流行よりも直感にまっすぐ飛び込んで手に入れたモダンな輝き

 「去年はフェスにたくさん出させてもらったり、初めてのツアーをしたり、ジャミロクワイの来日公演のサポート・アクトも担当して、いろんな経験をさせてもらったことで自分たちの考え方も変わってきたので、その答え合わせと、去年の経験を超えなきゃっていう意気込みが入り混じった作品なのかなって」。

 Nulbarichのフロントマン=JQは、およそ1年半ぶりのニュー・アルバム『H.O.T』についてそう説明する。初のメジャー・リリースとなった今作は、文字通り彼らの周囲を取り巻くホットな状況と勢いがそのまま詰め込まれた一枚となった。

 「このタイトルは普通に〈熱い、イケてる〉っていうのと〈Hang On Tight〉とのダブル・ミーニングなんですよ。ちょっとひねくれ目線なんですけど、これからもっとステップアップしていくから〈しっかり掴まってないと落ちちゃうよ〉っていう、僕たちなりのポジティヴな気持ちも入っている言葉ですね」。

Nulbarich H.O.T ビクター(2018)

 

結果よりも過程

 もともとシンガーやプロデューサー/ソングライターとして活躍してきたJQが、不定形のバンド編成による自由なサウンド展開をめざして生まれたNulbarich。初音源となった2016年のシングル“Hometown”から、同年秋の初作『GUESS WHO?』、そして今回の『H.O.T』に至るまで、JQの好むソウルやファンクをベースとしたサウンドという作風の根本が変わることはないが、前作のEP『Long Long Time Ago』から表に出てきたヒップホップの要素も加わって、アレンジ面ではこれまで以上に幅が広がった印象を受ける。喧噪のような声にトラップ流儀のビートが重なって開幕の高まりを演出するイントロから、昨年のスマッシュ・ヒット“It's Who We Are”のギター・カッティングに雪崩れ込む展開は最高の滑り出し。それに続く“Almost There”はフックで4つ打ちに移行するトロピカル・ハウス風味のメロディアスなナンバーで、アーバン・テイストも弁えた現代的なバンド・サウンドという意味では、例えば近年のマルーン5にも通じる風通しの良さがある。

 「音の鳴りは違うと思うんですけど、確かにトレンド色はちょっと強いかもしれないです。“Almost There”に関しては〈焦らないでいい〉と言うのがテーマなので、スピード感はありつつアガりきらない感じを意識したというか。〈ゆっくり時間をかけることも良い結果に結び付く〉という思いから作った曲なので、そのへんがサウンド面にも表れてますね」。

 次の“Zero Gravity”は「僕はBPM100前後のミッドテンポの4つ打ちがすごく好きなんで、〈そういう曲を作りたい〉という心にまっすぐ進んで出来上がった」という重心低めのディスコ・ファンク。粘り気のある演奏といい、シックばりのストリングス使いといい、彼らのソウル趣味が全開になった曲と言えるだろう。

 「あのストリングスは(シックをネタ使いした)シュガーヒル・ギャングの“Rapper's Delight”みたいな感じにしたいと思って。ジャミロクワイとかもよく使う80年代や90年代らしい音なので、Nulbarichとしてそういう時代のものをストレートにやってみたらこうなった、という感じですね。歌詞も〈余計なものはミルキーウェイに投げよう〉とかアース(・ウィンド&ファイア)っぽい宇宙感のあるワードをチョイスしてます」。

 全編英詞のフォーキー&メロウな恋愛ソング“Handcuffed”は、808系の音色を忍ばせたビートが90年代のヒップホップ・ソウル風味を演出するセンシュアルな美曲。そこから最新ヒット“In Your Pocket”とインタールードを挿み、続く“Supernova”では『Brown Sugar』期のディアンジェロを思わせるレイジーなジャムを展開してディープな側面を見せつける。

 「“Supernova”はみんなで酒を飲みながらセッションで作った曲で、後から雑多に録られたデータを編集する作業がいちばん大変でした(笑)。でも、この曲に関してはメンバーそれぞれの〈オレがオレが〉感が出てて好きですね。いちばん内側を向いた楽曲というか、みんな自分たちのことしか考えてなくて、バンド・メンバーの誰とも手を繋いでない感じが良くて。僕も〈終わっちまう前に〉とか歌ってて、ちょっと口が悪いですもんね。酔ってたのかな(笑)?」。

