これからを生きる私たちへ。
蓮沼執太とオーケストラが示す、共生し、協働する〈合奏〉の作品世界

 蓮沼執太は〈ひらかれている音楽家〉だ。蓮沼の視点は、ポップスや現代音楽、サウンド・アートといった文脈から聴き手を解き放ち、音楽をめぐる時間や空間を開放しようとする。作曲や演奏活動はもちろんだが、〈作曲〉という手法を応用し、映像、サウンド、立体作品を構成したインスタレーションなど、独自の音響作品によって音楽の概念を拡張しようとしてきた。ダンサーや現代美術家から修験者の山伏まで、さまざまな異種領域とのコラボレーションが評価され、本格的な活動開始から5年あまりで、すでに日本の音楽シーンだけでなくアートシーンにも欠かせない人物の1人となった。

 一方、そんな蓮沼がここ数年とくに力を注いでいるのが、彼自身がコンダクトする現代版フィルハーモニック・ポップ・オーケストラ〈蓮沼執太フィル〉の活動だ。さらに従来の〈蓮沼執太フィル〉のメンバーに、2018年のすみだトリフォニーホールでの公演のためにオーディションで選ばれた10名が加わり、総勢26名による〈蓮沼執太フルフィル〉が、このたび新作アルバム『フルフォニー|FULLPHONY』を発表した。

蓮沼執太フルフィル 『フルフォニー|FULLPHONY』 Caroline /ユニバーサル(2020)

 この『フルフォニー』は長い間、温められていたアルバムだという。2019年春、26人のタイミングが合う貴重な2日間でスタジオ・レコーディングされ、その後もフジロックや日比谷野音のステージで演奏されるごとに、「時の経過と共に、楽曲が僕たちの音楽として身体化されて」いったと蓮沼は記している。

 その冬の終わりに、COVID-19の世界的な感染拡大が起こる。人が集まり合奏をするという、それまで当たり前だったことが難しくなった。

 「ステイホームしていた時期、合奏とはいったい何だろう?という疑問に向き合い、あらためて楽曲制作に取り組みはじめました。このアルバムは、前半5曲は26人による合奏、後半5曲は少しずつ音を消していって再構築したリミックス楽曲で構成しています。録音した素材を音楽的に見つめ直して、丁寧に時間をかけてリミックスしました。合奏の方はどこまでも開かれていくように。リミックスの方は合奏が解体されて楽曲の核(コア)に入っていくように。2つの方向性を感じてもらえたらうれしい」(蓮沼)