今日のジャズ・シーンを代表するドラマー、ケンドリック・スコットが11月10日(火)、11日(水)にブルーノート東京へ登場する。今回はブルー・ノート移籍後第1弾となる新作『We Are The Drum』を引っ提げての来日で、〈新世代オールスター〉とも言われる自身のグループ、オラクルも不動のメンバーがほぼ集結。オールド・スクールなスウィングから現代的なグルーヴまで叩きこなすケンドリックの異才ぶりと、桁違いのバンド・アンサンブルを生で体感できるはずだ。ここでは、音楽ガイド〈Jazz The New Chapter〉シリーズの監修を務めるジャズ評論家の柳樂光隆に、若くしてヴェテランの風格を漂わせるケンドリックの魅力と、公演の見どころを解説してもらった。 *Mikiki編集部

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KENDRICK SCOTT ORACLE We Are The Drum Blue Note/ユニバーサル(2015)

2010年代に入って、ジャズはとてつもない勢いで進化している。そんな新時代の到来を告げたアルバムの一つとして、ロバート・グラスパーの『Black Radio』(2012年)やティグラン・ハマシアンの『Shadow Theater』(2013年)、ベッカ・スティーヴンス『Weightless』(2011年)などと共に、ケンドリック・スコット・オラクルが2013年にリリースした『Conviction』を挙げておきたい。

自身のバンドであるオラクル名義で発表した同作では、ブロードキャスト“Pendulum”やスフィアン・スティーヴンス“Too Much”といったエレクトロニックな楽曲を、ジャズの即興演奏を駆使しながら斬新なアレンジやミキシングを交えてカヴァーしている。その他にも、フォーキーで内省的なサウンドが美しく奏でられたりする一方で、4ビートとソロ・パートが光るジャズ然とした楽曲も違和感なく織り交ぜられているのが特徴的だ。インディー・ロックやビート・ミュージック、ヒップホップからの影響を柔軟に消化してジャズの拡張を目論むのと同時に、〈即興演奏としてのジャズ〉にも徹底的にこだわってみせる。その二面的なスタンスこそが、ケンドリック・スコットの先進性だと言えるだろう。

ケンドリック・スコット・オラクルの2013年作『Conviction』収録曲、スフィアン・スティーヴンスのカヴァー“Too Much”

しかも彼は、『Conviction』ですら通過点に過ぎなかったことを最新作『We Are The Drum』で鮮やかに証明している。プロデュースを務めるのは、前作に引き続きデリック・ホッジ。縦横無尽に叩きまくるケンドリックのドラムを軸に、ダイナミックな演奏が聴けるタイトル曲から、ケンドリックと同時期に来日公演も控えるリズ・ライトの歌唱が光るメロウ・バラード“This Song In Me”まで、ヴァラエティーに富んだ楽曲が並んでいる。そのなかでも白眉はやはりカヴァーだろう。ここではなんと、昨年発表されたばかりのフライング・ロータス“Never Catch Me”が採り上げられている。サンダーキャットディーントニ・パークスらLAの一流ジャズ・プレイヤーによる生演奏をエディットした原曲のトラックを、オーセンティックかつ挑戦的なジャズ・アレンジにもう一度置き換えており、ケンドリック・ラマーの高速ラップに刺激されたというドラム・プレイは驚異的すぎて言葉を失ってしまうほどだ。

ケンドリック・スコット・オラクルの2015年作『We Are The Drum』収録曲“We Are The Drum”

ケンドリック・スコットは、80年にテキサス州で生まれた。グラスパーやクリス・デイヴビヨンセらを輩出したヒューストンの名門校を経て、98年にバークリー音楽院へ入学している。そして、在学中からテレンス・ブランチャードチャールス・ロイド、フュージョン系の名グループであるクルセイダーズなどの大物に起用されるなど、逸材ぶりを早くからアピールしていた。

プレイヤーとしての特徴も、新しさと伝統とのバランスにある。1930年代からカウント・ベイシーのオーケストラなどで活動していたジャズ・ドラムの巨人“パパ”ジョー・ジョーンズを敬愛するケンドリックは、4ビートのジャズを演奏させても一流で、1950~60年代のビバップやハード・バップを愛好するリスナー/同業者からの支持も厚い。現代的な変拍子やポリリズム、細分化したリズム・アプローチを駆使しながら、そのなかに古典的なドラミングやフレーズをさらりと忍ばせるのもお手のもので、ジャズの歴史を自在に飛び越えるような演奏こそが真骨頂だ。

