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――歌うときに〈自分らしさ〉を前面に出さない、という人はもちろんいると思うんだけど、いま〈私は歌い手という、歌を構成する装置のひとつであればいい〉というところまで吹っ切れるという人はあんまりいないんじゃないかと思う。逆に、すごく歌を信頼してるというか。
「やっぱり他人の曲を歌ってわかることっていろいろあって。昔の歌謡曲というものを〈歌わされてた〉っていう言い方は変だけど、当時〈歌手〉って呼ばれてた人たちは女優さんよね。憑依的というか。〈あたしを見て!〉なんて、例えばちあきなおみの歌を聴いているときに1度も感じたことないですし。あと、あの時代の人たちは、みんながそうではないと思うけど、家族を養うために芸能界に入るとか、もうちょっと理由がいまとは違うというか……〈あたしを見てほしいから〉とかじゃなくて、時代背景としても。
江利チエミだって進駐軍のクラブで歌って、家族を食べさせなきゃいけないから。〈他人より歌えるんじゃないか、これなら飯を食えるんじゃないか〉みたいな世界だから。歌が自己表現っていうものとあんまり結びついてないんじゃないかなと、当時は」
――歌も含めた芸能のあり方として、昔の人は芸能に対する距離が遠い……精神的に入れ込んでないかもね。生活レベルから言えば、近いともいえるんだけど。
「その話からいくと、芸能に限って言えば、〈音楽がラジオやテレビから流れてきて、それを聴く、観る〉という当時の人たちの行為は、いまよりもっと受け身の姿勢だったと思う。一方的に流れてきてるものを〈いいなあ〉って聴く。情報源が少ない時代だから。
79年あたりにウォークマンが出てくるんだけど、そこから個人でカセットテープなんかを編集しだすでしょ? 曲順変えたりとか、好きな曲だけ一本にまとめたりとか。そうなってくると聴き手も受け身でただ聴かされてたものが……聴き方にも変化が生まれて、いまはもうアルバム通してさえもなかなか聴かないでしょ? 〈このご時世で(『うそつきミシオ』を)どういう風に聴いてもらえるのかな、ただの懐古主義としてとらえられるのか、どうなんだろう?〉と思ったりもして。でも、懐古主義なつもりはまったくなくて。……いま、こんだけ軽いものが多いじゃない?」
――多い。
「それは私、みんな正解だとは思うんです」
――ニューミュージックとかニューウェイヴって言われるものは、60年代的なグラグラ煮立ったものの揺り戻しっていうところも大きいと思うんですよね。いまはなんなんだろう。意味的なものに飽きたクールさなのかな。見汐さんは昔からプラスティックっていうか、情念を込めたりはしない、節はつけるけど。
「だって、こんな声だし。私が〈あ~たしは~〉なんて歌ったって、まず需要ないだろうなっていうのもわかるし」
――でも、見汐さんがそう歌ってなかったわけでもない。
「うん。ただ、自分でそこはちゃんと……ジャッジしてきてるから。だから、実際歌ってみて、お客さんの反応見て、〈あ、これはいま違うんだな〉って思うことは常々あるし。〈じゃあ、やめとくか〉っていう。サービス精神っていうか、そういうものは自分のなかにもあるわけですよ。だから……性質ですよね。もともと本来持ってる自分の声の質だったり、自分の性質だったりがそうさせる、ってところがたぶん大きいんだろうなと思うけど」
――それと自分の好みとかが一緒になってポコッて生まれたのが今回のアルバム?
「でも、探すよねやっぱり、どんな歌が自分に合ってるんだろうっていうのは。歌をはじめたときはすごくたくさんの音楽を聴いてたし、どんな歌でも歌ってた。それは他人様の前でっていうよりも、まあ母親の飲み屋でとか。それこそ育った環境が大きいんだけど、〈歌を仕事にしよう〉ってあるとき思ったんじゃなくて〈歌っときゃ金になるんだ〉っていうような家で育ってるから※。
そこで覚えていくものっていっぱいあった。〈これはこういう人がつくってるんだ、この曲またこの人がつくってるわ、この曲もまたこの人がつくってる、筒美京平っていうんだ、へー〉とかさ。今回の作品とは特に関係のある話じゃないけど」
――関係なくはないんじゃないですか? 今回の制作にあたって、それを思い出した、そこに立ち返ったという点では。
「そう。なんか思い出したんだよね。……歳ですかね(笑)」
――気負いがなくなったってことじゃないの?
