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人間は境界線を作るのが好きなようだが、私は大嫌いだ

――本作ではコーラスを大々的に導入していますよね。その使い方は多様で、どれもが素晴らしい効果を上げていると思います。コーラスの導入については以前から考えていたのでしょうか?

「そうだね。以前からアンサンブルとの共演の可能性について考えていた。でも絃楽四重奏を使うつもりはなかった。コーラスだけで構築していくことに興味があった。2015年にはライヴでヴォーカル・サウンドを実験的に取り入れたことがあった。ヴォーカルのサンプリングをメロトロン・キーボードに取り入れて使ったんだ。でも、今回のいちばんのインスピレーションはアルゼンチンのクリスマスの賛美歌のアルバムだ。アルゼンチンの人々がクリスマスに聴く音楽なんだが、ヨーロッパの伝統的な聖歌隊コーラスと、現地の打楽器が組み合わさっている。民族音楽っぽいリズムと洗練されたヨーロッパのコーラスが重なり、歌詞はすべてスペイン語だ。素晴らしい作品でね。何度も聴いたよ。パーカッションとコーラスを組み合わせるというところに魅力を感じて、今回の作品のアイディアに繋がった」

――今回コーラスを担当しているのはシャーズ(Shards)ですね。彼らのことを知らない人も多いと思うので、ニルスさんとの関係について教えて下さい。

「そもそも彼らが結成した経緯は私に関係している。2016年にロンドンの文化施設、バービカンでのフェス〈Barbican Marathon Weekend〉のキュレーターを務めた際に、バービカン側から〈もし良かったらコーラスを呼んだらどうか〉と言われた。〈そのフェス用にコーラス・グループを用意します〉とね。バービカンはクラシック音楽の世界に精通しているから、彼らを通してキエラン・ブラント(Kieran Brunt)というコーラス指揮者を紹介してもらった。彼はまだ23歳くらいで、すごく若いんだが、そのフェスのために12人のグループを結成してくれた。そのフェスでは私も演奏し、2曲で共演して、すごく楽しかった。彼らは歌も人柄も素晴らしかった。だから、〈次の作品でぜひ何か一緒にやりたい〉と言って、今回彼らを迎えたんだ。彼らにとっても、これがフェス以降初めて携わったプロジェクトだった。まだ駆け出しではあるけど、これをきっかけに今後の彼らの活躍が楽しみだ」

――ケニアや沖縄の音楽家たちとコラボレーションを展開してきたマルチ・インストゥルメンタリスト、スヴェン・カシレック(Sven Kacirek)のベース・マリンバが本作で重要な役割を果たしていますよね。彼がアルバムに参加することになった経緯を教えて下さい。

「彼にはベース音を弾いてもらったわけだけど、私一人でもシンセや他の楽器でベース音は容易に出せる。ただ、これまでずっとベース音をシンセで作ってきたわけで、そこには必ず分析的な過程がついて回る。例えば、〈低音が欲しいな〉と思ったら、その位置を見つけて、そこに音をはめてMIDIベースを使うという、まあ、退屈な作業だ。なので今回はベース音をプログラミングする前に、そのパートを低音楽器で演奏しようと考えた。そこで自分が知っている低音楽器を考えたとき、ベース・マリンバがいちばんおもしろい気がしたんだ。スヴェンがベース・マリンバを持っていることを知っていたから彼に弾いてもらい、実際に彼は素晴らしい演奏をしてくれた。彼の感性が光る演奏だ。彼に弾いてもらって良かったと思ったし、またベース・マリンバとピアノの組み合わせが、これまで聴いたことのないおもしろい音になったと思う」

スヴェン・カシレックの2011年作『The Kenya Sessions』収録曲“Paperflowers”
 

――チェロのアン・ミュラー(Anne Müller)は過去にニルス・フラーム&アン・ミュラーとしてリリースした『7fingers』(2009年)でコラボレーションしてますよね。彼女はチェリストとしてどういった部分が優れていて、本作にどのように貢献していると感じますか?

