2022年作『Voids』(Western Vinyl)、コール・スーパーの2023年作『Eulo Cramps』(Can You Feel The Sun)