こないだユウジさんのパソコンをチラッとのぞいたところ、Amazonから〈あなたにオススメ〉と、内田勘太郎の最新作『DES'E MY BLUES』のお知らせが届いていた。なかなか気が利いてるじゃないか。ユウジさん、そいつはとってもワイルドでセクシーなブルース・アルバムだよ。女性を部屋に呼んだときとってもいいムードを作り上げてくれるはず。ぜひあなたのコレクションに加えるべきだ。そんな純度100%なブルースを奏でるオススメ・アーティストと、ブルースに愛された勝浦生まれのギタリストによるふたりのビッグショー〈Makoto Kubota presents Guitar Samurai Showdown The ultimate guitar show featuring two cool ax-men Kantaro Uchida & Yuji Hamaguchi〉が、2月3日に渋谷WWWで開かれた。

【参考動画】内田勘太郎の2014年作『DES'E MY BLUES』収録曲“一陣の風”

 

渋谷のど真ん中、スペイン坂を登りきったところにあるこのライヴハウス。もともとシネマライズがあったところだと言えばわかる人も多いだろう。ミニ・シアター・ブームを牽引したスタイリッシュな映画館の名残をいまもあちらこちらに留めているこの会場にてユウジさんがライヴを行うのは今回で2度目。前回は、アルバム『濱口祐自 フロム・カツウラ』のレコ発で(2014年6月25日に開催)、同じく新譜を出したばかりのBLACK WAXとのツーマンだった。

今回は、その顔見せライヴのリベンジ・マッチでもあった。あの日のライヴで、ユウジさんは演奏の途中に指が攣るという人生で初めてのアクシデントに見舞われることになる。〈あれ、おかしいのう、ちくしょう……〉。そんな呟きが聞こえてきたと思ったら、次第に音が途切れ途切れになっていく。いったいどうした? 目を凝らして彼の手元を見てみれば、右手の指が不自然な感じに折れ曲がっていて、ピクピクと痙攣しているではないか。やがて観客たちも気づき始め、会場がざわつき始める。そのときステージ真下にいた俺は、緊張した空気がジワジワと広がっていくのを背中で感じていた。いったん小休止を入れてみたものの、一向に良くなる気配がない。スライド・バーを使った即興ブルース系だったら何とかなるかもしれない。なのにユウジさんは用意したセットリストどおりに運指がややこしい曲を弾き始めてしまう。なにせこういう事態は本人も初めてのことである。ショックを与えれば変化のきっかけがえられるかも、とでも思ったのだろう。でも状況は悪いまんま。目の前の彼は苦悶の表情を浮かべながら必死にギターを弾き続けている。ダメだ、いったん引っ込んで! 心のなかで叫んでみるけれど、当然届くはずもなく。いまこうして思い出しても冷や汗が滲み出てくる。

 

 

そのライヴのすぐ後だったと思う、同会場で内田勘太郎さんとのツーマンをやるのはどうだろう?という案がプロデューサーの久保田麻琴さんから浮上してきたのは。実際のところ、ユウジさんは難色を示した。彼のなかでこの会場はもはや、鬼門としてインプットされてしまっていた。しかし、ユウジさんの演奏レヴェルがあの程度だと思われたんじゃ、たまったもんじゃない。これは確実に言い切れるが、同じステージでビシッとリベンジを果たすユウジさんを観たいと思っている人は多いはず。だから何としてもやるべきなんだ。俺は強固にそう主張した。が、彼は聞く耳を持ってくれない。そんな話し合いがこじれてお互いカッカしてしまい、六本木駅で大ケンカしたこともある。当時の俺は、彼のクソが付くほどの頑固な性格をまだよくわかってなかったのだ。

「やってられるか!!」。エスカレーターの途中で、周りが振り返るほどの大声でユウジさんが叫んだ。ちょうどこのときは番組の収録にラジオ局に向かっている途中だった。ヤバい!と思ったけど、もう手遅れ。何度謝っても、こちらに顔を向けることもせず、スタスタと早足で歩き去ろうとする彼。まさかこのまま帰っちゃうとか? そんなことはないだろうが、このような状態でスタジオに入っても……あぁ、大失敗だ。その場にコロムビアの小林さんがいてくれたおかげで何とか事なきを得たが、あれもまた思い出すと泣きそうになる。

