SuchmosやSANABAGUN.の作品に参加するほか、WONKのライヴにコーラスとして迎えられるなど、各所でその麗しい歌声を披露してきたNao Kawamura。今年1月にはジャズとネオ・ソウルの混ざり合う領域に自身の歌の世界を広げてみせた初の全国流通盤『Cue』を発表。シンガーとしての類稀なスケール感を広く知らしめた彼女が、早くもニューEP『RESCUE』を完成させた。本作では前作以上にバンド・サウンドのダイナミズムにこだわり、自身のアグレッシヴかつディープな一面も引き出した作品となった。

そんな彼女が今回取材するにあたって対談相手に指名したのが、ものんくるのヴォーカリストである吉田沙良。ものんくるはジャンル横断型のめくるめくポップ万華鏡を描き出してきたユニットで、過去に発表された2枚のアルバムも高く評価されてきた。このたびリリースされたばかりの新作『世界はここにしかないって上手に言って』は前2作同様に菊地成孔がプロデュース。大儀見元、黒田卓也、宮川純、石若駿、井上銘など豪華メンバーが参加し、すでに各所で話題を集めている。

WONKやCRCK/LCKSといったジャズをベースにしながら新しい音楽様式を切り開く同世代バンドの傑作が続々と届けられているこの2017年、92年生まれのNao Kawamuraと90年生まれの吉田沙良は何を歌うのか? 注目のシンガー2人による対談をお届けしよう。

Nao Kawamura RESCUE Naked Voice(2017)

 

ドノヴァン・フランケンレイターが好きな一方で、RHファクターも聴いてる感じ

――今回の対談は吉田さんと対談したいというNaoさんの強い希望で実現したと聞いたんですが。

吉田沙良(ものんくる)「ありがたいです(笑)」

Nao Kawamura「沙良ちゃんは大学が一緒なんですよ。入学するとまず先輩方のライヴを見る機会があるんですけど、そのときに〈なんだこの人は!〉っていう人がいて、それが沙良ちゃんだった。当時はジャズを歌ってたと思うんですけど、一人だけ表現力がズバ抜けてましたね。でも、話すようになったのは卒業してからで」

※洗足学園音楽大学

吉田「Naoちゃんはロック&ポップス・コース、私はジャズ・コースだったんですけど、私もNaoちゃんが歌う姿は観ていて。〈このスタイルのいい子、何なんだろう?〉って思ってました(笑)」

――Naoさんはなぜロック&ポップス・コースに入ったんですか。

Nao「私の場合、母親がピアノの先生をやってたこともあって、音楽自体は小さな頃から身近なものだったんですよ。私もヴァイオリンを弾いてたり、小さな頃から自分で作曲をしてたんですけど、本当にやりたいことが見つからないまま高校まで来てしまって。〈やっぱり歌を歌いたい〉と思うようになって、だったらちゃんと歌を学ぼうと思って大学に行くことになったんです。そこでなぜロック&ポップスだったのか……パッと見でおもしろそうだったんですよ(笑)」

――吉田さんは高校がすでに音楽科(桐朋学園女子校等学校音楽科)で、中学の頃から歌手をめざしていたそうですね。

吉田「物心つくかつかないぐらいから〈Mステに出るんだ〉って言ってたらしくて(笑)。歌の基礎を学ぼうと思って、高校はクラシックの音楽学校に入りました。大学も最初はロック&ポップスに入ろうと思ったんですけど、やったことのない音楽を学ぼうと思ってジャズ科に入ったんですよ。そこからジャズにハマって……」

Nao「やったことのない音楽を学ぼうと思ってジャズ科に入るのがすごいよね」

吉田「ジャズ科にはすごく格好良い音楽をやってる先輩がいて、こういう人たちがいるんだったら入ってみたいと思ったんじゃないかな」

――櫻打泰平さん(SANABAGUN.、Suchmos)や隅垣元佐さん(SANABAGUN.)も同じ洗足学園の卒業生ですよね。

Nao「そうですね。元佐くんは同じロック&ポップス・コースだったんですよ。泰平は音響デザインっていうコースだったけど、こっちのクラスによく遊びにきてたので仲良くなって。彼らとはジャンルが似てたというか、空気感が似てる人が勝手に集まったんです。ドノヴァン・フランケンレイターが好きな一方で、RHファクターも聴いてる感じ。だから、元佐くんも泰平もジャズ科にも遊びに行ってたんじゃないかな。私もジャズ科の先生に習ってたし」

Nao Kawamura
 

吉田「Suchmosの(小杉)隼太さんも洗足卒業生で、彼はジャズ科の先輩だったんですよ。彼らは後輩とも仲良くしてて、その頃からストリートな感じがあったよね」

Nao「そうだね」

――在学中は交流がなかったそうですけど、2人がちゃんと話すようになったのはいつ頃?

