【Click here for English translation of article】

Photo by Yasuhiro Ohara

最も初期に作られたシンセサイザー作品となる、貴重な音源“銀河鉄道の夜”も収録!

 2011年以降〈ISAO TOMITA PROJECT〉として『惑星』『月の光』『源氏物語』など、過去発表した作品をリメイク、サラウンド化した完全版がコロムビアよりリリースされているが、また1つ傾聴すべきラインナップが加わった。

冨田勲 『オホーツク幻想』 コロムビア(2016)

 本作はデビューアルバム『月の光』よりも以前に制作されていたという、ファンの間でも語り草となる幻の楽曲“銀河鉄道の夜”を収録している。

 後のシンセサイザーの魔術師たる熟達の音色やアレンジに比べると、この楽曲のある種無骨で、朴訥とした音響は冨田のヘビーリスナーも驚かれる事だろう。この作品は1972年に発行された「世界子供百科」の付録のピクチャーレコード『音楽ってたのしいな』に収録されていたモノラル作品で、MOOGを購入(当時の価格で1000万円!)して間もない時期の楽曲に当たり、初期冨田サウンドが聴ける点で今回のアルバムの1つのハイライトと言える。

 表題曲“オホーツク幻想”は元は〈ある惑星からのメッセージ〉というタイトルで、美術展〈イレーヌ・メイヤーの世界〉のために制作された楽曲。冨田はこの楽曲を宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」をイメージして作ったという。

 そして、アルバムの中心を占めるラヴェルの作品群は1979年に発表された7枚目のアルバム『ダフニスとクロエ』(オムニバス形式によるアルバム制作を止め、1人の作曲家で構成する初期のスタイルに戻った作品)からの楽曲を収録している。

 ROLANDのシーケンサーMC-8を導入する事で大幅に広がった自由度を遺憾なく発揮した、当時のシンセサイザーの扱いの困難さという前提を忘れたとしても、改めてその豊穣なサウンドパレットと、アイデアに溢れたオーケストレーションには今の耳でも圧倒される。“亡き王女のためのパヴァーヌ”での天から降ってきた様なオルガンを思わせる音から、ストリングスの抑揚、煌びやかな音の装飾は、シンセサイザーを知り尽くした冨田の表現力の凄みを改めて感じさせてくれる。

 本作の構成は「銀河鉄道の夜」からインスピレーションを受けた“オホーツク幻想”(1996年)に始まり、ラヴェルの作品群(1979年)を間に挟み、また『月の光』以前の初期作品“銀河鉄道の夜”(1972年)に帰っていくという、時代的にも、冨田自身の音色パレットの変化も大きく差がある楽曲のオムニバスになっているが、不思議と統一感やアルバムを通して非常に映像を喚起させる物語性があり、またその冨田の獲得していった音響技術と音楽宇宙を描くその手腕の変化を存分に楽しめる構成となっている。

 冨田は少年時代より宮澤賢治に共感を寄せていたと言うが、本作収録作以外に近年にも宮澤賢治を題材とした『イーハトーヴ交響曲』(平成25年度文化庁芸術祭参加作品)を発表している。この作品は初音ミクをソリストに起用し、コンサートではヴァーチャルミクが歌い踊るという衝撃的な作品で、様々なシーンより大きな話題を呼んだ。

 また、日本テクノ界の始祖としても崇められる冨田は〈FREEDOMMUNE 0〉の大トリをつとめる事で、若い世代にもその存在を知らしめた。そして、記臆に新しいところでは「タモリ倶楽部」に冨田勲の一番弟子でもある松武秀樹と共に出演し、その飄々とした振る舞いがネットでも話題となった。今回はジャケットワークを宇川直宏が手掛けており、宇川自身DOMMUNEやインタヴュー、対談などの機会を多く持っており、その事も新たな冨田のリスナーを獲得する動きに連動している。

 〈世界のトミタ〉という揺るぎなき看板を持ちながら、齢80を超えている事が信じられない程の、溢れんばかりの創造性と柔軟性を私たちに示唆し続ける冨田勲の偉大なる仕事の数々。同時代にリアルタイムで体験出来る機会が持てる事に感謝したい。