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時代が求める本物のシンガー、グレゴリー・ポーターを見逃すな! 新作『Take Me To The Alley』と黒くディープな音世界に迫る

時代が求める本物のシンガー、グレゴリー・ポーターを見逃すな! 新作『Take Me To The Alley』と黒くディープな音世界に迫る

深みのあるバリトン・ヴォイスを武器に、究極のオーガニック・サウンドを追求するグレゴリー・ポーターがニュー・アルバム『Take Me To The Alley』(邦題〈希望へのアレイ〉)を5月6日に世界同時リリースする。前作『Liquid Spirit』が全世界で100万枚以上のセールスを記録し、ロバート・グラスパーホセ・ジェイムズと並ぶ新生ブルー・ノートの象徴に登り詰めると、その歌声は各界のアーティストからも強く求められるように。そういった世界的な熱狂ぶりが日本では伝わりきっていないところもあったが、『Take Me To The Alley』はその温度差すら一気に埋めそうなポテンシャルに満ちている。最新作のリリースを前に、今日のソウル&ジャズ・ヴォーカル界を背負う男の歩みを改めて振り返りたい。 *Mikiki編集部

GREGORY PORTER Take Me To The Alley Blue Note/ユニバーサル(2016)

 

グラミーも認めた本格派のヴォーカルと、〈Black Lives Matter〉を予見したメッセージ性

〈本物感〉。2013年にリリースされた『Liquid Spirit』で初めてグレゴリー・ポーターの歌声を聴いたとき、最初に思い浮かんだ言葉だ。あのドン・ウォズがブルー・ノートの社長に招かれた際に、真っ先にレーベルに迎え入れたとのエピソードが、その本物感をさらに増幅させていた。

ジャズの歴史そのものと言っても過言ではないブルー・ノートだが、2000年代のノラ・ジョーンズの成功をきっかけに、カントリーやブルース、ゴスペルなどを包括するアメリカーナのレーベルへと変貌しつつあった。その方向をさらに推し進めようとウォズが真っ先に求めたのが、米南部からの移住者が多くブルースが盛んなカリフォルニア州ベイカーズ・フィールドで生まれ、牧師の母親のもと教会で育ち、ナット・キング・コールをきっかけにジャズ・ヴォーカルに魅せられたというグレゴリーのディープな声、そしてソングライティングの才能だったのだ。

ドンの目論見は当たった。『Liquid Spirit』はジャズ史上もっともストリーミングされたアルバムになったほか、イギリス、オランダ、ドイツ、デンマークなどヨーロッパ諸国でベスト10入りを記録したのだ。2014年のグラミー賞では、ベスト・ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞を受賞したほか、収録曲“Hey Laura”もベスト・トラディショナルR&Bパフォーマンス部門にノミネートされている。

 

2015年5月、ブルーノート東京 Photo by Takuo Sato

 

ブルー・ノートからは『Liquid Spirit』と同じ頃、ロバート・グラスパーやホセ・ジェイムズの力作もリリースされていたため、グレゴリーも〈ジャズ新世代〉として語られることが多い。だが、彼自身はあくまでルーツを掘り下げていくタイプのアーティストだ。そもそも年齢がジャズ新世代より上。71年生まれだから、アンソニー・ハミルトンメアリー・J・ブライジと同い年ということになる。

プロとしての彼のキャリアは、フットボールの奨学金でサンディエゴ州立大学に進学したもののケガでアスリートの道を断念し、クラブで歌いはじめた4半世紀以上前にに遡る。そこで彼は、西海岸ジャズ・シーンの顔役であるカマウ・ケニヤッタに見出され、研鑽の日々に励むことになる。ここで得た人脈を通じて出演したミュージカル「It Ain’t Nothin But The Blues」をきっかけにNYに移住した彼は、〈ジャズの首都〉で才能を磨き、2010年に『Water』でソロ・デビューを果たしたのだった。

このアルバムで話題を呼んだのが“1960 What?”というナンバーだ。キング牧師の暗殺や黒人暴動といった60年代の事件に触れながら、サビで〈モーター・シティー(デトロイト)は燃えている〉と連呼するこの曲は、公民権運動を振り返ると同時に、昨今の〈Black Lives Matter〉ムーヴメントを予見していたと言えるだろう。インディー・レーベルであるモテマからのリリースながら、このアルバムはグラミーでベスト・ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞にノミネートされている。

※アメリカ国内で相次ぐ白人警官による黒人の射殺など、アフリカン・アメリカンを取り巻く人種問題が顕在化していくなかで勃発した〈新たな公民権運動〉。ケンドリック・ラマー『To Pimp a Butterfly』(2015年)や、グラスパーとローリン・ヒルが共同プロデュースを務めたニーナ・シモンのトリビュート盤『Nina Revisited... A Tribute To Nina Simone』(2015年)など、この動きをテーマとした楽曲/アルバムが近年多数リリースされている

『Nina Revisited... A Tribute To Nina Simone』に収録されたグレゴリー・ポーター“Sinnerman”

 

〈時代の声〉となった活躍ぶりを経て、広く外へ開かれた最新作

『Water』のリリースの翌年には、欧州ニュー・ジャズ・シーンの人気者、ニコラ・コンテの『Love & Revolution』にゲスト参加。これがきっかけで、グレゴリーの人気はヨーロッパで高まっていくことになる。2012年にはセカンド・アルバム『Be Good』を発表。ここに収録された“Real Good Hands”は、2013年度のグラミー賞のベスト・トラディショナルR&Bパフォーマンス部門に、ビヨンセアニタ・ベイカーといったビッグネームと並んでノミネートされた。この時点で彼は〈ジャズ・ヴォーカル〉という枠をはみ出していたというわけだ。こうした活動がブルー・ノートとの契約、そして『Liquid Spirit』の大ヒットへと繋がったのである。

一躍、〈時代の声〉となったグレゴリーには客演の依頼が押し寄せ、彼はポップ・ジャズのジェイミー・カラムやR&Bのリズ・ライト、ソプラノ歌手のルネ・フレミングといったアーティストのアルバムに参加している。なかでも話題を呼んだのは、英国のハウス・ユニット、ディスクロージャーと共演した“Holding On”だ。ディスクロージャーの2015年作『Caracal』(全英1位)のリード・シングルとしてリリースされたこの曲は、クラブ・シーンを中心に大ヒットを記録した。

そんな課外活動を経て、ついにリリースされるグレゴリーの新作『Take Me To The Alley』は、その“Holding On”で幕を開ける。しかし、ここではディープ・ハウス調だった原曲から一転、オーガニックなリアレンジが施され、完全にグレゴリーの個性に染め上げられているのが印象的だ。本作には過去3作と同様、師であるカマウ・ケニャッタがプロデュースとアレンジで参加し、チップ・クロフォード(ピアノ)、アーロン・ジェイムズ(ベース)、エマニュエル・ハロルド(ドラムス)、佐藤洋祐(アルト・サックス)、キーヨン・ハロルド(トランペット)など、バック・ミュージシャンには旧知のメンバーが名を連ねている。長年一緒に演奏を続けていないと生まれない、ヴォーカルと楽器が対話するかのような感覚の醍醐味を、彼はこの“Holding On”目当てでアルバムを手にしたリスナーに示したかったのかもしれない。

これまでもラヴソングとメッセージ・ソングを両立させてきたグレゴリーだが、本作では前述の〈Black Lives Matter〉の高まりを受けて、後者路線の曲がより前面に押し出されている。タイトル曲の“Take Me To The Alley”(直訳すると〈裏通りへ連れて行って〉)は、恵まれない人々に目を向けようと語りかける真摯なナンバーだ。こうした曲は、かつて70年代のマーヴィン・ゲイダニー・ハサウェイニュー・ソウルのアーティストが盛んに歌っていたものだが、ジャズ・ヴォーカリストと同じくらい彼らに影響されたことを公言しているグレゴリーの資質が、よりハッキリした形で現れたのが本作と言えるだろう。

それに伴い、ヒップホップの定番ネタであるエルトン・ジョン“Bennie And The Jets”のアレンジを引用した“In Fashion”や、フェラ・クティ的なアフロ・ファンク“French African Queen”など、音楽的なレンジも広がった。さらに日本盤ではボーナス・トラックに“Holding On”と“Insanity”のアーバン風味なリミックス・ヴァージョンが収録されている。それぞれケムレイラ・ハサウェイ(ダニーの娘)をフィーチャーしたこれらのナンバーは、グレゴリーの支持をさらに外へと広げていくことだろう。

しかしこうした試みも、グレゴリーがリスナーを〈裏通りに連れて行きたい〉からこそ。そしてその試みは見事に成功している。ふと気がつけば、僕らは黒く芳醇な音世界に浸っているはずだから。

 

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