吉田「実はあまり覚えてないんですけど……Naoちゃんもこういう感じの人なので(笑)、いつの間にか仲良くなってたんですよ」

Nao「勝手に垣根を越えてくるからね(笑)。ものんくるは大学時代から知ってて、ある意味で〈私がやりたいことをやってる人たち〉っていう感覚があったんですよ」

吉田「へえ、そうなんだ?」

Nao「私の印象としては、ものんくるってエスペランサ・スポルディングのあの感じを2人ユニットでやってるというイメージだったのね。どこか演劇の要素も見えてくるし、何よりも曲がいいし、他にはない個性があって。ライヴにもすごく行きたかったんだけど、影響を受けちゃいそうで怖くてずっと行けなくて(笑)。実際に観に行ってみたらやっぱり素晴らしくて……それが『南へ』の頃だと思う」

ものんくるの2014年作『南へ』告知映像
 

吉田「そうなんだ(笑)。Naoちゃんの作品をプロデュースしている澤近(立景)さんは私のジャズ科の先輩で、ビッグ・バンド・サークルで一緒だったんですよ。当時、澤近さんのアレンジでエスペランサの曲を歌ったこともあって」

Nao「えっ、そうなの?」

吉田「そうそう。澤近さんのアレンジがめっちゃ好きで、呑み会の席で澤近さんと〈一緒にやろうよ!〉って盛り上がったこともあったの。ちょうどものんくるを始めた時期だったから一緒にやることはなかったんだけど、そんな澤近さんと最近一緒にやってるシンガーがいるってことは3、4年前から話を聞いてて。それがNaoちゃんだった」

――おもしろいですね。ひょっとしたらNaoさんじゃなくて吉田さんが澤近さんとアルバムを作っていたかもしれないわけで。

吉田「そうですね。澤近さんが本当のところどう思っていたかわからないけど(笑)」

Nao「そんなことがあったなんて全然知らなかった!」

 

ポップスが土台にあって、そこにジャズがある

――お2人のアルバムについてもお話を聞きたいんですけど、まずNaoさんの『RESCUE』を聴いて吉田さんはどう思いました?

吉田「えっと、話したいことがたくさんあって、めっちゃいっぱいメモしてきたんですけど……」

Nao「私も(笑)」

吉田「個人的には、ものんくるの新作と似てるなと思うところがいくつかあって」

Nao「えっ、ホント?」

吉田「Naoちゃんの前々作『AWAKE』(2016年)はジャズ色が強いイメージがあったんだけど、前作『Cue』や今回のアルバムを聴いて、方向転換した気がしたんですね。以前はジャズが土台にあったんだけど、『Cue』からはポップスが土台にあって、そこにジャズがある。その感覚って今回のものんくるに似てるなと思って」

★『Cue』リリース時のインタヴューはこちら

2017年作『Cue』収録曲“食べかけの朝”トレイラー
 

Nao「ああ、なるほどね」

吉田「ものんくるも前作まではかなりジャズ的な作品だったと思うんだけど、今回は聴いてくれた方にも〈ポップスになったね〉と言われることが多くて。『RESCUE』もそういうバランスで出来てると思うし、個人的にもどストライク。感動しましたね」

★『南へ』リリース時のインタヴューはこちら

Nao「嬉しいですね。でも、私もものんくるのアルバムには同じものを感じていて。『南へ』は確かにジャズのアルバムだと思ったけど、今回は土台がポップスになってる。まず、曲が短いよね?」

吉田「そうだね」

Nao「展開も早いし、すべての面でポップス的になってる感じがした。お客さんが求めるものを踏まえながら、自分たちがやりたいことを提示している。フル・アルバム一枚としてバランスと調和が取れてるんですよね。世界観もあるし、新しいジャンルを確立したうえでのスタンダードという感じがしました」

