COLUMN

金沢21世紀美術館「Starting Points:Japanese Art of the '80s 起点としての80年代」展 70年代と90年代のはざまにある日本美術

杉山知子《the midnight oasis》1983 作家蔵

昭和が終りを迎え、日常性や軽やかさを大切にする感性などが新たに生まれた、オタクカルチャー前の充実した時代

 80年代、微妙な時代だ。バブル景気に翻弄され、「美術」が「アート」となって漂流を始めた時代、そしてなによりも昭和が終りを迎えた時代。だが、伝説になるには新し過ぎ、現代というには距離がある。この時代を概観することの必要は感じつつも、「総括」という古めかしい言葉で括ろうとすれば無力感しか残るまい。

 〈金沢21世紀美術館〉を皮切りに、国内3館で開催される展覧会『Starting Points:Japanese Art of the '80s 起点としての80年代』は、この無力感を振り切った勇気にまず驚かされる。出展作家は総勢19名。作品群を概観すると、あまりの多様さに言葉を失う。1930年代生まれの横尾忠則から、60年代生まれの中原浩大まで、80年代を過ごした年令の幅も広い。2名を除けば、現在も活動を続ける作家たちだ。作家の選択には相当の苦悩があったに違いない。曰く、ポストもの派、ポスト・ニューペインティング、ポスト・コンセプチュアル…。時代のさまざまな潮流があり、更にそれらの一人ひとりの作品の中での並置や変遷がある。そこに多様な個性の豊かさを見るか、共通言語の不在による困難さを見て取るかは、この展覧会、ひいてはあの時代の見かたの分かれ道かもしれない。

大竹伸朗《家系図》1986-88 セゾン現代美術館蔵

 展覧会は4つのテーマに分けて構成されるが、これは各作家や作品の持つ多義性の理解、そしてこの時代を探るための便宜的枠づけと捉えてもよいだろう。例えば「日常性」のテーマの中に位置付けられた杉山知子のインスタレーション作品に、「関係性」を探る視点を見出すことも可能であるし、また「記憶・アーカイヴ・物語」に位置付けられた、廃材を素材に用いる大竹伸朗を「メディウム」の視点で捉えることもできるかもしれない。

 80年代に制作(あるいは発表)された、各作家の代表的作品を取り上げ、10年という時間枠の中で時代の断面図を描くという手法は、一見しごく周到な手法のように見える。しかし、ことはそう簡単ではない。2010年代の我々は、作家たちのその後の活動や作風の変化を知っているだけに当時の作品を、どうしても作家の現在に至る過渡的な前史として見てしまいがちだ。早世した諏訪直樹ですら、その早すぎた晩年の作品を“作家の最終的到達点”という劇的視点で見てしまう。もちろん個々の作家のその後(あるいはその前後)の展開をたどれば、作風の変化における必然性や興味深い説得力を見出すことができる実力者ばかりである。だが、2010年代は確かに2020年代の前史であるとしても、我々は日々、前史を生きているわけではない。作家たちは、途中経過や里程標として作品を制作した筈はなく、時のシーンと切り結ぶかたちでそれらを世に送り出したのだ。

吉澤美香、 左から《無題(テーブル)》《無題(三脚)》《無題(掃除機)》《無題(茶だんす)》1982 千葉市美術館蔵

岡﨑乾二郎《あかさかみつけ》1981 高松市美術館蔵

 大竹伸朗の1辺2mをゆうに超える「網膜」シリーズの大作、吉澤美香の80年代前期のオブジェ~インスタレーション的作品から後期の平面大作へのダイナミズム。岡﨑乾二郎の人をくったようなタイトルを持つ、複雑なんだかシンプルなんだかわからない立体作品。それらはみな当時のシーンに突き付けられた挑戦状のようにさえ感じられる。こうした作品群を、現在の視点から遡行的・逆算的に見るのではなく、まずは80年代当時のシーンの地平の中で、今、改めて出会ってみる。今展では、そんな仮構に誘われる。ほとんどの作品は当時見た覚えがあるのだが、不思議に懐かしさといったものを感じない理由もここにありそうだ。(展覧会カタログには、当時のシーンに深く関わったキュレーターや評論家の寄稿を得ており、この仮構作業の助けになるに違いない。)

 もちろん2010年代のわれわれは、80年代を遡行的に捉えることは可能だし、その後90年代以降に頭角を現した現在のスター作家たちも数々知っている。その後シーンの中心は、個人的な「小さな物語」や幼児性への退行。あるいは、静的なインスタレーションから、体験型の作品への移行などが大きな流れとなってゆくのだが、それらの萌芽が80年代の動向の中にすでに見られることもまた確かである。インスタレーション的な手法が持っていた、平面素材の限界に対する、あるいは作品売買や保存の困難さに屈しない挑発性が、やがてアートのエンターテインメント性やコミュニケーション・ツールとしてのアートへと、すり替えられていったことも垣間見ることができるだろう。

 現今、体験型アート作品が流行であり、金沢21世紀美術館でも、(先頃森美術館での展覧会も大盛況だった)レアンドロ・エルリッヒのプールの水面下のような錯覚が楽しめる体験型作品が開館(2004年)以来の人気だ。今回の展覧会には、そうしたいわゆる“体験型”の作品は殆どないが、体験型ミュージアムともいうべきオープンな建築構造を特徴とする同館で、80年代のアートシーンの断面の現在形を是非“体験”していただきたい。

 


EXHIBITION INFORMATION

『Starting Points:Japanese Art of the '80s 起点としての80年代』展
○開催中~10/21(日)まで
○10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)
○会場:金沢21世紀美術館 展示室1-6、13

www.kanazawa21.jp/

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