岩崎愛は、泣いた。ついにリリースされた、自身のキャリアでも初となるフル・アルバム『It’s Me』。〈これが、私だ(It’s Me)!〉と名付けられたただけあり、彼女はいわばセルフ・タイトルのアルバムを作るような思いで制作したという。それだけに気負っていたのだろう――インタヴュー中に言葉を紡いでいく過程で、岩崎は泣いた。それほどの思いが込められた本作は、正直なだけでなく、真摯なだけでなく、人間なら誰しもが経験するドロドロとした諸々も多分に含まれている。ソウルフルな歌声、アーシーなビート、フォーキーで慎ましいギター。手練れのプレーヤーたちを迎えて奏でられたサウンドは、岩崎が敬愛するというジョニ・ミッチェルらに代表される、みずからの人生を音に換え、血の滲むような音楽を奏でるシンガー・ソングライターの系譜にある。単身大阪から上京した彼女が、さまざまな人々との出会いを経て、自身のすべてを賭して作り上げた、太陽のようなポジティヴさに満ちた傑作を絶対に聴いてほしい。
――『It’s Me』というアルバム・タイトルには〈これが、私自身だ〉というような強い思いが込められていると伺っています。このタイトルを付けられた背景には、岩崎さん自身の変化もあったのでしょうか?
岩崎愛「“哀しい予感”という7インチ・シングルを出したあたりから、やっと自分の曲を好きになれて、自分らしい曲を書けるようになってきたなと思えてきたんです。そこでようやく自分自身を肯定できた。それを踏まえてのアルバム制作だったので、自信を持って作れたんだと思います」
――というと、いままでは自分の曲に対して、不満があったのでしょうか?
「私は、楽譜が全然読めないんです。しかも、他の人に〈こういう感じでやりたいんです〉と伝えるのが下手で、だいたい説明も〈ここに草原が広がってる感じ!〉とかそういうことしか言えなくて(笑)。前のミニ・アルバム『東京LIFE』(2012年)のときは手伝ってくれた方々が、私がふわっとしたことしか言えないのを上手くキャッチしてくださって、ああいうアルバムが作れたんだと思っていて。もっとその精度を高めたいと思ったんですね。この作品を作るときに宅録を始めたんですけど、そこでの作業を通して、いままでより明確にやりたいことを伝えられるようになってきたんです。デモを聴かせて〈これはこういう音のイメージです〉と言えるようになった」
――今回のアルバムでは、下村亮介(the chef cooks me)、U-zhaan、啼鵬、ファンファン(くるり)、神谷洵平(赤い靴)、masasucks(the HIATUSなど)、砂山淳一(unsuspected monogramなど)、宮下広輔(PHONO TONESなど)、藤井寿光ら、豪華なゲストが参加しているためか、アレンジはヴァリエーションに富んでいますよね。特に、“嘘”での小谷美紗子とのデュエットはシンプルながらも、ハッとするような鋭さがあります。
「ゲストに関しては、この曲はこの人と決めたときに、だったらこういう風に歌ってほしいというのがわりとすぐに思い浮かぶんです。“嘘”は絶対に小谷さんとデュエットしたくて。この失恋ソングは、小谷さんが歌ったらグッとくると思った(笑)」
――“woman’s Rib”では、ちゃんMARI(ゲスの極み乙女。)、福岡晃子(チャットモンチー)、あらきゆうこの女性オンリーで挑んでらして。男子としてはその女子感に、小学校で女子たちに徒党を組まれて怒られたときのことを思い出したんですが……(笑)。
「この曲は、女の子だけでやりたかったんです。女の人の図太さを皮肉っぽく歌った曲で、最初は“女は強し”というすごくダサいタイトルだったんですよ(笑)。ただ、それじゃ格好つかないだろうということで、辞書を引いていたら、〈ウーマン・リブ〉と出てきて。でも、政治的になりすぎるのは違うなと思ったし、もっと根本的な女性の強さを歌っていると思ったのでウーマン・リブのリブを〈骨(Rib)〉にしたんです。女性の骨があるところを表したかったんですね」
――女性だけのレコーディングは、どんな感じだったんですか?