やっぱり鬼門は鬼門のままなのか。そう思っていた矢先のこと。ピーター・バラカンさんが主催した音楽フェス〈Peter Barakan's LIVE MAGIC!〉や、長寿音楽番組「題名のない音楽会」に出演するなどして注目度がグンと増してきた去年の秋頃に、これぞ濱口祐自でござい!と言うような決定版のライヴをやろう、って話になり、ふたたびWWWライヴの案件が議題にのぼった。するとユウジさん、〈ええよ〉と呆気ない感じがするほど素直にすんなりとOKを出したのだ。もうここまできたら開き直ってやるしかない――あの頃そんなセリフが彼の口癖のようになっていたことを思い出す。とにかく心に火が点いたらしく、リベンジ・マッチなんて屁のカッパ、どこへでも連れていきやがれ!といったべらんめえ口調で表現したくなるような心意気に溢れていたのである。

 

 

ところで前回の痙攣事件だが、重いギター・ケースを両手に持って会場に向かったことが原因だったと、本人は結論付けている模様。そこで今回は、ライヴMCでネタにしていたように、贅沢にもタクシーで会場に向かうことにした。しかしタクシー利用の裏には商売道具の手を守るという理由以上のものがあった。歩いて会場に向かったせいでああいう忌まわしい出来事が起きたのかもしれん。だったら今回は車を使えば好転するんじゃないか……というジンクスを意識したうえでの判断でもあったのだ。

漁師の家に育った彼にとって、ゲンを担ぐことは何よりも大切な行為なのである。ひとつの例で言えば、待ち合わせ場所。一回いい結果が出たりすると、その日から落ち合うのはずっと同じ場所に固定されたりする。遠回りになる、時間がかかるなんてことは彼にとって大した問題ではない。ちなみに僕が東京で彼と待ちあわせるのは、丸ノ内線の新宿駅、西新宿側の改札横と決まっている。だからいつもその場所を通るたびに、ギター・バックを担いだユウジさんが立っているような気がして仕方がない。

というわけで迎えた当日、ユウジさんは人ごみをかき分けながらえっちらおっちら坂道をのぼることなく、とっても気のいいドライバーが運転するタクシーでスムーズに会場へと乗り付けた。緊張のせいで今回もだいぶ寝不足気味のようだが、彼の表情はスカッと爽やかだったし、何よりも心にゆとりが出来ているように思える。さて、タクシーに乗ったことが吉と出るか凶と出るか。答えはWWWの神のみぞ知る。

ステージから眺めてみて、このライヴハウスはやっぱり広いと改めて実感する。キャパは450人だそうだが、今回は座席を用意してゆったりと観てもらうスタイルを採ることにした。にわかにサウンド・チェックが始まり、まるで鞭のしなるような乾いた破裂音が会場に鳴り響いていく。切れ味の鋭いサウンドの威力は今回もかなりのものだ。これぞ久保田麻琴によるミックスの賜物。通常のユウジさん仕様のPAによるサウンドとは大きく印象が異なる。

 

 

ほどなくして、今回居合のお手合わせをいただく内田勘太郎さんが到着。目の前でふたりが握手している光景を見て、なんだか感慨無量だった。勘太郎さんの新作(例のユウジさんがオススメされていたアルバムだ)の取材の場にリマスターされた『竹林パワーの夢』を持参し、今度メジャー・デビューする紀州のギター怪人です、と言葉を添えて渡したのがちょうど1年前。「あぁ、勝浦にすごいギタリストがいるって話は耳にしてたんだよな」と勘太郎さんは答えてくれた。いつかいっしょに共演できる日がくれば……と思っていたのがついこないだとは信じがたい。

さっきからユウジさんがライヴを前に不安で落ち着かないことを彼に力説している。「不安なぐらいがいいでしょう」と勘太郎さんの返事は沖縄の風のように優しい。百戦錬磨のヴェテランならではの落ち着いた口調が場を和ませてくれる。「ええ人やのう。なんか落ち着くわ」。1歳年上(学年はふたつ上)の大先輩ギタリストとの距離が一気に縮まったことを喜ぶユウジさんであった。

 

 

