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愁いを帯びた歌声で幅広い層を魅了するダイアナ・クラールと、恩師トミー・リピューマとの最後の録音——そこに込められた想いとは?

 コンテンポラリーなジャズを代表するヴォーカリスト/ピアニスト、ダイアナ・クラールが3年ぶりのソロ・アルバム『This Dream Of You』をリリースした。ダイアナといえば直近ではトニー・ベネットとのデュエット作品『Love Is Here To Stay』(18年)も記憶されるところだが、ここ数年の彼女にとって大きな出来事といえば、やはり長年の制作パートナーである名匠トミー・リピューマが2017年3月に逝去したことだろう。若き彼女の才を見い出してGRPで契約し、初作『Only Trust Your Heart』(95年)以降はヴァーヴに導いてプロデューサーとしてスタジオで多くの時間を共にしてきたリピューマは、文字通りの恩師であり師匠のような存在だった。その最後の共同作業の成果こそ、彼の死から2か月後に世に出た前ソロ作『Turn Up The Quiet』(17年)となるが、今回の『This Dream Of You』はそれと同時期に録音された未発表音源を選りすぐった内容になっている。

DIANA KRALL 『This Dream Of You』 Verve/ユニバーサル(2020)

 T・ボーン・バーネットと組んだ『Glad Rag Doll』(12年)、デヴィッド・フォスターの主導する『Wallflower』(14年)と、2010年代は新たな手合わせを試みてきたダイアナにとって、久々にリピューマと組んだ録音には大きな意味があったのだろう。「アウトテイクには程遠くて、放置するにはもったいない」と感じて2016~17年のレコーディングを振り返った彼女は、生前のリピューマが気に入っていたという“But Beautiful”を軸にアルバム制作を決定。録り溜めてきた未発表音源をダイアナ自身が1つのアルバムにまとめ上げた。

 そんな成り立ちだけに、今作の録音で基本軸を成す3通りの編成はどれも前作『Turn Up The Quiet』を支えた布陣となる。冒頭を飾った“But Beautiful”などの3曲は、ジョン・クレイトン(ベース)、ジェフ・ハミルトン(ドラムス)、アンソニー・ウィルソン(ギター)とのクァルテットで録音。名盤『Live In Paris』(02年)でバックを務めたこの編成は、リピューマのプロデュース作ではお馴染みの顔ぶれで、なかでもクレイトンとハミルトンはダイアナの処女作『Stepping Out』(93年)でトリオに名を連ねて以来の長い付き合いだ。

 また、フランク・シナトラらで知られるポピュラー・ソングの“Autumn In NY”と“There's No You”は、クリスチャン・マクブライド(ベース)とラッセル・マローン(ギター)とのトリオ編成による録音。彼らもリピューマのセッションでは常連のプレイヤーで、ダイアナ作品では『Love Scenes』(97年)や『The Look Of Love』(01年)にも参加していた。

 さらにはトニー・ガルニエ(ベース)、カリーム・リギンス(ドラムス)、マーク・ リーボウ(ギター)、スチュアート・ダンカン(フィドル)というユニークな編成でも、スウィンギンな“Just You, Just Me”など3曲を録音。リギンスとダンカンは近年のツアー・メンバーとしても知られ、リーボウは『Glad Rag Doll』でも腕を揮ったアヴァンな才人。ガルニエはボブ・ディランのバックを長らく固める敏腕だが、今回の表題曲“This Dream Of You”はそのディランのカヴァーだという繋がりもあるのがおもしろい。また、前作の日本盤ボーナス収録されていた“How Deep Is The Ocean”は、かつて『Love Scenes』でも吹き込んでいた曲でもあって、思い入れの深さも窺えるのではないだろうか。

 思い出と対峙して今回のアルバムを仕上げ、改めて音楽に向き合ったという彼女。現在の世界を取り巻く状況についてもこのように語っている。

 「今回のアルバムに収録したパフォーマンスの中には、意図せず感情を掻き立てられるものがあると思う。〈秋のNY〉を簡単に訪れることができなくなったこんな時だからこそ、私たちは苦難と変化の日々の中にも希望があるということを信じないといけない」。

ダイアナ・クラールの作品を一部紹介。

 

ダイアナ・クラールの参加した近作を紹介。