「うん。気負いがなくなったんですよね。あのね、たぶんね、身の程を知ったんだと思う。以前はその時の自分ができる以上のことを求めることでそこから音楽的な発見や面白さが生まれるんだと思っていて……それが気負いなんだけどね。MANNERSでのミニ・アルバムの後に曲を作っていたんですけど、このままの状況で続けていくのはいまの自分には無理なんじゃないかって思って。
(MANNERS)ですばらしい人たちと一緒にやったことで、自分の目線で一回きちんとやってみようって思ったのがたぶん、大きいのかもね。ほんとに自分が好きだったもの、ほんとに自分が興味のあったものをもう1回手繰り寄せていくと、〈歌謡曲とニューミュージック〉っていうのは外せないんだなあと思って。
……文脈で何かが語られるってことが、あるときからなくなってしまったと思うんですよ。で、私はそういうものからも音楽を教えてもらっていたギリギリ最後の世代なんですよ」
――ぼく(85年生まれ)らはもうあんまりなかった。例えばジャンルで括ること自体にもネガティヴなイメージがあったりする。
「それは純粋に音楽だけを見てる作業ではないかもしれないけど、でもそういう文脈――音楽がなぜそうやってつくられてきたかとか、なぜこの人が携わるようになったか、〈こことここってそうやって繋がってそういうサウンドが生まれるんだ〉とか〈なんでそういうリズムを入れようと思ったのか〉って、その音楽自体について語られるものからも得てきたのね。批評している人たちの文章が、まあ面白いですよ。話逸れたけど、時間をかけて自分のなかで咀嚼してきたものをここにきて形にできるようになった……ってことなのかな」
――さっきぼくは〈歌への信頼〉って言ったけど、こうやって話を聞いてると〈ジャンルへの信頼〉というのをすごく感じる。いまってジャンルを区分けすることを非常に嫌がるし、言うほうも失礼なことかのように言うじゃない? でも、ほんとはみんなそういうものに育てられてきたはずだし、オリジナリティというのはそういったジャンルに分けたくらいでは当然失われないものだし。見汐さんは、そういうところをすごく信頼してると思うんだよね。見汐さんは自分のルーツやバックボーンに、本を媒介に戻りなおして……。
「だから、ほんとに私にとってたぶん書籍って(音楽)作品と同等ぐらい重要なんだろうね。それを書いてた当時の人たちもね、もちろん。まあ、間章さんとか意味がまったくわかんないから」
――(笑)。
「今野雄二さんとかもそうだけど、20歳そこそこの自分に〈なにを言ってんだろう?〉ってクエスチョンをとにかく与えてくるわけですよ。それは聴いてみないとわかんないし、聴いてもわかんない。それこそ15年ぐらい経って、ふっと聴いたときに〈あっ!〉ってなる瞬間もあったりするわけよ。私はそれが音楽を聴くことの醍醐味のひとつだと思ったりもしてるし。湯浅(学)さんも同じようなことを言ってて……やっぱり時間をかけないとそもそもわからないもののほうが圧倒的に多いと。だけど、みんなそこを端折りたがると。
みんなお金がないからCDが売れないんじゃなくて、そもそも聴く時間がない。何するにしてもみんなすごく時間を合理的に考えるっていうかさ。だって、『うそつきミシオ』を35分にしてるのも、全部通してアルバムを聴くことに割ける時間ってそれぐらいなんじゃないかと。歌があるものだと余計に。40分超えてくるとたぶんキツいだろうなって思って。1曲削ってるし。1枚通して聴くってことが、いまの人はたぶんもう……いまの人っていうと違うね、いまを生きる人たちの暮らしのパターンでいうと、ほんと寝る前の30分とか(笑)」
――が、ギリギリ拝借できる時間?
「そう! 〈ギリギリ1枚通して、まだ聴けますよね?〉って」
――1曲削ってるんだ?
「それはこのアルバムにはそぐわないと思って、収録しなかった」
――そう言われてみると、確かにこの長さにも〈聴きやすさ〉を感じたのかもしれない。
「かといって、内容が薄っぺらいというわけでは、私のなかではもちろんないですし」
――1つのテーマ、さっき出た〈会話〉っていうテーマで重ね塗りしてるから、短くても薄さはまったくないよね。いろんな色で塗ってるけど、塗ってる範囲が集中されてる。
「もちろんそう。あとはだから、長く続けていくしか……細々と(笑)。細々と続けていくには、みなさんに買ってもらえないと続けていけないんですけど……(笑)」
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Live Information
見汐麻衣『うそつきミシオ』 〜ソロ・デュオ・トリオ・バンドセット〜 ツアー2018
ソロ
2018年1月20日(土) 富山 DOBU6(ワンマン公演)
2018年1月21日(日) 金沢・石引 じょーの箱
2018年2月17日(土) 札幌 サロンタレ目(ワンマン公演)
2018年2月18日(日) 仙台 teato
2018年3月17日(土) 福岡 gigi
2018年3月18日(日) 福岡・田川 コメグラ
デュオ:見汐麻衣(ヴォーカル、ギター)、野田薫(ピアノ)
2018年3月21日(水・祝) 広島 ふらんす座(ワンマン公演)
トリオ:見汐麻衣(ヴォーカル、ギター)、池部幸太(ベース)、野田薫(ピアノ)
2018年3月23日(金) 大阪 HOPKEN
2018年3月24日(土) 京都・木屋町 UrBANGUILD
2018年3月25日(日) 名古屋・金山 ブラジルコーヒー
バンドセット:見汐麻衣(ヴォーカル、ギター)、坂口光央(キーボード、シンセサイザー)、池部幸太(ベース)、光永渉(ドラムス)、潮田雄一(ギター)
2018年4月19日(木) 大阪・梅田 Shangri-La
2018年5月2日(水) 東京・渋谷 TSUTAYA O-nest