「今回の弦楽パートは彼女とメロトロンを使っている。弦楽パートのなかにはメロトロンだけを使っているものもあるが、メロトロンの音が彼女の音とほぼ変わらないのは、彼女がメロトロンのサンプルを弾いているからだ。だから、ツアーでもアンが同行する代わりに彼女の音のサンプルを使うことができる。それに加えて、彼女に実際弾いてもらっているパートもアルバムにはある。サンプルではどうしても再現できないものをね。彼女は僕がいちばん好きなチェロの音を出してくれる。彼女の音色と演奏には人間っぽさがあって、それこそまさに僕が常に音楽に求めるものだ。心を打つ、感情に訴える音だけど、甘すぎない。その絶妙なバランスがいい。

彼女以外にもヴィクトル・オリ・アルナソン(Viktor Orri Árnason)がヴィオラで少し参加してくれている。管楽器ではトランペットが1人と、2人の弦楽器と打楽器がいて、私なりの最小限のオーケストラ編成だ。ゲスト・ミュージシャンが弾いていない部分はすべて私が演奏している。ちょっとしたアンサンブルではあるけど、壮大になりすぎないものにしたかった。楽器一つ一つの音がきちんと聴こえて、それを弾いている演者が見えるもの。また、演奏しているのがジャズ演奏家かクラシック演奏家かを曖昧にしたかった。そんなことはさして重要ではないという作品にね。ある作曲家が作った音楽を、雇われた演奏家たちが3時間のセッションの最中、早く終わって家に帰ることばかり考えながら、ただ演奏しているという作品にはしたくなかったし、自分たちの個性や人間臭さを演奏に出せる演奏家を使いたかった。音楽に魂を込められる人たちだ。

そして、私にとってはジャズこそが音楽を演奏する時のいちばん理想的な向き合い方だ。何を演奏するかを演奏家自身が決めるという自由さが魅力なんだ。その一方で、私は作曲家でもあり、演者は何を演奏するのか知る必要がある。だから、今作の取り組み方としては、ジャズのいい部分とクラシックのいい部分のちょうど間をめざしたと言えるだろう。それに加えて、テクノ作品のようなサウンド・プロダクションの側面もある。そういうさまざまな音楽のジャンルにおけるプロダクションや制作方法のいい部分を取り入れようと思った」

――ニルスさんは今回、数多くの楽器や機材を用いて演奏していますよね。本作はこれまでのニルスさんの作品の中で、もっとも多様な音色が混在しているものですが、それをまとめあげる際に特に苦労したのはどういったところでしょう?

「君の言うように、本当に多彩な楽曲群をどう一つの作品としてまとめるか、というのがいちばんの課題だった。聴いていて苛つかない曲順を見つけるのがね。だから、予定していた楽曲のなかには、隣り合わせにしてしっくりくる曲が見つからなくてアルバムに入れるのをやめてしまった曲もたくさんある。曲順を決めるのは難しい作業だけど、楽しい作業でもある。多種多様なものが同じ現実に存在し、相容れないようで実は共存しているという、私たちが生きているこの世界のような作品をめざした。私は『All Melody』で、表現における自由を強く主張したかったんだ。

というのも、私たちは文化的住み分けに関して独断的になってしまったと感じているからなんだ。派閥があったり、異文化の融合をよしとしない傾向がある。国境を作り、〈ここから先はオランダ人、こっちはデンマーク人、こっちはドイツ人、あっちは日本人〉という具合だ。音楽でも〈これはクラシック、これはジャズ〉と決めつける。人間は境界線を作るのが好きなようだ。私は大嫌いだ。だから人間が作ったジャンルの壁を壊していきたいと思っている。壁は存在すべきではないと思っているから。〈これはジャズ。これはテクノ。これはクラシック。これはロック。これはパンク。一緒にしたらダメだ〉と言われるのはおかしい。そういう縛りから自分を解放し、うまくいくかどうかやってみることこそが楽しいのだ」

2013年『Spaces』収録曲“Says”を演奏するライヴ映像