例えばR.E.M.の『Automatic For The People』(92年)や、先日公開されたダーティ・プロジェクターズの新曲“Keep Your Name”がそうであるように、センティメンタルな転換期を迎えたバンドが新たな魅力を放つことがある。オッカーヴィル・リヴァーの新作『Away』も、まさしくそんな一枚だ。夕暮れを思わせる幻想的なアートワークさながらに、メランコリックな音と言葉が紡がれた本作について、メガネがトレードマークの中心人物=ウィル・シェフは「あまりオッカーヴィル・リヴァーっぽい作品じゃないけれど、一番気に入っているアルバムになったよ」と述べている。これまで彼らと縁がなかったリスナーからも、共感を集めそうな作品だ。

バンドは98年にテキサス州オースティンで結成され、この新作までに7枚のアルバムを発表。ノラ・ジョーンズや故ルー・リードを筆頭にミュージシャンからの支持も厚く、オバマ大統領もSpotifyのプレイリストに彼らの楽曲“Down Down The Deep River”をセレクトするなど、全米規模で根強い人気を誇っている。そんな彼らは2013年に初来日を果たしたものの、日本での知名度は正直いまひとつだろう。そこで今回はバンドの歩みを振り返りながら、『Away』を巡るトピックを紐解いていきたい。

OKKERVIL RIVER Away ATO/HOSTESS(2016)

人生をゼロにリセットした『Away』に至るまでの道のり 

〈ジャズ回帰〉と話題のニュー・アルバム『Day Breaks』より以前の何作かで、インディー・ロックからの影響を意欲的に採り入れてきたノラ・ジョーンズは、2009年の『The Fall』でライアン・アダムスなどに加えて、ウィル・シェフとも楽曲を共作。その前のアルバム『Not Too Late』(2007年)ではシー&ヒムの片割れとしても知られるM・ウォードをゲストに招いており、そういった流れからも彼女の趣味性や、ウィルにシンパシーを抱いた理由が窺える。卓越した作曲スキルとアメリカン・ルーツ・ミュージックの豊富な知識を備え持ち、それを元にモダンで鮮やかな再解釈を加える彼らの手腕にきっと感激したのだろう。オッカーヴィル・リヴァーの大ファンであることを公言してきたノラは、ライヴに足を運んだことがきっかけでウィルとの交流がスタートしたそうだ。

ウィル・シェフと共作したノラ・ジョーンズの2009年作『The Fall』収録曲“Stuck”
 

オッカーヴィル・リヴァーが飛躍を遂げた2005年の3作目『Black Sheep Boy』は、60年代のフォーク・シンガー、ティム・ハーディンの同名曲から着想を得たコンセプト・アルバムだった。“Unless It's Kicks”など今日までに至るライヴ・アンセムを収録した『The Stage Names』(2007年)と『The Stand Ins』(2008年)も人気が高く、フォーキーでオーガニックな演奏と、ブルース・スプリングスティーンアーケイド・ファイアにも通じる広大なメロディーが合わさったスタイルをこの時期に確立。2000年代のUSインディー・ロックを背負うバンドの一つとして、大きな注目を集めることになる。

2005年作『Black Sheep Boy』収録曲“For Real”
2007年作『The Stage Names』収録曲“Unless It's Kicks”
 

その後もアルバムを重ねるごとに音楽性は変化し、ウィルが少年時代を回顧した前作『The Silver Gymnasium』(2013年)では、80sロックを意識したキャッチーな意匠が際立っていた。そこから新作『Away』までに約3年のスパンがあるわけだが、この時期にウィルは尊敬していた祖父の死や、バンド・メンバーの脱退など多くのトラブルに見舞われたのだとか。そうして自分の居場所を見失いかけた彼は、友人の配慮もあり、保養地として知られるキャッツキル山地の空き家に腰を落ち着け、そこで曲を書き貯めていくことに。

