COLUMN

ジュリアン・ベイカーが向き合い続けた痛みや孤独、悪魔との共存…気鋭SSWの新境地を「サバービアの憂鬱」大場正明が考察

ジュリアン・ベイカー『Turn Out The Lights』

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  • 2017.11.07
Photo by Nolan Knight
 

2015年発表の初作『Sprained Ankle』が高く評価されたシンガー・ソングライター、ジュリアン・ベイカーがセカンド・アルバム『Turn Out The Lights』をリリースした。簡素なギターやピアノの弾き語りに魂の深淵から発せられたような歌声を重ね、聴き手に厳かな安らぎをもたらす音楽性はさらに深みを増し、敬虔なクリスチャンでありながら同性愛者であるという自身の複雑なアイデンティティーと、薬物依存や事故での瀕死体験を含む壮絶な半生を見つめる歌詞もまた、誠実さはそのままに多義的な視点を獲得している。今回は、映画や小説を題材にアメリカ文化と郊外化の関係を紐解いた名著「サバービアの憂鬱―アメリカン・ファミリーの光と影」で知られる映画評論家であり、同国のポップ音楽への造詣も深い大場正明が『Turn Out The Lights』を考察。ジュリアン・ベイカーについても初作時に論評していた大場が、作詞に関する視点の変化から、彼女の成長を浮き彫りにした。*Mikiki編集部

JULIEN BAKER Turn Out The Lights Matador/BEAT(2017)

 

厳格なキリスト教コミュニティーで抑圧された体験を映した
内なる痛みをさらけ出すための音楽

95年生まれのシンガー・ソングライター、ジュリアン・ベイカーの音楽は、彼女の生い立ちと深く結びついている。彼女が生まれ育ったテネシー州メンフィスは、住民が熱心にキリスト教を信仰し、家族がそろって教会に通うような非常に保守的な地域だった。彼女の友人の何人かは、厳格なしきたりを守らなかったためにコミュニティーを追われ、友人のひとりは聖書を学ぶことで同性愛を矯正する施設に入れられたという。ベイカーは同性愛者であり、彼女がコミュニティーのなかで抑圧され、孤立していたことは容易に察することができる。

そんな彼女の支えになっていたのが音楽だ。もともとピアノとギターを習い、教会のバンドで活動していた彼女は、パンクやハードコアに惹かれ、ハイスクール時代に出会ったマシュー・ギリアムとフォリスター(Forrister)というバンドを結成し、活動するようになる。そして、彼女がミドル・テネシー州立大学に入学したことが大きな転機となる。バンドのメンバーや友人と離れ、学生寮に暮らす彼女は、孤独に苛まれながら過去や内面を見つめ直し、ピアノとギターで曲を書きつづけた。その結果誕生したファースト・アルバム『Sprained Ankle』(2015年)は、多くの人々の共感を呼び、注目を集めることになった。

『Sprained Ankle』収録曲“Something”のパフォーマンス映像
 

この度リリースされた『Turn Out The Lights』は、そんなベイカーの待望のセカンド・アルバムであり、そこには新たな境地といえるものが切り拓かれ、深みを増した世界が浮かび上がっているが、それを明確にするためには前作を振り返っておくべきだろう。『Sprained Ankle』には、耐えがたい孤独や薬物乱用、自己破壊的な衝動、信仰の喪失など、ベイカーの個人的な体験が反映されているが、彼女は必ずしもそれを具体的に描いていたわけではない。各曲には、主人公が車を運転していて事故を起こし、救急車で搬送される(“Blacktop”)とか、薄暗い病院の一室で、看護師から安心させるような言葉をかけられながら検査や治療を受ける(“Brittle Boned”)とか、泥酔して道路の側溝で身動きがとれなくなる(“Go Home”)というような場面が盛り込まれていた。だが、いずれの場面もその前後関係は省略されている。

ベイカーは、個人的な体験に基づく〈ストーリー〉を語ろうとしているわけではない。これらの場面には、主人公が自分ではなにもコントロールできない状況という共通点があり、ベイカーは、そんな状況に陥った人物が、なにを感じ、なにを求めようとするのかを掘り下げていた。さらに、タイトル曲“Sprained Ankle”に盛り込まれた膝を捻挫したマラソンランナーという象徴的なイメージも、そんな彼女の視点を理解するヒントになる。ランナーが前進するためには痛みと向き合うしかないからだ。内なる痛みをさらけ出す彼女のこのような表現は、誰もが自分の体験に置き換えることができる。だから、多くの人々の共感を呼んだのだ。

 

立ち直るために努力する主人公と助けようとする者たち
反語的な表現で浮き彫りにした、他者との関係をめぐる不条理

では、『Turn Out The Lights』では、なにがどう変化しているのか。サウンド面では、ベイカーのギターやピアノの弾き語りに、カミール・フォークナーのヴァイオリンが加わったことで、表情が豊かになっていることは間違いないが、最小限の編成で自分を表現しようとする姿勢はそれほど変わっていない。このアルバムでまず注目したいのは、サウンドと歌詞の関係だ。サウンドに限っていえば、前作に較べて、ベイカーのヴォーカルが終盤に向かって力強くなり、盛り上がりを見せる曲が目立っている。ところが、彼女が紡ぎ出す歌詞は、そんな曲の展開に反しているように感じられる。主人公たちは、立ち直ろうといくら努力しても思い通りにならない現実に打ちのめされ、自分の欠陥をあげつらい、自分を責めているからだ。