もうひとりの出演者についても紹介せねば。今回、MONSTER大陸のハーピスト、TAROくんがゲスト参加してくれたのだ。〈LIVE MAGIC!〉に参加された方はよく覚えているだろう、ユウジさんと彼はイヴェント1日目に会場ロビーで予定外のセッションを行っている。あの日出番がなかったユウジさんだったが、何かあるかもしれんから、とギター持参で会場入りしていた。予想どおり、主催者側から、ミニ・ライヴをやって欲しいという依頼がくる。楽屋でポロンポロンとウォーミングアップしていると、部屋の隅からイイ感じのブルース・ハープの音色が聞こえてきた。振り返ると、出番終りのTAROくんが微笑みながらユウジさんの演奏に合わせて吹いていた。そこにすかさずBLACK WAXのテッちゃん(荻野鉄矢)も乱入、たちどころに南部のジュークジョイントみたいな雰囲気が広がる。今日はこれをお客さんの前でみせりゃいいじゃん、って話になって、3人のセッションが急遽決定。飛び入りだったにも関わらず、ロビーは黒山の人だかりになってライヴも大成功。3人によるミニ・ブルース・カーニヴァルは、1日目のハイライトという人もいたほどだった。あの日、ユウジさんの一挙一動を、瞳をキラキラと輝かせながら見つめていたTAROくん。今日も同じ目をして、へ~っ!と感嘆の声を上げながらユウジさんのマシンガン・トークに耳を傾けている(話の内容は、漁師に○○○中毒者が多い理由など多岐にわたった)。

 

 

 

出番はユウジさんが先。開演が近づくにつれて、緊張が加速度的に上昇していくのが窺えた。いくら〈やったろうやないか!〉と腹を決めているとはいえ、何といってもここは鬼門。油断は禁物。アップもほどほどにせねばならん。だって前回はほとんど寝ずにギターを弾き続け、それは会場に入ってからも続き、開演前からすでにヘトヘト状態だったのだから(ストップをかけるのが憚られるほど、あの日の彼は気迫にみなぎっていた)。二の舞は防がねば。続いて、ゲン担ぎグッズも入念にチェック。鞄のなかには去年の秋から入れっぱなしの饅頭もちゃんとあるし(これを持っていてライヴが成功したので捨てられなくなっている)、縁起がいいことに本日のスタッフ・シールはラッキー・カラーのオレンジ色だ(昔、ヒーリング愛好者のオーストラリア人に占ってもらった際、オレンジのものを食し、オレンジのものを持て、と言われたことを忘れずに守っている)。ただし、ゲン担ぎグッズを詰め込み過ぎたせいで、ポケットがパンパンになりかけていることは注意せねばならない。

本番まで5分と迫ったとき、「よし決めた!」とユウジさんはおもむろに上着を脱ぎだした。そして、黒い襦袢を颯爽と脱ぎ捨てた。それはあっという間の出来事だった。衣紋掛けにだらんとだらしなくぶら下がるその襦袢にいったいどんな出来事が隠されているのだろう。ついぞ訊くことはできなかったが、あのとき確かに俺は、ピンクの腹巻き姿で鏡の前に立つユウジさんを遠巻きに眺めながら、今日はきっと成功する!という力強い確信が芽生えたのである。

19時半ちょっと過ぎ、勢い勇んでステージへ。勘太郎さんのファンも数多くいるのだろうが、満場の客席はやけに温かい。ガラの悪い勝浦弁も元気よく飛んでくる。地元の古い友達も多く来てくれていそうだ。そして「ここは前に手を攣ったんでのう、ちくしょう」って呟いたかと思うと、ライヴ定番のオープニング・ナンバー“Welcome Pickin’~Caravan”へと突入。演奏のキレ、スピード感、いずれもエネルギッシュな力感に溢れており、ものすごい拍手とヤンヤの喝采。どうも今日は客席が近く感じられている様子で、「田舎の芝居小屋みたいになってきたのう。ゴザ敷いて運動会ライヴみたいなのもええ」なんて感想を漏らしていたほど。ほのぼの系の決定版“Freight Train~大きな古時計”もアットホームな雰囲気の醸成をグンと促進させる。「大正十年生まれの親父が、何かというと〈明るい曲やれ〉と言っていた。そっちの曲のほうが拍手も大きいやろ。なかなか当たったあるのう」。目の前にぼんやりと父、武さんのサムズアップする姿が浮かんで見えた。

 

 

 

忘れた頃にやってくる緊張にブルっと身体を奮わせたりしつつも、喋りのほうはいよいよもって好調。語尾がフニャフニャっとしてしまい、何を喋っているのか聞き取れないことも多々あったけれど、もれなく笑いが返ってくる。丹念に時間をかけてチューニングをしながら彼がボソッと呟いた一言にみんなの耳がピクンと反応した。「今日はおおむね良好やけど。前回はちょうどこの辺から指が攣り始めたのう」。おや、急にイヤな記憶がよみがえってきたのだろうか? 「そのときに客席から〈水飲め〉って言われたんやけど、そんなんで治るかのう。だいたい民間療法はあてにならん。ほんまやで。やっぱり困ったときは抗生物質やのう」。なんだいそりゃ。ふぅ、大丈夫、本日は絶好調だ。