これまで以上にフォーキーな佇まいには、どちらかと言えばシンガー・ソングライターの作品みたいな印象を抱くかもしれない。実質的にウィルのソロ・アルバムとも言えそうな『Away』について、「人生をゼロにリセットして、また一歩ずつ前に歩みはじめた……そんな作品なんだ」と本人は表現しているが、気の赴くままに作曲を続けていくうちに、〈自分が選択しなかった、もう一つの人生の終わり〉というテーマが彼のなかで浮かび上がったという。

 

文学性の高いストーリーテリングの妙

ロシアの女性作家、タチヤーナ・トルスタヤが著した短編小説のタイトルからバンド名を拝借し、13thフロア・エレベーターズの中心人物であるロッキー・エリクソンとの共作アルバム『True Love Cast Out All Evil』(2010年)ではウィルが執筆したライナーノーツがグラミー賞にノミネートされるなど、オッカーヴィル・リヴァーは当代随一の文系バンドとしても愛されてきた。歌詞にも強いこだわりを持ち、当初は実在の人物をモチーフにしたフィクションを得意としてきたが、2011年の『I Am Very Far』以降は実体験に基づくパーソナルな作風に転身。『Away』のオープニングを飾る“Okkervil River R.I.P.”でも、私小説的なスタイルを突き進めている。只事ではなさそうなタイトルには、〈人生の終わり〉と対峙したウィルの葛藤と、辛い過去を乗り越えて前進しようという意図が込められているみたいだ。ストーリーテリングの手腕を知るうえでも最適のナンバーだと思うので、ここで取り上げてみたい。

先述したように、ウィルにとって憧れの存在だったという祖父が2013年に亡くなったことは、『Away』の制作にも大きな影を落としたという。“Okkervil River R.I.P.”の曲中でも、〈38ページ目をめくると、恐ろしい光景が目に入った〉と、死が訪れる前に38歳の誕生日を控えていたウィルの心境を表現したあと、〈僕の祖父、T・ホームズ・“バッド”・モーアは病衣のまま横たわっていた〉と実際に起きたことがストレートに綴られる。スウィング・ジャズを代表するレス・ブラウンの楽団にも参加した経験を持つウィルの祖父は、こうして看取られながら93歳の天寿を全うした。 

ここでウィルは、祖父の死と並べるように、悲劇的な死を遂げた2組のミュージシャンに言及している。80年代を彩った黒人ヴォーカル・グループのフォースMD’sは、95年~98年の短い期間に3人のメンバーが立て続けに亡くなった。再評価著しい女性シンガー・ソングライターのジュディ・シルも、 コカインの過剰摂取によって79年に短く孤独な生涯を終えている。〈もったいないよ、もったいないにも程がある/偉大な曲を残した人たちなのに/素晴らしい時代だったはずだ〉と悲しむウィルは、現実を改めて思い知らされたに違いない――そう、死が訪れる状況やタイミングは不平等で千差万別かもしれないが、どれだけ素晴らしい楽曲を残したミュージシャンであっても、最期の瞬間はいつか必ずやって来る。

フォースMD’sの87年作『Touch And Go』収録曲“Touch And Go”
ジュディ・シルの73年作『Heart Food』収録曲“The Kiss”
 

“Okkervil River R.I.P.”はミュージック・ビデオの監督もウィルが務めており、リリックと映像が連動しているので、ぜひ見比べてみてほしい。〈やあ、僕の可愛いベイビー〉という歌い出しと共に、映し出される赤ん坊。美しい思い出を収めたフォトフレーム。そのあとに登場するのは、映画「オー・ブラザー」などで知られる俳優のティム・ブレイク・ネルソンが演じる宣教師だ。〈悲しい日がいよいよやってくる/僕は白いスーツに黒いサングラスをして、最後の集まりへ向かう〉――朝の日課を終えた宣教師は、歌声に背中を押されるように車を走らせる。そして葬儀場に到着すると、棺のなかに入っているのは、なんとウィル本人。“Okkervil River R.I.P.”をヴィジュアル面でも体現した彼は、祖父とミュージシャンたちの死についてエモーショナルに歌い上げていく(その合間に、ジュディ・シル『Heart Food』やフォースMD’s『Touch And Go』のジャケットが映し出される)。

