©︎Sinna Nasseri

清涼なギター・サウンドで支持を集めてきたUSインディーの雄が到達したタイムレスな傑作『Daniel』――ただただシンプルで端正なポップソングが並べられていて……

 米ニュージャージー州出身のギター・ポップ・バンド、リアル・エステートが2020年にリリースした前作『The Main Thing』のラストには、ヴォーカリストであるマーティン・コートニーの、まだ幼かった娘の声が入っていた。そんな彼女のお気に入りだというケイシー・マスグレイヴスのアルバム『Golden Hour』を手掛けたダニエル・タシアンをプロデューサーに迎え、数々の名盤を生んだカントリーの聖地ナッシュビルのRCAスタジオAで録音されたのが、リアル・エステートの4年ぶりとなる新作、その名も『Daniel』だ。

 「娘がお気に入りのアルバムを手掛けた人物と一緒にレコードを作ったことで、僕がクールな父親に見えるだろうから(笑)」。

REAL ESTATE 『Daniel』 Domino/BEAT(2024)

 そう言って笑うマーティン。本作では彼が全編を通してアコースティック・ギターを弾き、ギタリストのジュリアン・リンチも一貫してクリーンなトーンのサウンドを聴かせているが、決してカントリーのアルバムを作りたかったわけではないという。

 「僕はある意味、ジャンルレスなアルバムを作りたかった。ひとつの指針となっていたのが、R.E.M.の『Automatic For The People』なんだ。例えばアコースティック・ギターの使い方とか、マンドリン、オルガン、ピアノ……そういったサウンドが、僕にとってはとてもタイムレスなものに感じられた。そういう時代を超えたサウンドを、このアルバムで表現したかったんだ」。

 そんな『Daniel』の方向性を決めたのが、先行シングルとしてリリースされた“Water Underground”だ。

 「あの曲が今作に地図を与えてくれたんだ。シンプルでストレートな、3分半のポップソング。これまでのアルバムにもそういう曲は入っていたけど、もっと抽象的でサイケデリックなジャムっぽい雰囲気の曲も入っていたから。それで、今回は〈このポップソングという要素だけを抽出したアルバムを作ってみたらどうだろう〉ということになった」。

 また、本作は10年近くバンドを支えてきたジャクソン・ポリスに代わって、女性ドラマーのサミー・ニスが加入してから初のアルバムでもある。マーティンがビッグ・スターを連想するという“Interior”や、もともとはマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン風のロックソングだったという“Freeze Brain”などには、彼女のアイデアが反映されているようだ。

 「スタジオでいろいろと試していたんだけど、そのときにサミーがこのバギーでファンキーな感じのドラムを叩きはじめたんだよね。〈ちょっと待てよ。これすごく良いかもしれない〉となって。ぜひいつか(マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの)ケヴィン・シールズと一緒にレコードを作ってみたいね! もしかしたら彼にメールを送るべきかもしれない。プロデューサーを引き受けてくれる可能性があるかもしれないよね?」。

 アルバムで唯一ベーシストのアレックス・ブリーカーが歌う“Victoria”も、本作に良いアクセントを加えている。

 「僕が思うに、アレックスはキンクスの“Victoria”を念頭に置いていたと思うんだよね。ピクシーズが『Surfer Rosa』について語っているポッドキャストを聴いたんだけど、“Gigantic”という曲のキム・ディールの声について話していたんだ。ひとつのアルバムの中に、ヴァラエティーに富んだ声が入っているというのは本当にいいなと思って」。

 そんなアレックスとマーティンはアルバムの制作前、〈リアル・エステートはリアル・エステートらしく〉という話をしていたという。デビューから15年を迎えたバンドにとって、〈リアル・エステートらしさ〉とはいったい何なのだろう?

 「小手先の奇を衒うのではなく、その曲について自分たちが感じたことをそのまま表現するということかな。過去の僕たちは、特定のサウンドに縛られたくない、型にはめられたくないという思いが強かったけど、いまはそんなことは気にしなくなったよ。僕たちは、自分たちが心地良いと感じられる音楽を作りたいと思っているだけなんだ」。

 そう話すマーティンの娘たちも、きっと本作を誇りに思うに違いない。

ダニエル・タシアンが参加した近年の作品を一部紹介。
左から、サラ・ジャローズのニュー・アルバム『Polaroid Lovers』(Concord)、 バート・バカラックとの2020年作『Blue Umbrella』(Big Yellow Dog Music)、ケイシー・マスグレイヴスの2018年作『Golden Hour』(MCA Nashvile)

リアル・エステートとメンバーの近作。
左から、リアル・エステートの2020年作『The Main Thing』 、マーティン・コートニーの2022年作『Magic Sign』(共にDomino)、アレックス・ブリーカーの2021年作『Heaven On The Faultline』(Night Bloom)、ジュリアン・リンチの2019年作『Rat’s Spit』(Underwater Peoples)