クァンティック、西へ――伝統的なレコーディングへの敬意、ジャズへの深い愛情、名うてのミュージシャンたちと紡ぎ上げた親密なスタジオ・アンサンブルとは

 

WILL HOLLAND

 

自由なジャズを作りたかった

 「70年代頃はジャズがさらにエクスペリメンタルになって、アプローチとプロダクションの両方でおもしろくなった。僕のレコードはそれよりももっとメロディックで冒険心は少ないけど、その時代の何が好きかというと、ミュージシャンの創造力がすごく広がったことだ。間違っているかもしれないけど、この時代のミュージシャンって自分たちがやりたいことを自由にやっていたように感じられるんだ。だから今回の作品では、メロディーを強くしながらもコマーシャルではない、自由なジャズを作りたかった。2015年にインストのジャズなんて全然コマーシャルじゃないだろ(笑)?」。

 ジャズへの思いと、そこから生まれたニュー・アルバム『A New Constellation』についてそう語るウィル・ホランド。まあ、レコード・セールス以外にも商業的な指標が複合化している時代に照らせば、その意味で現在〈ジャズ〉に取り組むことは、ある層にとってはなかなかコマーシャルな行為だと思うのだが。ともかく、クァンティックを基盤に音楽性の幅を広げてきた彼はいま、かつてなくジャズにハマっているということだ。ラテンやカリブ音楽への傾倒もコロンビア移住後に深まりを見せはじめたように、今回生じた変化も転居に起因している。USでの仕事が多くなったことも関係してか昨年ウィルはNYに引っ越しているのだが、レコード・ショップの多い環境でジャズのレコードを改めてコレクションするようになったことが、そのまま今回のプロジェクトに結び付いたのだという。

 「もちろん常に好きなジャンルではあったし、ジョン・コルトレーンなんかもずっと聴いてきたんだけど、最近になって、もっとリスナーとしてだけではなくて自分も作りたいと思うまで入り込むようになった。ここまで夢中になったのは最近だ」。

 もちろん、環境の変化が新たな創作に与えた影響も大きかっただろう。

 「住む場所からの刺激というのは大きいからね。例えば、新しいバンジョーやギターを手にすれば、それは必ず次に書く曲に活かされる。場所から受ける刺激も同じ。自分の創造力を駆り立ててくれるんだよ。曲を作る環境や住む場所は、何か新しいものをもたらしてくれる。場面を変えると新しいヴァイブを得ることができるのさ。曲作りの時に遠くへ旅するミュージシャンが多いのは、そういう理由だと思う」。

 

QUANTIC PRESENTS THE WESTERN TRANSIENT A New Constellation Tru Thoughts/BEAT(2015)

いろいろなロケーションからの影響

 源泉はNY、だが今回の録音が行われたのはLAだ。カマシ・ワシントンらを演奏に迎えた前作『Magnetica』はその前ぶれでもあったのだろうが、今回の『A New Constellation』はクァンティック・プレゼンツ・ザ・ウェスタン・トランシエントというライヴ・プロジェクトでのリリースとなる。メンバーにラインナップされているのは、10年以上の仲となるトッド・サイモン(トランペット)をはじめ、近作でも馴染みのウィルソン・ヴィヴロス(ドラムス)とシルヴェスター・オニェジアーカ(サックス/フルート)、さらには現行LAシーンで引っ張りだこのブランドン・コールマン(エレクトリック・ピアノ)、そしてゲイブ・ノエル(ベース)、ビルド・アン・アークアラン・ライトナー(パーカッション)。プロデューサー/バンド・ディレクターのウィルは、もちろんリズム・ギタリストとしてセッションにも参加している。

 「自分では良いギタリストとは思ってないんだ。今回のアルバムを作っていてそれに気付いたよ。自分はリード・ミュージシャンというよりはやはり作曲者であり、指揮官であり、アレンジャーなんだなというのを感じたんだ。演奏に関われるのは凄く嬉しいけどね(笑)。コロンビアでは4トラックでレコーディングしていたけど、今回は16トラックのテープレコーダーを使った。だからずいぶん幅が広がったよ(笑)。後から録ってオーヴァーダブした部分もあるけど、主な部分はバンド全員で同じ部屋に入って、ほぼすべてをワンテイクで録ったんだ。これはオンダトロピカではやったことがあるけど、ジャズやソウルの作品をこの方法でやったのは初めてだね」。

 そうして生まれた『A New Constellation』は、しかしながらここまでウィルが繰り広げてきた旅の記録も織り込んだ内容になっていて、無理矢理にLAらしさを表現しようとしたり、ジャズというコンセプトに縛られているわけではない。あくまでも創作は自然な表現だからして、コロンビア時代やそれ以前のキャリアから地続きになっている部分も当然ある。

 「曲のアレンジの仕方なんかはコロンビアで学んだものだし、例えば“Nordeste”にはブラジルの北東部っぽいサウンドが入っていて、それは僕が現地に行った時に気に入ったサウンドなんだ。だから、コロンビアに限らず、自分の訪れたそれぞれの場所からのヴァイブが少しずつ取り込まれていると思う。“Bicycle Ride”はソウルの要素が強くてNYっぽいし、“Creation(East L.A.)”はLAディスコっぽい。このレコードではそういったいろいろなロケーションからの影響が楽しめると思うよ」。

 現在はフラワーリング・インフェルノとオンダトロピカ名義でのレコーディングを並行して進め、また、それらのユニット作品でお馴染みのシンガー、ニディア・ゴンゴーラのアルバムも制作中だというウィル。シチュエーションやロケーションの影響を大切にしつつ、どこにいようと根本的な音楽への愛を見失わずに15年もの旅を続けてきた彼の、これからの足取りにも興味は増すばかりだ。