 そして本作のリード・トラックでもある“ain't on the map yet”だ。軽快に刻まれるギターと弾力性のあるビート、JQのスムースなファルセットが表通りを闊歩するような昂揚をもたらすこの楽曲の、解放感と同時に一抹の切なさを漂わせた世界観は、まさにこのバンドの真骨頂と言えるものだろう。

 「次のツアーのタイトルにもなっている“ain't on the map yet”は〈俺らはまだ地図にない〉ということで、〈まだ有名じゃないからこれから行ったるぜ!〉っていう思いの表れでもあるし、辿り着くことよりもそこまでの過程にフォーカスを当てた曲でもあるんですよ。ワクワクする瞬間って何かを掴んだときよりもそこにいくまでのプロセスが大事で、例えば部活とかで全国優勝したチームが大人になって杯を交わしたとき、トロフィーを手にした瞬間よりそこに行き着くまでの話を肴にすると思うんです。だから辿り着くまでの過程をどう良い思い出にしていくかが大事だと思うし、目標に向かってるんだけど終わりたくない気持ちもあって」。

 

何をやってもNulbarichになる

 そういった刹那の輝きを逃したくないという思いは、昨年にライヴを通じてたくさんのファンと交流することによって育まれた感情でもあるのだろう。だが、この“ain't on the map yet”の中で〈終わらないものはないのは I know it's okay ちゃんと最後まで enjoy〉と歌われているように、いつか終わりがくることを知っているからこそ、彼らは〈いま〉という過程を最高のものにしようと進化を続けるのだ。

 「〈答えにブラインド〉とか〈Act like 迷うふりも〉っていう、辿り着きたくないから自分たちでわざと道を迷うみたいな、やんちゃな部分もあるんですけどね。わかりやすく言うと子供が〈帰りたくない〉って言ってるのと同じです(笑)」。

 そこから“Follow Me”“Spellbound”という既発曲を経て、アルバムのラストに置かれたのが「ここまでBPMを落とした正統派のポップスをやったことはなかったので、自分たちとしてはいちばん挑戦的な曲」だという“Heart Like a Pool”。人の心の器の大きさをプールに例えて、それを自分専用のサイズにするのも友達を招けるような大きさにするのも自由だけど、全部自分の責任だと歌う歌詞は、「何事にも答えなんてないし、人それぞれ全部正解だと思うんで」と言うJQの人生観を反映したものでもある。

 「何かを共有したりお互いの心に入り込むのはすごく難しいことだと思うので、お互いのプールに入るのがキーになるのかなと思って。ライヴでもお客さんが思ってることをちゃんと肌で感じたいし、(去年の)ツアーでそれをすごく感じたんですよね。会場によって全然熱が違うし、僕たちの演奏もそれによってあきらかに変わるし。そういう心を共有することのおもしろさと難しさをちゃんと表現できた曲だと思います。超ベタに言うとラヴ&ピース・ソングですね(笑)」。

 安直なトレンドやスタイルなどの型にはまることなく、ナチュラルな姿勢で多彩なアプローチに取り組んだ全13曲。それらのひとつひとつから細かなリファレンスを想像することも可能だろうが、一方でいずれの楽曲からも〈Nulbarichらしさ〉としか言いようのない自由な気風を感じられるのもおもしろい。

 「そこは取ろうと思っても取れないんですよ。これはいままでの作品も含めてですけど、いろんなことにトライしてみてもNulbarichという枠を自分たちで越えられないというか、結局Nulbarichっぽくなっちゃうんです。ただ、それを壊したいとも守りたいとも思ってなくて、曲を作るときはやりたいことをやるのがいちばんだし、そのとき直感的に思ったことにリスクも踏まえたうえで飛び込んでいくのが大事だと思うので。僕たちの良いところは僕たちが決めることではないし、僕らはただ一生懸命やって一生懸命愛するのがいちばんだと思いますね」。

Nulbarichの作品を紹介。