推し活アゲイン
――歳月を重ねたのは人だけではなく、楽曲も進化しているなかでの再会

 昨年紀尾井ホールで観た大江千里の40周年コンサート〈Door number YOU〉のアンコール公演が全国3か所で行われた。そのうちの神奈川県立音楽堂での公演を観たのだが、前回の会場に比べて、キャパ2割増ぐらいなのに、観客からにじみ出ている活気のせいか、ホールがかなり広く大きく感じられる。そんな不思議な感覚にまず襲われた。

 大江千里の40年におよぶ音楽人生のうち前半の25年は、ポップソングのシンガーソングライターとしてヒット曲を生み続け、その後渡米して音大でジャズを学び、今も続く後半は、NYでジャズピアニストとして活動している。そんな彼の歌のないピアノソロコンサートは、40年のキャリアが凝縮された編成で、“ありがとう”や“竹林をぬけて”などのヒット曲、さらに40周年記念アルバム『Class of ’88』からの新曲“CLASS NOTES”、“ラウロ・ジ・フレイタス”などがMCを挟みつつ、次々に演奏されていった。

 この日は、まだ寒さが厳しかったが、1曲目の“My Glory Days”からひと足早く訪れた春のような軽やかなピアノが披露されていく。再演ということで余裕が生まれたのか、それとも昨年末の取材で、「〈Door number YOU〉では僕と観客が同じ音を共有している歓びがありつつ、こうすれば、もっと伝わるという発見があった」と語ったように確かな手応えが自信になったのか、いずれにしても本領発揮のエネルギーに満ちていた。

 もともと歌詞のある曲で、きっと彼も心の中で歌っているだろうピアノからは、本当に歌が聴こえてくる。3曲目の“竹林をぬけて”でそう感じるなか、その演奏に観客も触発されたのか、そのあとの“サヴォタージュ”ではキャッチーなメロディに手拍子が自然に湧き起こる。そんな観客の反応に彼自身も思わず上げてしまった「イエーイ!」という声が会場に響く。

 MCでも「指で歌っているんだ」と話したが、彼の指は変幻自在のようだ。少し大袈裟な言い方をすると、まるで曲が憑依するかのごとく演奏していく。たとえば、タイトルがポルトガル語の“ラウロ・ジ・フレイタス”は、ボサノバ調の楽曲ではあるけれど、演奏はどこかミシェル・ルグランを彷彿させて、フランス印象派とボサノバの関係が頭をよぎったり、また、“The adventure of Uncle Senri”はラグタイム風。そこに作曲のインスピレーションが見え隠れするわけだが、同時に彼のピアノの本質を見る想いがした。

 セットリストは、その日の気分によって開演直前に決められるそうで、前回と比べると、このシリーズに欠かせない重複する曲はもちろんあるけれど、季節をテーマにした“秋唄”がなくなっていたり、反対に“ありがとう”で横浜少年少女合唱団と共演するなど、新たな試みもあった。

 そして、会場の熱量が最高潮に達するなか突入したアンコールでは、最前列に陣取ったファンから楽曲に合わせて「千里~♪」の掛け声が上がり、お約束のパフォーマンスも。それに応えるように彼もちょっと歌い出してしまった。ポップス時代が再現された光景に、当時はこんな言い方はなかったけれど、〈推し活アゲイン〉という言葉が浮かんできた。

 歳月を重ねたのは人だけではなく、楽曲も進化しているなかでの再会。昨年は、ノスタルジーからか、鼻をすする音があちこちからしていたが、今回は過去よりも未来、まだまだ可能性はあるという思いに駆られた。

 実際に夏にまたコンサートが予定されているという。今年もNYと日本を忙しく行き来する日々が続くようだ。

 


LIVE INFORMATION
大江千里 New Year Piano Concert “Door Number YOU” Encore

2024年1月9日(火)神奈川県立音楽堂 ※終了しました
出演:大江千里
共演:横浜少年少女合唱団(横浜)

『BIG SOLO』-SENRI OE PIANO CONCERT 2024-
2024年6月29日(土)京都・ロームシアター京都 サウスホール
2024年6月30日(日)大阪・箕面市立文化芸能劇場 大ホール
2024年7月5日(金)東京・紀尾井ホール 
2024年7月12日(金)愛知・名古屋 Niterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
2024年7月21日(日)東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール
https://classics-festival.com/rc/performance/senri-oe-piano-concert-2024/