独自のスタイルをわかりやすく確認できる一枚として、グレッチェン・パーラトの『Live In NYC』をお薦めしたい。ここではマーク・ジュリアナとケンドリックが収録曲を半分ずつ叩き分けており、ソリッドかつタイトにビートを刻んでグルーヴの推進力を生み出すマークに対し、ケンドリックはバンドに対して提案するように、あるいは仕掛けるように、ドラマー発信でアンサンブルの流れと繋がりをコントロールしてみせる。そんな統率力と圧倒的すぎるテクニックに加えて、近年ではライヴの定番になっている〈スネア裏返しプレイ〉に象徴されるような、ドラム・セットを駆使した音色/テクスチャーへの執拗なこだわりも兼ね備えている。どこにも欠点が見当たらないケンドリックのことを、僕は躊躇することなく〈パーフェクトなドラマー〉と呼びたい。

グレッチェン・パーラトの2013年作『Live In NYC』収録曲“Weak”。ピアノはテイラー・アイグスティ

そして、新世代のオールスター・キャストが集結したオラクルもまた、〈パーフェクトなバンド〉なのかもしれない。テイラー・アイグスティは、フォークへのアプローチも覗かせるケンドリックと共振する、現代ジャズ屈指のピアニスト。自身もリーダーとして、ニック・ドレイクからエリオット・スミスフェデリコ・モンポウまでをフォーキーなジャズとして紡いだ名盤『Daylight At Midnight』(2010年)を作り上げている。

テイラー・アイグスティの2010年作『Daylight At Midnight』。ヴォーカルはベッカ・スティーヴンス

ギターのマイク・モレノは、ケンドリックと同じ高校の出身で、カート・ローゼンウィンケル以降でもっとも優れたプレイヤーの一人と名高い存在。そのプレイにはブラジル音楽からの影響も色濃く、リーダー作『Between The Lines』(2007年)『Another Way』(2012年)はジャズ・ギター・アルバムの傑作だ。近年はNYでアントニオ・ロウレイロとも共演を果たすなど、今後の活動にも目が離せない。

アントニオ・ロウレイロとマイク・モレノの2015年の共演パフォーマンス映像

 

ベースのジョー・サンダースも新世代の注目株。ジェラルド・クレイトン『Life Forum』(2013年)などの人気作に名を連ねるほか、ブルー・ノートに移籍したチャールス・ロイドの新クァルテットへの参加も話題になった。ケンドリック同様に、バンドに対してどんどん仕掛けていくアグレッシヴなプレイが特徴。そのパワフルな音色と併せて、生で観ると衝撃を受けること間違いなしだ。

ジェラルド・クレイトン・トリオの2010年のパフォーマンス映像。ベースはジョー・サンダース

さらに今回、レギュラーのサックス奏者であるジョン・エリスに代わって来日するのがウォルター・スミス3世。彼もケンドリックと同じ高校出身で、クリスチャン・スコットの諸作や、ネクスト・コレクティヴ『Cover Art』(2013年)、アンブローズ・アキンムシーレ『The Imagined Savior Is Far Easier To Paint』(2014年)などの作品にクレジットされている、〈グラスパー世代〉のトップ・プレイヤーだ。2010年の『Live In Paris』では、マーカス・ギルモア&マット・ブリュワーという曲者リズム・セクションと共に、熱く荒々しいインプロヴィゼーションを展開。かと思えば、現時点での最新作『Still Casual』(2014年)では、テイラー・アイグスティやケンドリック・スコットがバックを務め、ジョシュア・レッドマンマーク・ターナー以降の広い音域を自在に操るテクニックを駆使しながら、どんなフレーズも淀みなくスムースに奏でてみせている。彼がオラクルの一員としてステージに立つことが、今回の公演の目玉と言っても過言ではない。

ウォルター・スミス3世クインテットの2013年のパフォーマンス映像。ピアノはテイラー・アイグスティ

『We Are The Drum』には、2006年の初アルバム『The Source』にも収録されたケンドリックのオリジナル曲“Mantra”が再度収められ、9年間で遂げた進化をそこで確かめることができる。演奏スキルに即興のイマジネーション、ストーリー性のあるソロの構成力や、それに反応するアンサンブルのしなやかさなど、あらゆる面で別の楽曲と錯覚しそうなくらい変化しており、最盛期を迎えたバンドの充実ぶりが伝わってくるはずだ。

コンポーズと即興、伝統と革新。その中道からジャズを更新するケンドリック・スコットが、『We Are The Drum』のサウンドをどんな形で見せてくれるのか。彼らのライヴがいまから楽しみで仕方ない。

ケンドリック・スコット・オラクルが前回来日した、2013年のパフォーマンス映像

 



〈ケンドリック・スコット・オラクル〉
日時/会場:2015年11月10日(火)、11日(水) ブルーノート東京
開場/開演:
1stショウ:17:30/19:00
2ndショウ:20:45/21:30
料金:自由席/7,800円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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