歌ものからノイズまで縦横無尽に行き来する奇才音楽家、山本精一。初のアコースティック・ギター・アルバムとして注目を集めた『LIGHTS』から2年半。アコースティック・シリーズ第2弾となる新作『palm』が完成した。今回も前作同様アコギによるインストゥルメンタル・アルバムで、即興演奏をベースにした多重録音。アコースティックの対極ともいえるテクノをテーマにして新境地を切り拓いた。ミニマル、アンビエントなどテクノではお馴染みのアプローチを、アコースティック・ギターでやるとどうなるのか――そうしたユニークな発想だけに留まらない、音響に対する細やかなこだわりも聴きどころ。アコースティック・ギターの新たな可能性を探求し、前人未到の領域に突入する『palm』について山本に話を訊いた。

山本精一 palm DONBURI DISK(2016)

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完全にアコギでやると、
エフェクティヴな効果が一切禁止される

――『palm』は『LIGHTS』に続いて2作目のアコースティック・ギターによるインスト・アルバムですが、『LIGHTS』を作っている時から構想はあったんですか?

「ありました。アコースティック・ギターでやれることをアイデアが尽きるまでやってみようと思って。今回は方法論的にはテクノ。このシリーズは続けていくつもりです」

――ちなみに前作のテーマは何だったんですか?

「前作は特になかった。これまでやってきたような曲をアコースティックでやってみるというか、いろんな可能性を探ってみたんです。今回はミニマル・テクノを意識しました。デリック・メイとかシカゴ・ハウスみたいな」

――ギターでミニマルというと、マニュエル・ゲッチング『E2-E4』(84年)とかエレキでやっているアルバムはありますが、アコースティックでやると質感が全然違いますね。

「エレキの場合、端的に言うと歪ませることができるので、それに頼る部分が結構ある。頼るっていうたらあれですけど、エフェクターかけ放題っていう世界なんで。そうすると、ヘタしたらシンセみたいな音になってしまう。それはギターの特性からちょっと離れるかな、と思うんですよ。完全にアコギでやるとエフェクティヴな効果が一切禁止される。生の楽器、本物の音でやることで、テクノとのギャップが生まれておもしろいと思ったんです」

――1曲目の“catalyst”はまさにそういう曲ですね。まるで木で出来たシンセサイザーから生まれた音楽みたいな独特の質感がある。

「そうですね。そこは俺も考えたとこで。木の感覚を出す、というか、猛烈に生々しい質感にしようって。エフェクターを若干かけてるやつもあるけど」

『palm』収録曲“catalyst”

 

デリック・メイがリズム・イズ・リズム名義で発表した87年のシングル“Strings Of Life”

 

――確かに、音の鳴りとか響きに耳がいくアルバムですね。

「技術よりテクスチャー。俺はテクスチャーのおもしろさが好きなので」

――となると、録音も大変だったんじゃないですか。

「難しいところはありましたね。アコギの場合はいろんな音が出ちゃうんで。例えば服とか。擦れた音が出ちゃ困るんで、弾くとき用の服を着たりするんですよ、擦れないように。ズボンも気をつけないと擦れてしまう。エレキだったら考えんでもいいような、ボディー鳴りをカットするのがすごく難しい。でも、それもアリなとこもあって、入れたりしてるけどね」

――空間性というか、空間の響きも重要ですね。

「マイキングはいろいろ考えました。わざと遠くからマイクで狙ったりしてね。エレキならリヴァーブをかければ済むんですけど、アコギの場合はほんとに遠くから録る。アコースティックだと、そういうことがいろいろ試せるんですよ」

――“canyon”は自然のエコーなんですか。

「あれはちょっとリヴァーブかけてますね。渓谷のイメージで」

――だから曲名が〈canyon(渓谷)〉なんですね。

「そう、そういうところで鳴ってるような感じ」

――“physarum”は粘菌の一種らしいですが、この曲もタイトルが曲の雰囲気を表していて、奇妙な音が菌みたいに増殖していくアブストラクトなサウンドです。この曲はどんなふうにして作り上げていったんですか?

