作曲家として独自の地位を確立したフィリップ・グラスによる回想録

 フィリップ・グラスは、ラ・モンテ・ヤングテリー・ライリースティーヴ・ライヒと共に「アメリカン・ミニマリズム四天王」の一人として知られるが、中でもグラスは、デイヴィッド・ボウイ他ロック系音楽家たちとも深い関わりを持つなど、実験音楽/現代音楽の枠を超えて幅広いリスナーを抱えてきた。そんな、現代音楽とポップ・ミュージックの架け橋の如き作曲家の自伝である。原書は昨年米国で出たばかりだが、いち早く邦訳されたのも彼の人気の証か。

PHILIP GLASS フィリップ・グラス自伝 ~音楽のない言葉~ ヤマハミュージックメディア(2016)

 グラスの自伝としては、87年に出た『Music by Philip Glass』(未邦訳)に次ぐ2作目だが、前者が「浜辺のアインシュタイン」など代表曲の解説が中心だったのに対し、本書は、人間グラスの人生(1937年~)の軌跡――特に「浜辺…」の成功をきっかけに音楽だけで食えるようになる70年代後半あたりまで――の述懐にウェイトが置かれた、まさにザ・伝記だ。名を成すまでの約40年間にどういう人々と出会い、どんな経験を重ね、音楽家として何を学び蓄積していったのか……つまりフィリップ・グラスという音楽家の表現世界がいかに形成されていったのかについて、グラスはとてもフランクかつ誠実な口調で詳らかにしてゆく。

 ボルティモアのユダヤ人家庭に生まれ、父の経営するレコード店で現代音楽からロックンロールまでありとあらゆる音楽を貪り聴きながら育ったグラスは、19歳でシカゴ大学を卒業した後、ジュリアード音楽院で作曲を専攻。更にパリに留学し、インドまで陸路で旅し、帰国後はタクシー運転手などをしながら作曲家としての道を突き進んでゆく。50年代NYでのフルクサス系芸術家たちとの交友、ビートニク作家やベケットジュネなど前衛文学作品への傾倒、演劇への積極的関わり、名伯楽ナディア・ブーランジェ女史やラヴィ・シャンカールなどパリでの貴重な出会い等々、彼の音楽の血肉になってきたものが理路整然と述懐されてゆき、やがて我々の頭の中には一つの有機的構造物が立ち現れてくる。若き日にビバップ・ジャズから感受した「押しとどめることのできないエネルギーの流れ」とは、本書でのグラスのよどみない語り口のことでもあり、また、彼の音楽の本質そのものでもあると思う。