「いや〜、すごかったですよ。あらきさんはずっと私の憧れだったので、いざプレイを目の当たりにすると良すぎて泣きました。女子ばっかりだからキャピキャピしていたかというとそんなこともなくて……と言ったら怒られるかもしれないけど(笑)。でも、あのレヴェルの女の人たちというのは、〈キャピ〉というより〈頼もしい〉という感じです。女の人に特有の、子宮のリズムみたいなものがあった気がします」
――アルバム全体としてオーガニックで、良い意味でのラフな部分もあるなと思ったんですよね。その場の緩やかな空気感を大事にしている気がしました。
「そうかもしれないですね。“どっぴんしゃーらー”ではクリックも使ってないし、“26”は歌もギターも全部一発録りです。“darling darling”や“涙のダンス”もそうだ。ちょっと恥ずかしいんですけど、私、楽譜がよくわからないどころか、クリックも苦手なんですよ。レコーディングにはあったほうがいいし、必要なんだけど、今回一緒にやらせてもらった人たちとやっていると、絶対的な必要性は感じなかったですね」
――“最大級のラブソング”のように幸せな曲の次に、急にものすごく切ない“嘘”という曲があったりと、時間軸やストーリーの一貫性が読みにくいんですが、これはどういう作りになっているんでしょうか?
「私としては、一つの作品として流れがまとまるように作りましたが、聴き手が判断してくれれば良いなと思っています。それでまた頭から聴いてもらえればと。でも、登場人物はたくさんいますし、私と誰かの話というわけでもないです。まったく架空のストーリーもあります。でも“Woman’s Rib”なんかは、もともと私がちょっと女性というものに対して苦手意識を持っていたので、そうした苦手なところを皮肉っぽく歌ったんです。〈そういうところがあるから女性は強いんだぞ〉と、私が気付けたから書けた曲ですね」
――架空のストーリーというのが気になるのですが、これは具体的にはどの曲になるのでしょうか?
「“どっぴんしゃーらー”は架空の生物です(笑)。しゃちほこの歌なんですよ。しゃちほこの1匹が〈どっぴんしゃーらー〉で、もう1匹が〈どっぴんしゃーろー〉という兄弟で、一応、しゃーらーの方が弟という設定なんです。夜な夜な彼らが、街のみんなが寝静まったら空を飛んでいる。その模様は誰にも見られちゃいけないんだけど、ある日見られてしまって、その口止め料に金の鱗をひとつあげるというお話です(笑)」
――おもしろいですね。でも、それとは反対に“26”という曲は、大人になるということに対する岩崎さんのごくごくパーソナルな思いが描かれていて。ものすごくパーソナルなのに、それがリスナーにもリアリティーを持って響くのはなぜなんだろうと思っているんです。
「それは良いことも悪いことも、自分の全部を本当に曲へと注ぎ込んでいるからじゃないですかね? そういう曲を聴くことは、人に向き合うことと一緒だから。私としても、そうやって曲にすることによって救われる瞬間があるんですよ。ストレス発散と言ったらアレなんだけど……(笑)」
――あとから歌詞を読み返すと、〈うわー、私こんなん書いてたんだ〉となったりします?
「なります(笑)。自分だけのヤケクソな気持ちだけで書かないようにはしてますけどね。でも、みんなが自分の気持ちに重ね合わせることができるようにするために、広く浅く〈みんな愛を信じて〜♪〉みたいな歌にしても薄っぺらいし、程良くヘヴィーでコアなほうがリアリティーがあって良いんじゃないかと思う。とはいえ、あんまり深すぎると今度は重すぎますからね」
――岩崎さんが、そういう表現のポップさと深さの面で良いバランスを持っていると思うアーティストはいますか?
「失礼かもしれないですけど、槇原敬之さんですかね。“SPY”という曲、わかりますか? めちゃくちゃ怖い曲で、ぜひ聴いていただきたいんですけど、描かれている感情がどこまでもリアルで、かつメロディーが感情の動きにくっついている。でも、槇原さんは、その反対に“世界に一つだけの花”みたいな曲も作るじゃないですか? アーティストとしての振り幅が素晴らしいなと」
――ポップ・ミュージシャンのヤバさってそこにあるんでしょうね。めちゃめちゃコアな曲を書くモードのときと、世界平和みたいな歌を書くときとで振り幅の広さが見えやすい。
「私は嘘をつきたくないんですよね。子供だって思われるかもしれないですけど、私は〈LOVE&PEACEだよ〉という曲を書くときは、そこに嘘を入れたくない。そう書くなら100%そう思いたいし、そうじゃないなら、違うかもしれないという思いも入れたい」
――このアルバムを作っていたときに聴いていたアルバムは何ですか?
