COLUMN

フェイス・エヴァンス、ノトーリアスBIG『The King & I』 私にしか綴れない王の姿―悲劇から20年を経て誕生したデュエット作

ERIC JOHNSON

私にしか綴れない王様の姿――パーソナルな思い出と大いなるレガシーの間に浮かんだ唯一無二のデュエット作品『The King & I』についてフェイス・エヴァンスが語った

 

悲報から20年

 「このプロジェクトをやろうと思ったのは、ナタリー・コールとナット・キング・コールの『Unforgettable... With Love』からインスピレーションを受けたことがきっかけよ。でもビギーが他界して20年を過ぎた年にこのアルバムがリリースされるのは単なる偶然なの。だって私は〈2015年後半か2016年にはリリースする〉と発言してきたし。ツアーに出たりいろいろ忙しかったこともあって、相応しいと思えるストーリーやゲストを揃えているうちに、アルバム完成までに思ったより時間がかかってしまったのよ。だから、ビギーに関して節目となるこの年にリリースしようと計画していたわけじゃないの。これが年内で唯一の節目になればいいとは思っていたけどね(笑)」(フェイス・エヴァンス:以下同。発言はオフィシャル・インタヴューより)。

FAITH EVANS,THE NOTORIOUS B.I.G. The King & I Rhino/ワーナー(2017)

 〈王様と私〉という表題の作品が別のキングからインスパイアされていたというのも興味深いが、それはともかく、数年前から制作スタートを報告されていたフェイス・エヴァンスと故ノトーリアスBIG(以下ビギー)のヴァーチャル・デュエット作品『The King & I』がようやく完成を見た。結果的にはビギーが凶弾に倒れてちょうど20年経った今年のリリースとなったのは節目としては良かったと言えるし、逆にいつ世に出ても良かったものとも言える。なぜなら楽曲のサンプリングや引用はもちろん、ビギーの発したヴァースやパンチラインは、ほとんど諺や慣用句のようなレヴェルでスタンダードな表現となっているからだ。そうした状況は20年経っても変わっていない。

 仲間内の符牒として機能するような、ちょっとした言い回しの引用などは数知れず、ドレイクもケンドリック・ラマーもジョーイ・バッドアスもJ・コールもリック・ロスも誰も彼も……というほどのもの。昨年リル・ヨッティが〈(2パックと)ビギーなんて5曲も知らない〉と発言して炎上したのは、単なる〈先人へのリスペクト〉云々ではなく、それをある種の一般常識だと捉える認識が多くの人の間で共有されているからだろう(もちろん、ヨッティが知らないのは問題ないと思うが)。例えばホールジーが“New Americana”(2015年)でビギーとニルヴァーナを並べてみせたように、普通にポップスとして天下を獲ったビギーの楽曲に触れた世代はアーバン方面に止まるものではない。そんな栄光が、ビギーの存在をいまなおクロスオーヴァーさせているのだ。

 「このアルバムのレコーディングを始めた時に、確かにこのプロジェクトは私にとって大きな関心事ではあったんだけど、母親であること、家庭の主であること、ショウで歌うことは止められないの、生活をしていくためにね。私の人生のその部分だって維持していかなくちゃならないし。週末にショウをやったり、バッド・ボーイのツアーで2か月ほど出かけたり、そのリハーサルも必要だし……っていう時間的要素やいろんな理由から、たまたまリリースが延期されたのよ。私には子どももいるし、家の水道管が破裂しちゃったから修理しなくちゃ、とかね(笑)」。

 

LAMONT 'MONEY L' MOSLEY

クリエイティヴな気分だった

 説明的なことを一応書いておくと……フェイスとビギーが結婚したのは、ビギーが初作『Ready To Die』を発表していきなりシーンの頂上に立った94年のこと。翌年にはフェイスもデビュー作『Faith』を発表し、日の出の勢いだったバッド・ボーイの看板アクトとして、夫婦揃って世界的なブレイクを果たすことになる。96年10月には愛息も誕生するものの、急激な環境の変化や奔放な女性関係もあって、97年初頭には離別。ビギーがこの世を去ったのはその年の3月のことだった。

