INTERVIEW

田舎の工場員が素直にやりたい音楽をやるだけ―なぜCAR10は美しいのか? 半径1メートルの眩さと未来への楽観の背景に迫る

CAR10『CAR10』

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  • 2017.06.13
田舎の工場員が素直にやりたい音楽をやるだけ―なぜCAR10は美しいのか? 半径1メートルの眩さと未来への楽観の背景に迫る

NOT WONKやSEVENTEEN AGAiNら同じくKiliKiliVillaに籍を置くバンドはもちろん、GEZANやTHE GUAYSといったハードコアな音楽性と活動で人気を博すパンク/オルタナ勢、さらにシャムキャッツやHomecomings、Helsinki Lambda Clubらインディー・ロック界隈まで、多くのミュージシャンが愛してやまないパンク・トリオが、栃木・足利を拠点に活動するCAR10だ。メンバーは20代半ばながら、キャリアは10年近く、高校生の頃より国内のアンダーグラウンド・パンク・カルチャーを基盤に活動しており、これまでに『Everything Starts From This Town』(2014年)、『RUSH TO THE FUNSPOT』(2015年)の2作を発表。ここ1、2年は、群馬・桐生のフェス〈MACHIKADO FES(以下、マチフェス)〉や東京・下北沢のライヴハウス、THREEが主催する入場無料のパーティー〈BLOCK PARTY〉でも顔的な存在となるなど、ゆっくりと、だが着実に支持を深めてきた。

そんなCAR10が6月7日にサード・アルバム『CAR10』を発表した。英語詞から日本語詞へという前作以降の変化をさらに推し進めた同作は、音楽面においてもいわゆるパンク・サウンドから逸脱し、オールディーズやガール・ポップ、レゲエなどからの影響が窺える軽やかなリズム感を披露。バンドのトレードマークであったリヴァーブ・サウンドをさらに鮮やかなタッチで使いこなしつつ、〈マチフェス〉や〈BLOCK PARTY〉など自分たちの周辺の出来事や人々をまっすぐに歌った『CAR10』には、〈彼らの時間〉への眩いばかりの肯定感が溢れている。真実さえも正当性が疑われる時代において、CAR10の描く半径1メートルのリアルは、なぜこんなにも輝いているのか。フロントマン兼ベーシストの川田晋也に、活動初期からの足取りを振り返ってもらいつつ、その謎に迫った。

CAR10 CAR10 KiliKiliVilla(2017)

このまま終わりそうだなと思っていた矢先に、安孫子さんと出会えた

――CAR10の結成は2008年で、当時川田くんたちメンバーはまだ高校生だったそうですね。北関東の男の子たちが、どのようにアンダーグラウンドなパンク・シーンと繋がっていったのでしょう?

「最初にそういう音楽に触れたのは、 YELLOW GANGとROCKIN'WRECKER がI HATE SMOKE RECORDS(以下、IHSR)から出したスプリットEP(2008年)のリリパ的な栃木・足利で開催されたイヴェントだったと思います。それから、今はHMVにいる竹肉AxSxAさん主催の〈ピンポンパンク〉というイヴェントで、でぶコーネリアスとかを観て〈おもしろいものがあるんだな〉と。最初期の自分たちは、そのあたりにかなり憧れていましたね。それまではずっとメロコアとかを聴いていたんですけど、でぶコーネリアスを観たときにいままで感じたことがないくらい興奮したんです」

でぶコーネリアスの2007年のライヴ映像
 

――それからIHSRのバンドなどと、実際に共演するようになったいきさつは?

「IHSRのバンドとか周りのバンドがまとめて足利に来るイヴェントがあって、そこに俺らも出させてもらったんですけど、そのときに(レーベル主催の)大澤(啓己)さんからIHSRが毎年出しているレーベル・サンプラーに提供してくれないかと誘われたんです。それに収録されたことがきっかけで、東京でもその界隈の人たちと一緒にやるようになった。17~18歳くらいの頃で、そのコンピ以降、特にA PAGE OF PUNKは2か月に1回くらいの割合で呼んでくれていたんですよ。そんなこともあり、ここから拡がっていくかなと思ったんですけど、それからまた数年間は潜ったままといった感じでしたね(笑)」

※2009年の『THE CHOICE OF NEW GENERATION』

――そういう話を聞くと、川田くんたちは早熟だったんだなと思います。

「同年代のバンドはほぼいなかったと思うし、だからこそ自分たちが最初にリリースとかもできると思っていたんだけど、そういうのには全然結びつかないまま4、5年が経っていきました(笑)」

2012年のライヴ映像
 

――ハハハ(笑)。でも、A PAGE OF PUNKの久保勉さんやIHSRの大澤さんには可愛がってもらっていたんですね。

「そうですね。特に勉さんはあの時期お世話になっていましたね」

――そして、プロフィールでは、〈2012年にUNDERGROUND GOVERNMENTからリリースされたPSYKICK UNDERAGEとのスプリットCDで現在のスタイルに覚醒〉となっています。

「リスナーとしてしばらくは、 IHSR周辺で止まっていたんですけど、その頃から海外のバンドを聴くようになり、いまでも好きなリセス(Recess)というレーベルと出会ったんです。そこで自分のフォーマットみたいなものができた。だから、リセスを知る以前/以後というのが、自分のなかではデカいと思う。一言で言うとポンコツなパンクのレーベルなんですけど、すごくポップでキャッチーなんです。特にバナナス(The Bananas)というバンドが好きで、ずっと影響を受けています。あとはオーダシティ(Audacity)もかな」

バナナスの2003年作『Nautical Rock 'N' Roll』収録曲“American Eyes”
 

――CAR10の特徴であるリヴァーブ・パンクと言うべきスタイルもリセスのバンドからの影響なんですか?