「このアルバムをミックスしてくれたジェイミー・クルージーが手掛けた、エミリアナ・トリーニのアルバム『Fisherman’s Woman』を聴いていました。もともと、私はミトさんとレコーディングをしたとき※にこのアルバムを知ったんですけど、今回『It’s Me』をどんなアルバムにしようか相談をしていたときにうちの社長が〈愛ちゃん、これ知ってる?〉と出してきたんです。そこで〈ミックスはこのアルバムの人に頼もうと思うんだけど〉と言われて、まさに〈マジっすか?〉ですよね(笑)。私も〈絶対それが良いです〉と伝えて、奇跡みたいだなと思いました。マスタリングも同作のジョン・デントが手掛けてくださっています。直接はお会いできなかったんですけど」
※岩崎愛の2008年作『太陽になりたいお月様』
――すごい巡り合わせですね。
「すごく熱心にやってくれたんですよ。最初に宅録の音源を送ったら、私の声をすごく良いと思ってくれたみたいで」
――で、結果的には大満足という感じですよね。
「そうですね。日本人のエンジニアさんは、渡した音源をそのまま仕上げるじゃないですか。でも、ジェイミーは勝手にカットとかしちゃうんですよ(笑)。その勝手さが良いなと私は思いました。〈ここにはタンバリンを入れたほうが良いと思うんだよね〉とか言ってきたりとか(笑)。最後まで本当に熱心にやってくれて、車で何時間もかかるのにマスタリングの現場まで行って付き合ってくれたみたいなんですよ。それは本当に嬉しかったですね。いつか会いに行かなきゃな……」
――このアルバムを作って見えてきたものがたくさんあると思うんですけど、特に強く感じていることは?
「少しずつなんですけど、やれることが増えてきたように思っています。出来は悪いんだけど、ずっと続けていったら、辞めなかったらいいんじゃないかなと。続けるしかないんじゃないかな」
――その〈続けていく〉というメッセージは、アルバム全体を通して聴いてみても強く感じられると思います。1曲目の“knock knock”なんか特にそういう思いが表れていますよね。
「そうですね。楽しいからやる、好きだからやるというのは、最初は誰もがそうだと思うんです。でも、ほとんどの人が壁にぶち当たって辞めてしまう。続けること、辞めないことのほうが難しいじゃないですか。音楽は生きることと一緒だなと思う。私は辞めないと決めたんです」
――岩崎さんのそういう強さはどこから生まれているんでしょうかね?
「いや、私はとことん強くないからだと思います。弱いから、負けないためにはそれを禁じるしかない。負けないために、続けるしかないんです……」
――……大丈夫ですか!?
「あ、すみません……なんで、泣いてるんだろうな、私(笑)」
――すごく伝わってくるアルバムだったんですよね。ご自身でもおっしゃってましたが、自分を大きな意味で肯定できている作品だから、リスナーも自分を肯定されるような気持ちになる。さっきも、女性性を認めることができたと言われてましたね。
「いまはだいぶマシになったんですけど、昔は〈なんで女に生まれたんだろう〉と思うほど女性というものに苦手意識があったんです。はっきり言わないところや、言っていることと考えていることが違っていたりするところが嫌で、自分がそうなっていると〈あぁ、私も女性なんだな〉と気付いてしまうというか。でも、その気付きがいまは良かったと思えるようになりました」
――はっきりとできない自分にわだかまりを感じていたんでしょうね。
「私は嘘が耐えられないんだと思うんです。嘘が優しさだとしたら、私にはそれはいらないと思っていたし。そういうのを嫌悪してたんですけど、いまはまた違いますね。そういう優しさも女性らしさなんだろうなと思えるようになった」
――では最後に、岩崎さんがこの先も音楽を続けていくために、自分がやらなきゃいけないことはなんだと思いますか?
「究極的には、なりたい自分になることなんだと思うんです。それが音楽でやれたら良いんだなと思うんですけどね。東京に出てきた頃は、成功しないと大阪には戻れないなと思いましたけど……結局は自分が〈もういいかな〉と思うまでやるしかないんだといまは思うんです。うーん……でも、私の場合は〈もういいかな〉と思ってもきっとやると思います。燃え尽きるまでやるんだろうな」
――なんでそこまでやらざるを得ないんでしょうかね?
「ただの無茶苦茶な意地ではないことを願いたいです。でも、きっと違うんじゃないかなとは、どこかで自分でも思っています。もともと小さい頃から飽き性で、習い事とか趣味も全然続いてこなかったんですね。でも、音楽だけは続いているから。理由は自分でもわからないんですけど……続けられるし、私は音楽を続けるべきなんだと思う」