「ここらで僕がそこそこ得意なスライド・ブルースを」と愛器のドブロ・ギターに持ち替えて、エキサイティングな即興のブルースをかます。聴き手をビビらせるようなスリリングなプレイに、ゆったりと流れていたアットホームな空気はたちまち吹き飛ばされてしまう。ふと口を衝いて出た「今日は調子ええのう、ちくしょう」というのは間違いなく本音だ。「僕も今回は根性入れて、前回の失敗をブチ斬ったろうと思って。どえらい悔しかったんや」とも話していたが、〈どえらい〉という一語の響きに切なるものを感じて少しばかり胸が痛んだけど。

ユウジさんがもっとも得意とするしっとり系ナンバーで絶品だったのは、2日前に出演したInterFM〈Barakan Beat〉でも披露している“冬景色”だった。彼がレパートリーにしている日本唱歌のなかでも、郷愁喚起力の高さではピカイチな曲である。技巧をひけらかすようなソロなど登場しない。ただひたすらにメロディーを愛でるようにして音を連ねていく。それはまるで指と心臓が隣り合わせのような、彼の人間性そのものが浮き出た完璧な演奏で、ハンカチで目頭を押さえる人があちこちに。それにしても、ユウジさんのライヴにやってくるお客さんは忙しくて大変だな。ほんのさっきまでポロポロ涙を流していたと思ったら、もう腹を抱えて涙を流しながら大笑いしているんだから。

 

 

 

「今日は自信満々でいったろ」とヤケクソ気味な言葉を吐きつつ、名曲中の名曲たちが次から次へと奏でられていく。複雑な運指が要求されるお洒落なオリジナル曲“Big City Farewell”も難なくスイスイ進む。それはみずからが抱くイメージと実際の動きや音色の質にブレがまったくなさそうな演奏であった。ラストを飾った“Tennessee Waltz”でも、これぞ濱口祐自という細やかな情感のこもった絶品の音色を聴かせた。ここにはもがき苦しむ彼の姿はもうない。何よりも前回と違うと思わされるのは、お客さんの大半が濱口祐自のライヴの楽しみ方をすでに知っていて、それぞれ自由が盛り上がっているのがわかるところ。そんな素晴らしき理解者たちを前にして、彼らの予想の上を行くようなパフォーマンスを披露する。圧倒的な勝利。これだから濱口祐自のライヴはやめられない。

さっき昨年の秋ごろから彼の士気が著しくアップした、と書いたが、デビューしたばかりの頃はまだ自分がたくさんの人から注目されているという実感が沸いておらず、何とかして現状を把握せねば、とあたふたしているように見えた。あなたはすごいよ、と励ましてみても、たいていは首をひねるばかり。ライヴをやれば目の前で爆発的な拍手が巻き起こっているのに、「こんなんでええんかい?」なんて呟く始末。それが東京に来だしてから半年過ぎたあたり、彼は人気をじかに肌で感じられるようになっていったと思う。〈LIVE MAGIC!〉の会場に向かうため恵比寿駅から歩く歩道で進んでいたとき。横を通過する人たちが次々ユウジさんに気づいて、即席の握手会が始まってしまった。1日目だけでなく2日目も。どこにいても目立ってしまうという理由もあるけれど、確かにあのフェスに来ていたお客さんのほとんどが彼のことを知っているようだった。そんな状況を目の当たりにした彼が燃えないはずがなく、あのときの演奏はかなりヒートアップし、どうしても一度生で聴いてみたかった!と顔に書いてあるオーディエンスを大いに喜ばせたのである。

【参考動画】〈Peter Barakan's LIVE MAGIC! 2014〉での濱口祐自のパフォーマンス

 

縁あってメジャー・デビューを果たした。でもやけに〈メジャー〉という部分ばかりに注目が集まっているような気がする。そんな状況が何だか居心地悪い。60年近くマイペースでやってきたんだ、いきなり〈メジャー〉とやらに俺の暮らしを狂わされてたまるか! そう吠え続けていたユウジさんも、もはやこの熱烈歓迎状態を心から楽しめるようになっているし、いまじゃ東京は第二の故郷だと口にするまでになっている(ある日、布団のなかで本当にそう思えたのだという)。いまそのことを訊き直したら、そんなこと言うたっけ?とシラを切られるかもしれないが、とにかくこの夜の第二の故郷の人々は彼を大いに祝福した。