このように〈人生の終わり〉をテーマを扱ったこの曲は、絶望に打ちのめされながらも、安直なバッドエンドは選んでいない。葬儀もお開きとなったMVの終盤。バーに佇む男は、〈さっきのカヴァー、もう一度演奏してくれよ〉と歌詞をなぞるようにハウス・バンドに告げる。まるでミュージシャンが亡くなっても、彼らの曲が誰かに奏で継がれる限り、その記憶はいつまでも生き続けると言いたげに。あるいは、〈人生の終わり〉と立ち向かう決心をし、崩壊寸前だったオッカーヴィル・リヴァ―の再生を高らかに告げるように。数年越しの葛藤を約7分に凝縮したポップソングは、美しいドラマの余韻を引きずりながら、掠れたアコギの音色と共にゆっくりと幕を下ろす。

 

白昼夢の如きオーケストレーションと、痛みを知ることの幸福

そんな“Okkervil River R.I.P.”に続いて、〈振り返るな、本当は振り返るつもりなんてないことに気付くまでは〉と歌われる“Call Yourself Renee”では、作曲家のネイサン・サッチャーがアレンジを手掛け、インディー・クラシックを代表する室内楽団であるyMusicのメンバーが演奏する、白昼夢の如きオーケストレーションに魅了されるはずだ。ヴァン・モリソンの代表作『Astral Weeks』(68年)と比較したレビューも見受けられる彩り豊かなアンサンブルは、脱退したメンバーの代わりに召集された、非ロック的なバックグラウンドを持つNYの実力派プレイヤーたちの貢献も大きい。さらにそこへ、新作『Strangers』も秀逸だったマリッサ・ナドラーによる陽炎のようなヴォーカルが重なるのだから、なんとも贅沢極まりない。

※詳しくはこちらの記事を参照

ヴァン・モリソンの68年作『Astral Weeks』収録曲“Madame George”
 

実際に『Away』の制作においては、ウィルも音楽産業が華やかりし時代の機材環境を意識したそうで、かつて名プロデューサーのフィル・ラモーンが所有し、スティーリー・ダン『Aja』(77年)などの名盤が録音されたというニーヴのコンソールが置かれた、ロングアイランドのサベーラ・スタジオでレコーディングが行われた。ミックスは盟友のジョナサン・ウィルソンが担当しており、いつにも増してウォームな質感は、そんなこだわりの賜物だろう。このように過去の栄光に憧れるからこそ、〈たくさんの友達がいると思っていたけど、実際にいたのは傷口に塩を塗り込む連中だけだった/音楽が安っぽくなってくると、僕らも安っぽくなっていくみたいだ〉と今日の音楽シーンにおける状況を皮肉った“The Industry”のMVでは、ウィルが宇宙飛行士に扮し、変わり果てた地球(=衰退した音楽産業)に困惑する姿が描かれている。

そしてアルバムは終盤へと向かい、〈人生が終わる日が来たら、叫ばずにはいられない〉と力強く歌うバラード“Frontman In Heaven”を経て、〈1日だけ死んでしまいたい/12音階の音符に埋もれて、消えてしまいたい〉と呟く“Days Spent Floating (In The Halfbetween)”で穏やかなフィナーレを迎える。歌詞もサウンドも遁世的なのに、うっすらと希望や励ましのニュアンスも感じてくるから不思議なものだ。

そういえば2013年にルー・リードが亡くなったあと、ウィルが執筆した追悼文にこんなくだりがあった。〈聴く人を本当にハッピーにする音楽とは、その幸福感と「痛み」への正しい理解が共存している音楽のことだ〉――その例として、ウィルはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの“Sweet Jane”を挙げているのだが、〈人生はただ死のためにある〉と歌われるあの曲が持つ優しさを、オッカーヴィル・リヴァ―も『Away』を通じて手に入れたのかもしれない。