「アコギならではの弾き方というか、ギターのいろんなところを使って弾いてるんです。プリペアド・ギターっていう昔からの手法があるんですけど……」

――ギターの弦にいろんな物を挟んで演奏する手法ですね。

「そう、そういうアヴァンギャルドな手法は今回はあまりやらないようにしました。そういうことはこれまでアホみたいにやってるから(笑)」

――確かにデレク・ベイリーみたいな取っ付きにくさは、このアルバムにはないですね。

「取っ付きにくいですか? あのへんの人たち」

――作品にも拠りますけど、緊張感の高い曲は聴き通すのがしんどいときもあります。

「俺はあのへんの人たちの音楽を〈鳴り〉として聴いてて、すごい気持ち良いですけどね。いろんな音がしてるじゃないですか。やっぱり、質感を楽しむもんやと思うんですよ、半分ぐらいはね。ノイズなんかでもそうですけど、アーティストによって質感が違うんですよ。今回の俺のアルバムはギターの音の質感が一番のポイントですね」

デレク・ベイリーの85年の即興パフォーマンス映像

 

ある意味ズルしてるわけですけど、
そうすることでとんでもないところまで行ける

――山本さんにとってアコースティック・ギターの音の質感の魅力ってどんなところですか?

「さっきもちょっと言ったけど、弦のビビりとか、ちょっとミスってミュートがかかったりとか。そのかわり、上手くいったら奇麗な倍音が出たりね。すごいニュアンス豊かな音が出せるところですね」

――エレキでいろんなエフェクトをかけられるのとは別の豊かさがある?

「エレキはエレキのおもしろさがあるんやけどね。アコギは40年くらい弾いてるけど、一定の音を確実に出すのは非常に難しい。ほんとに巧い人は出せますけどね。一定の音を出すのは難しいけど、ニュアンスはすごく豊かなんです、アコギは。エレキはそこまでニュアンスは出せない。強弱が出るくらいで」

山本がエレキ・ギターとエレクトロニクスを用いた、マニュエル・ゲッチングを彷彿とさせる2013年のパフォーマンス映像

 

――エレキを弾いているときと、アコギを弾いてるときでは気持ち的にも違うものですか?

「まったく違いますね。アコギの場合は、エレキよりもさらに身体と直結してる感じがします。末端組織みたいな感じ。一部になってないと弾けないですよ。俺、エレキの弾き語りをするんですけど、そうするとね、アンプの状態に意識が行っちゃうんですよ、半分ぐらい。だって、音が実際に出るのはアンプですからね。アンプのセッティングってすごく微妙で難しいし、そっちが気になっちゃって。でも、アコギの場合は抱えてるわけですから身体と連動するんです。そうすると、歌がすごく歌いやすい。自分がモニターみたいになるので音程がしっかりする」

――なるほど、ギターと身体が共鳴するわけですね。アルバムに話を戻すと、テクノをテーマにした曲以外に“burning butterfly”のような技巧的な曲もありますね。

「あれは『LIGHTS』のときに考えてたようなクラシカルな曲ですね。クラシック・ギター、好きなんですよ。ギタリストなんで、クラシック・ギターに憧れてた時期もあったし。クラシック・ギターの人って巧いじゃないですか。あんな複雑な曲をよく弾けるなって思いますよ。“burning butterfly”はそういう(クラシカルな)曲を意識しました。ちょっとヨーロッパな感じで」

山本精一 LIGHTS DONBURI DISK(2013)

――こういう複雑な展開の曲は、ある程度、曲を作り込んでおくんですか?

「いや、この曲は完全に即興です」

――えっ、そうなんですか!?

「そうです。ひとつのイメージみたいなのがあったら、そこに憑依できるんですよ、俺。〈クラシック・ギター〉というフォーマットをダウンロードすると、それっぽく弾ける。すごい便利ですよ。全ジャンルできるんで(笑)」

――それは便利というかおもしろいですね(笑)。いろんなジャンルを試したくなる。でも、多重録音ということは即興に後から音を重ねるということですよね。それって、かなり難しい作業のように思えるのですが。

「そこから曲に対していろいろ考えることになりますからね」

――つまり、曲に対する批評性が生まれる。そこからは即興と作曲、直感と客観を擦り合わせる作業ですね。

「自分に対する批評なんで、2本目(のギター)を入れるのは本当に難しい。クラシック・ギターの人って、ベース・ラインもその場で全部一人でやっちゃうんですよ。プライドがあるから多重録音なんてしない。でも、俺は後から入れるんです。ある意味ズルしてるわけですけど、そうすることでクラシック・ギターには行けない、とんでもないところまで行けるんです。曲って音ひとつで全然変わりますからね」

『LIGHTS』収録曲“THOUSAND MOON”