たとえば、5曲目の“Sour Breath”の終盤では、〈一生懸命泳ぐほど/速く沈む(The harder I swim, the faster I sink)〉という歌詞が繰り返される。これは、努力するほど自分がダメになっていくといっているようなものだ。しかし、このアルバムでは、ベイカーの歌詞を字義通りに受け取るべきではない。なぜなら彼女は、反語的な表現をちりばめているからだ。4曲目の“Shadowboxing”では、主人公が自分を助けようとする他者に、〈装填されていないショットガンのように/(わたしを)分解して無害にして(Like an unloaded shotgun, dismantled and harmless)〉と頼むが、もちろん主人公は機械ではないし、無害になればそれでいいというものでもない。さらに8曲目の“Happy To Be Here”では、主人公が自分は〈欠陥だらけの回路図(A diagram of faulty circuitry)〉から作られているので、電気技師になれば、脳の配線を組み替えて生まれ変われると考えている。この表現にも同様のことがいえる。

ベイカーはなぜこのような反語的な表現を多用しているのか。それは、彼女の視点が前作とは変化しているからだ。前作の彼女は、自身の内面を見つめ、痛みと向き合っていた。それは自分が立ち直るためであり、彼女が描く主人公たちは救いを求めていた。新作では、そんな状況から一歩踏み出し、立ち直るために努力する主人公と、そんな主人公を助けようとする者たちの関係が掘り下げられている。主人公に救いの手を差しのべるのは、友人や恋人、断酒会などのカウンセラー、ケーブルテレビを駆使して伝道を行い、寄付を募るテレビ伝道師などである。主人公にとって彼らは、善悪や正常と異常の境界を見極められる人々であり、主人公は彼らが望む人間になろうと努力する。だが、先述したように〈一生懸命泳ぐほど/速く沈む〉ことになる。

『Turn Out The Lights』収録曲“Turn Out The Lights”
 

つまり、主人公は自分を助けようとする者たちの視点に立って自分を判定し、自分を責めている。だが、本当に彼らが正しいとは限らない。彼らは救いを求める人間を、一律に善や正常という型にはめ込んでいるだけなのかもしれない。ベイカーは、そんな他者との関係をめぐる不条理を、反語的な表現を駆使して浮き彫りにしている。

 

欠陥を自分の一部として受けいれ、内なる悪魔と共存すること
ジュリアン・ベイカーの新たな境地

このアルバムはOverture(序曲)を意識した“Over”というインストゥルメンタルの曲で始まり、そのまま2曲目の“Appointments”に繋がっていく。そんな仕掛けは、アルバム全体に流れがあることを想像させるが、実際に反語的な表現の積み重ねが、最後の曲“Claws In Your Back”に集約されていく構成になっている。

この最後の曲では、明らかに主人公の姿勢が変化している。以下のような歌詞にそれがよく表れている。〈聖人によく似た悪魔と共存する方法を/学んだほうがいいみたい/2人の間だけだったら/どちらも同じだと思う(I’m better off learning how to be living with demons mistaken for saints/If you keep it between us I think they’re the same)〉。それまでの主人公は、他者の視点に立って自分を責めていたが、この曲の主人公は自分の言葉で語っている。先述した“Shadowboxing”の主人公にとって、自分だけにしか見えない悪魔は戦いつづけなければならない敵であり、主人公は消耗していくしかなかった。しかし、この曲の主人公は、悪魔と共存する方法を学ぼうとする。

つまり、孤独や抑圧、心の病などが原因でとってしまう行動をすべて悪とみなすことをやめる。欠陥もまた自分の一部として受け入れようとする。そこに、痛みと向き合ってきたベイカーの新たな境地を見ることができるのだ。

 


Live Information
〈JULIEN BAKER 初来日公演〉

2018年1月26日(金)東京・渋谷WWW
開場/開演 19:00/20:00
前売り¥5,940(ドリンク代別)※未就学児童入場不可
INFO: BEATINK 03-5768-1277 [www.beatink.com]

2018年1月28日(日)大阪・心斎橋CONPASS
開場/開演 18:00/19:00
前売り¥5,940(ドリンク代別)※未就学児童入場不可
INFO: CONPASS 06-6243-1666 [www.conpass.jp]

チケット詳細:
[先行販売]
11/1(水)正午12:00〜 主催者先行:BEATKART先行[shop.beatink.com]にて
11/3(金)正午12:00〜11/9(木)18:00 イープラスプレイガイド独占先着先行受付[http://eplus.jp/julienbaker/]にて
[一般発売] 11/11(土)から
東京公演 BEATINK [shop.beatink.com]、e+ [http://eplus.jp/julienbaker/]、LAWSON (L:73811)
大阪公演 BEATINK [shop.beatink.com]、e+ [http://eplus.jp/julienbaker/]、チケットぴあ (P:349-773)、ローソン (L:55543)、FLAKE RECORDS店頭

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