「そうですね。リセスの作品は、アナログで録音しているからなのか、音がどれもおもしろくて、それにどうやって似せられるかを考えたときに、リヴァーブをかければいいとか、ギターに変な空間系をかければいいとか、試行錯誤しながら見つけていきましたね」

――そして、2014年4月にインディー・ポップ系のレーベル、Sauna Coolからファースト・アルバム『Everything Starts From This Town』を、それからわずか9か月後の2015年1月にはKiliKiliVillaからセカンド・アルバム『RUSH TO THE FUNSPOT』をリリースしました。

「今どっちが好きかというとファーストのほうかなって気がします。作っていたときは、いろいろな人の言葉にすごく迷ってて、このアルバム大丈夫かなと思っていたし、出来上がったときも全然良くないなと思っていたんだけど、最近あらためて聴いて、〈これ、良いアルバムだな〉と思えた。(ファーストは)すごく気持ち悪い音をしているし、気持ち悪い曲が多いんですよ。それが、すごく良かったな。今俺らが似ていると言われるような(インディー系の)バンドとも全然違っているし、やっぱり俺らのほうが全然ちゃんとしてないなって(笑)。そのちゃんとしてなさがあって良かったなって感じ」

『Everything Starts From This Town』収録曲“海物語”
 

――いまのインディー・ポップは良く出来ているものが多いですしね。

「優等生じゃなくていいのになってところはありますね。人間的な話じゃなくて、音的にもっと適当でラフでいいのになと思います」

――ファーストをリリースしたあたりの出来事で、記憶に残っているのは?

「そうですね……。いちばん良かったのはシャムキャッツの夏目(知幸)さんに渡して、何かの連載で紹介してくれたんですよ。その流れで、2014年の〈EASY〉に誘われたことかな」

――実際、その頃からパンク以外のシーンへの認知度も高まっていった印象でした。活動自体に変化はありましたか?

「うーん、そこらへんからはずっと同じ流れのまま活動している気がしますね。何か起こるのかなという不安は変わらなかったし、ライヴをやるにしてもインディー系とやることは少なくて、いままでどおりのパンクの人とやっていることが多かった。〈なんか、このまま終わりそうだなー〉と思っていた矢先にKiliKiliVillaを始める直前の安孫子(真哉)さんに会えて、という感じでした」

――安孫子さんとの出会いをあらためて教えてください。

SEVENTEEN AGAiNが下北沢のSHELTERで主催したイヴェント(2014年5月)に俺らも出ていたんですけど、そこに安孫子さんも来ていて、確か大澤さんが紹介してくれたんです。でも、そのときは〈絶対俺らのことなんて好きじゃないんだろうな〉と思っていたんですよ。実際に俺がそういうニュアンスのことを言っていたみたいで、いまだに安孫子さんからそのことを言われ続けています(笑)。でも、安孫子さんと帰りが一緒になって、話しているうちに〈この人はすごく信頼できるな〉と思ったんです。単純にむちゃくちゃパンクが好きだから、話していてすごく盛り上がってくれるんですよね。〈今はそうなってるんだ、ヤバい!〉みたいな。嘘っぽくなく、そういう話をできたし、安孫子さんも〈どんどん教えて〉と訊いてくれて、こんなピュアなすごい人がいるんだと思った」

――KiliKiliVillaからのリリースはその後すぐに決まったんですか? その前にLIFE BALLのリイシューがありつつも、現在進行形のバンドとしてはCAR10のセカンドがレーベル第一弾でしたね。

「そうですね。SEVENTEEN AGAiNの企画のあと、7月に東京でやったライヴにも安孫子さんが観に来てくれて、〈レーベルやるから出さない?〉みたいな話をされて。これは何かが起きそうな気がすると思いました。その前に渋谷でやったライヴで、ライヴハウスの店長から〈もっと渋谷色に染まったほうがいいよ〉とか言われたあとだったこともあり、なんか一気に嬉しくなりましたね(笑)」

――ハハハハ(笑)。ファーストとセカンドの短期間でバンドも変化していった?

「そうですね、櫛田(ギター)と永井(ドラムス)は2人とも安孫子さんに憧れていたし、誘われたことでバンドのやる気が一気にブーストされた感はありました。それがセカンドのおもしろさに繋がったとは思うんですけど、個人的には結構無理やり曲を作った感じがあったし、そういうのをふまえて聴くとちょっと焦りすぎているなという印象もあります」

2015年作『RUSH TO THE FUNSPOT』収録曲“Bastard Blues”
 

――KiliKiliVillaからリリースしたことで起きた変化はありましたか?

「銀杏の追っかけだった人とかが観に来てくれたり、そのなかで自分たちは自分たちとして認めてくれて、それからも観てくれるようになった人たちもいましたね。単純にそれまでより多くの人が名前を目にしてくれたと思うので、そういう点でセカンドは良かったと思います」

――Homecomingsの主催でYogee New WavesとCAR10との3組で回った〈GHOST WORLD TOUR〉と同じ3組が渋谷QUATTROに揃った〈PAPER TOWN TOUR〉のファイナル公演もその頃でしたよね。

「ちょうど俺らのセカンドが出た直後かな。そのときですら俺らの認知度が圧倒的に少なかったのに、よく呼んでくれたなってホントに思いますよ(笑)」

――ハハハ。でもCAR10は、自分の周りの人間もみんな好きだったんですよね。

「それが結構おもしろいなと思っています。人気のある人たちが自分たちのことを褒めてくれるけど、それが全然自分たちの人気には結びつかないという(笑)」

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