吉田「ありがとうございます(笑)」

Nao「聴き手との調和というのはよく考えることでもあるんですよ。自分は英語が話せないのに、『AWAKE』の頃は英詞がメインだったんですね。でも、英語でやる意味ということを最近考えるようになって。もちろん1曲まるまる英語で歌う意味がある場合もあると思うけど、今回はどうしても日本語でやりたかった。日本語の可能性を自分なりに追求したくなったんですよ」

吉田「ものんくるは前作まで英語のフレーズを一切入れてなかったんですよ。それは作詞作曲をしている角田(隆太)さんの考えで、Naoちゃんと同じように日本語の可能性があるんじゃないかって。今作は逆に制限を設けず、英語のフレーズも多少入れた曲もありますね」

2016年作『Awake』収録曲"Soul water"
 

――Naoさんの今回のアルバムは、制作前の段階で明確なテーマがあったんですよね? いただいた資料には〈冷静なエモーショナルさ、戦闘態勢、若さ〉や〈アンビバレンツな感情〉〈内から外側へ〉などいくつものキーワードが並んでいます。

Nao「『CUE』がリリースされた日、澤近に〈次は何をやる?〉って訊かれて。『CUE』を作るにあたっては予感や直感みたいなイメージがあったんですけど、今回は自分のなかの影や内面的なものを出したかったんです。これは毎回やることなんですけど、アルバムを作るうえで最初に、抽象的なものも含めたテーマをひたすら澤近と話し合うんですね」

吉田「ものんくるも同じですね。ひたすら喋る。曲に関するものじゃなくてもいいんです。社会についてでもいいし、食べたいものについてでもいいんだけど、〈最近のわたし、こんな感じなの〉ということをお互いに喋りまくる。そういうことは大事だと思いますね」

吉田沙良
 

――ものんくるはNaoさんのように制作にあたって具体的なテーマを設定することはあるんですか。

吉田「今回はなかったですね。3年ぶりのアルバムということもあって、録音物に入れてない曲がたくさんあったんですよ。それをまとめつつ、アルバム用に新しい曲を作るという感じでした。だから、テーマというのは〈いい音楽を世界に発信するためのアルバムにする〉ということだけだったのかも。あとは、菊地成孔さんから出された〈条件〉がいくつかあったんですよ」

ものんくる 世界はここにしかないって上手に言って TABOO(2017)

――条件? どういうことですか?

吉田「とにかく一曲の尺を短くすること。放っておくと6分とか7分の曲を作っちゃうので(笑)、〈全曲5分以内に納めて〉と言われたんです。あとは、菊地さんが提案したカヴァー曲を1曲入れること。それがノルウェーのヘレン・エリクセンというシンガーの“Driving Out Of Town”で、歌詞は自分たちで書きました」

※2007年作『Small Hall Classic』収録

――曲を短くしたことで、結果的にポップス的な強度が高まりましたよね。

吉田「そうかもしれませんね」

Nao「あと、展開の早さも今っぽい時代感だと思った」

吉田「確かに今の曲って展開が早いよね。みんなずっと聴いていられないんだと思う(笑)。初めの3秒だけ聴いて曲の良し悪しを判断する時代だと思うから」

Nao「本当にそうだよね」

――そういう時代性をNaoさんはどう意識してます?

Nao「どんどん嘘をつけない時代になってきてるとは思いますね。思いもなしに作った曲が売れることはないというか……時代性を意識しすぎた曲の嘘っぽさはリスナーもわかっちゃうから。音楽に対してどれだけ向き合ったのか、そういう思考の強度も必要になってきてると思うんで、そういう意味でも嘘はつけなくなってる。だから、いい時代だとも思いますよ。周りにはそういう覚悟のあるミュージシャンも多いし」

吉田「そういうスタンスのバンドが増えてる感じがするよね。自分にとってのリアルな世代観はそこにあるし、刺激し合ってる感覚もあって」

Nao「あるよね。ものんくるにしてもWONKにしても、フツーに音楽がいいから聴いちゃうんですよ。〈友達だから聴こう〉とかじゃなくて、それぞれにいいものを作ってる」

――CRCK/LCKSの新作『Lighter』もすごくよかったし、WONKもライヴを観るたびに良くなってる印象がありますね。

Nao「そういうことをツイートしてた人がいましたね。〈なんでこの界隈のアルバムは出るたびにいいんだろう〉って」

吉田「それぞれが対バンすることも多いし、サポートやゲストでライヴに参加することもありますからね。(音が)混ざり合っていく部分もあるんだと思う」