 とはいえ、フェイスが故人への思いにしがみつく人じゃなかったのは、以降のキャリアが示す通り。そもそも彼女は、ビギーと出会う前から愛娘を育てながら音楽業界での成功を志してきたインディペンデント・ウーマンである。コンスタントにヒット作品をリリースしながらプライヴェートでは98年に再婚(2011年に離婚)し、バッド・ボーイを去ってからもリアリティーTVなどに活動の幅を広げながら、いまなおシーンにAクラスの存在感を発揮し続けているのだ。そんな彼女だからして、亡き夫とのデュエットという思い入れに引きずられそうな難題にも、クリエイティヴの〈プロフェッショナル〉として臨んだのは明らかだろう。

 「サラーム・レミがヴァースを持っていて、ジャスト・ブレイズもいくつか持っていて、DJプレミアは“NYC”のヴァースを持っていて……っていうのはあったけど、それ以外は、アトランティック/ワーナー/ライノが所有していたマスターを聴くことから始めたの。それ以外にビギーのヴォーカルを持っている人は限られていた。実際はその前に、YouTubeにあるビギーのアカペラを探して聴いていたの。このプロジェクトにワクワクしていたし、クリエイティヴな気分だったから。毎日マスターを聴きながら、どの曲を作るか、彼のヴォーカルをどう使うか、今日の完成作品になるアレンジをしたり、ゲストを決めてどこに入るか指示したり……私、優秀なアレンジャーなのよ(笑)。このアルバムではリリックをたくさん書いたけど、書いてない曲であっても、私がみんなのアイデアをまとめて、〈これはここに入れて、あれはここに入れて〉って指示できるの。とてもまとまりのあるサウンドに出来上がったと思うわ。私にはそういう才覚があるのよ。いろんな人たちと仕事するのが得意なの。そうすることでいろんなアイデアがより短時間で浮かんでくるからね」。

 

JONATHAN MANNION

意義のあるコラボレーション

 果たして出来上がった『The King & I』は、素材を熟知する〈優秀なアレンジャー〉の吟味によって、故人の魅力を新たに伝えながら楽曲としての完成度も冷静に追求された楽曲が並ぶ。フェイスの片腕となった曲ごとの共同プロデューサーは、先の発言に名が挙がった他にもバトルキャットやジェイムズ・ポイザーなど多彩。かつてバッド・ボーイの黄金時代に寄与したヒットメンのスティーヴィーJやチャッキー・トンプソン、Jダブの名前もあるし、それこそバッド・ボーイ総帥のショーン“パフ・ダディ”コムズがアイデアを持ち込んだものもある。客演では、インタールード的に登場するビギーのご母堂たるミズ・ウォレスのほか、“NYC”に参加したジェイダキスらロックスの面々、往時は東西対立の構図に当てはめられていたものの親交が深かったというスヌープ・ドッグ、ビギーの舎弟グループだったジュニア・マフィアのリル・シーズ、さらに、同グループのメンバーにして夫婦の不仲の一因になったとされるリル・キムもフィーチャー。「ついに実現できて嬉しいわ」というキムとの共演は、往年の様子を知る人には感慨深いトピックとなるだろう。

 こうして、フェイスがクリエイションを楽しみながら仕上げた『The King & I』は、大仰な悲劇性に囚われることなく、故人の良かった部分やユーモラスで微笑ましい側面をも強調するような作品になっている。もちろん、ビギーへの想いを問う質問に対する彼女の答えはこうだ。

 「彼がいなくて寂しいわ。それが一番シンプルな気持ちよ。彼のすべてが恋しい。ひとつだけ挙げることはできない。彼に会えなくて寂しいという想いよ」。

 

ノトーリアスBIGの作品。

 

『The King & I』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

 

フェイス・エヴァンスのオリジナル・アルバムを紹介。

 

ノトーリアスBIGの印象的な引用やサンプリングが聴ける作品のごくごくごくごくごく一部を紹介。

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