 

――そうやって考えながら作り込んでいるわりには、作為的な感じはしませんね。すごくナチュラルにすらっと聴ける。

「それは良いことですね。まあ、作り込むとか、あんまり意識してやってないからじゃないですか。なんかおもしろいものを作りたいっていうだけでやってますから。〈これをやってやろう!〉とか、そういう意気込みはなくて、広告の裏に絵を描いて遊んでるような感じ。そういうのがおもしろかったりする。いろいろ考えてやるほうがおもしろいものができる人はいると思うんですけど、俺の場合は違うかな。考えれば考えるだけ、あんまりおもしろくなくなっていく」

――でも、何を足して何を引くかのか決めていくのはシビアな作業だと思いますが、どんなふうに進めていくんですか?

「俺の場合、まず思いついた音を全部入れるんです。それを後からどんどん削っていく。そういうやり方が自分には合ってるみたいですね。ポイントはどこまで削るかで、削ぎ落としすぎるとなんのための多重録音かわからなくなるから」

――なるほど。削ぎ落としたとしても、その過程が曲に豊かさを与えているんでしょうね。

「ああ、そうですね。抽象画と同じですよ。真っ黒に塗られていても、その下に細密画が描かれていたりする。でも、そんなの聴く人には関係ないですけどね。良いか悪いかだけで」

アコギの叙情性みたいなもの打破したい、
情緒はあってもいいけどベタベタしない
 

――あと印象的なのは、普通アコースティックで弾いた音って、どこか情緒的に感じるじゃないですか。

「ああ、もうそれだけでね。何かが呼び覚まされるんでしょうね」

――でも、このアルバムにはそういった叙情性や温もりみたいなものも削ぎ落とされている気がするんです。メロディーも弾いているけど、どこかドライな感じがあって。

「そういうアコギの叙情性みたいなものは、まず打破したいと思ってました。情緒はあってもいいけどベタベタしない。壁を一枚隔てたような感じというか。俺の音楽自体がそうですね」

――そういうクールな距離感でアコギを弾いているおもしろさもありますね、このアルバムには。

「そうね。なんかロボットがアコギを弾いてるみたいな(笑)」

――でも、ロボットにはロボットの情緒があって。

「もちろん、ありますよ。ドイツのテクノとかはそうですよ。機械の情緒を聴かせるようなね。古いけどクラフトワークとか、ああいうテクノはやっぱり情緒がありましたよ。古いカメラみたいな機械の質感があって」

――ジャケットもドライな叙情が漂ってますね。前作同様、植物がモチーフになっていますが、どこか不穏な雰囲気がある。写真はどちらも山本さんが撮ったものですか?

「そうです。どっちもわざと有機的なものを撮ってるんです。有機的やけど、どこかよそよそしいというか。今回は虫が死んでるし、前作はドライ・フラワーやし」

――死んだ虫とドライ・フラワー。どちらも死の匂いがしますね。

「まさに。死というのは最高の乾きなので。このドライな感じが良いんですよ」

――今回、この2枚がアナログでリリースされますが、アナログ映えするジャケですね。

「それが嬉しいんですよ、このデカさが。昔はレコードとか飾ってましたからね」

――アナログはBOREDOMS以来ですか?

「ああ、BOREDOMSで出してましたね。でも、俺の作品をアナログを出すのは今回が初めてだと思います。想い出波止場のアナログが海外で一度出たことあったけど、あれはスピンオフみたいな感じだったし」

アナログ・リリースされた、想い出波止場の95年作『金星』収録曲“幽霊山脈のテーマ”

 

――この2枚は音の質感を楽しむアルバムなので、どっちもアナログで聴いたみたいですね。

「そのほうが良いかもしれないですね。俺はもうターンテーブル持ってないですけど、最近の若い子らは結構持ってるみたいやし、いいんじゃないですかね」

――このアコースティック・シリーズの今後の予定は? 何か考えていることはありますか。

「3作目は今回のアルバムをもっと発展させるような作品になると思います。メロディアスな曲とかクラシックな曲はなくなっていくと思う」

――よりテクスチャー感が強まる?

「その可能性は強いですね。全編アコギのノイズとかやってみたいんですよ。アコギでノイズは可能か? それを考えるだけでおもしろいじゃないですか。それがどういうものになるかはシリーズの最後にわかる。とか言いながら全然別のことやってるかもしれないですけどね(笑)」