内田勘太郎さんとTAROくんとの共演はライヴのエンディングに設けられた。セッション用に選ばれたのは“Mississippi blues”といったディープなデルタ・ブルース系。勘太郎さんの暴れ弾きとユウジさんの撫で弾きとのコントラストがクッキリ浮かんでいたのもおもしろかった。ビールを口にして、セイクリッド・スティール調の泥臭さ満点の“Amazing Grace”をかます。そしてユウジさんのリクエストで、彼がヴォーカルを採るオリジナル曲“しあわせ”へ。ふたりのギター侍が漂わせる潮の香りが絶妙に溶け合った好演だった。ところで、リハでは勘太郎さんからのリクエストがあってサント&ジョニーの“Sleep Walk”にチャレンジしてみたのだが、うまくいかずキャンセルに。でも、勘太郎さんはきっと、ユウジさんのギターに見え隠れする南国的なテイストを感じ取ってこの曲をチョイスしたのだと思う。きっちり曲をおぼえてぜひ次の機会に披露していただきたいもの。

 

 

【参考動画】サント&ジョニーの1959年発表曲“Sleep Walk”

「これぞ倍返しやのう。いや、WWWやから3倍返しか」。興奮冷めやらぬテンションのままのユウジさんの口は楽屋でも相変わらず滑らかだ。120%のライヴだったと絶賛していたコロムビア服部さんが「今日は何でうまくいったの?」と訊ねる。「わからんわ」と壁に寄りかかりながらカカシ弾きの態勢で答えるユウジさん。ランニング後のクールダウンのつもりなのだろうが、目の前で繰り広げられる演奏は本番以上に荒々しく獰猛だ。止めどころがわからなくなっているのだろう、そのうちファンキーなカッティングがはじまってしまい、もはやクールダウンの意味を成さなくなってしまっている。こういう演奏をしているときの彼は、東海大学体育学部体育学科に在籍していたころの顔になるんだよな(見たことはないんだけど)。

 

 

正直、前回のバックステージにこんな和やかなムードはなかった。朗らかな笑みを湛えながら“ピクニック”を爪弾くユウジさんなんて考えられなかった。今夜、WWWの神は、確かに彼に微笑んだ。もういいかい? もうええのう。これでトラウマとは完全にさよならできたはず。でもこれで当分の間、鞄のなかの饅頭とはおさらばできそうにないな。それにしても、ギャロッピング・ギター・スタイルで弾くこの“ピクニック”は、ちょっとないほど素晴らしいぞ。あ、そうだ、ユウジさんの〈ハイキング曲集〉なんて作ったら喜ばれるかもしれん。現代の日本でいちばん遠足が似合う59歳。そんな愉快なアルバムが作れるのは彼のほかにいないでしょう。

 

 

いつ死んでもかまわん、みたいな話をユウジさんがしていて、そのとき楽屋にいたそれぞれが自分の葬式でユウジさんに弾いてほしい曲は何?という話題に移る。どうやらみんなすでに候補曲を決めているらしく、理由がスラスラと語られていく。そうだな、俺が死んだら弾いてほしいのは、スコット・ジョプリンの“Solace”かな。“Mexican Serenade”という題でも知られるこの曲を、ユウジさんは昔、楽譜を買って練習したことがあるという。ライヴでやってよ!とリクエストしてあるのだが、「ええかもな」と言われたものの、いまだに実現していない。ユウジさんが弾くこの優しいメロディーが聴こえてきたら棺桶のなかで悶えまくるに違いない。ダメだ、想像しただけで涙が出てくる。

【参考動画】ピアニストのフィリップ・ダイソンが演奏するスコット・ジョプリン“Solace”

 

※連載〈その男、濱口祐自〉の記事一覧はこちら

 

PROFILE:濱口祐自


今年12月に還暦を迎える、和歌山は那智勝浦出身のブルースマン。その〈異能のギタリスト〉ぶりを久保田麻琴に発見され、彼のプロデュースによるアルバム『濱口祐自 フロム・カツウラ』で2014年6月にメジャー・デビュー。同年10月に開催されたピーター・バラカンのオーガナイズによるフェス〈LIVE MAGIC!〉や、11月に放送されたテレビ朝日「題名のない音楽会」への出演も大きな反響を呼んだ。最新情報はオフィシャルサイトにてご確認を。