
音楽ライターの八木皓平が監修を務め、〈ポスト・クラシカル〉と〈インディー・クラシック〉 という2つのムーヴメントを柱に、21世紀以降のクラシック音楽をフィーチャーする連載〈Next For Classic〉。久しぶりの更新となる第6回では、新作『All Melody』をリリースしたばかりのニルス・フラームを取り上げる。クラシックと電子音楽を自由に往来しながら独自の表現を探究するピアニストであり、〈現代最高峰の音楽家〉とまで称される鬼才にロング・インタヴューで迫った。 * Mikiki編集部

ポスト・クラシカルというジャンルの可能性に思いを馳せたとき、真っ先に思い浮かぶのがニルス・フラームだ。彼の指先がピアノやエレクトロニクスに触れたときに産まれる、クラシック~現代音楽とエレクトロニック・ミュージックの狭間で移ろうような音楽は、〈ポスト・クラシカル〉という枠を常に更新し続けている。DJシャドウが自身のアルバム『The Mountain Will Fall』(2016年)に彼を招いたり、フレンドリー・ファイヤーズやジョン・ホプキンスがコンピレーション『Late Night Tales』(2012年、2015年)に彼の曲をセレクトするなど、ニルス・フラームの音楽の先進性は、今やジャンルを越えて認知されている。さらに最近では、新プロジェクト、ノンキーンの活動で世間を驚かせたかと思えば、ベルリン映画祭で銀熊賞を受賞した映画「Victoria」(2015年)のサウンドトラックを手掛けることで映画音楽家としても才能を発揮している。
そんな彼の約4年ぶりの新作が『All Melody』だ。ベルリンの名門スタジオ、ファンクハウス(Funkhaus)内に自身のスタジオを作るところからはじめたという本作は、複数の外部ミュージシャンの起用や、コーラスの大々的な活用など、これまでの彼のディスコグラフィーでは見られなかった新しいチャレンジがいくつも存在し、そのどれもがじつに素晴らしい成果を上げている傑作だ。この画期的な音楽がいかにして作られていったかを、アルバムの制作過程や参加ミュージシャン、彼の音楽哲学について訊くことで紐解いていった。
新しい音楽を作るためには、他の音楽を聴かないことも必要
――本作は主にベルリンのスタジオ、ファンクハウスでレコーディングされたとのことですが、このスタジオを使用することになった経緯を教えてください。
「ベルリンのみならず世界でもっとも優れたスタジオの一つだという理由からこの場所を選んだ。ハイファイが目覚ましい発展を遂げた50年代に、最高の音が出せるスタジオ空間をめざしたエンジニアたちによって設計された場所だ。身を置くことで受ける刺激は多く、レコード音楽の先人たちから学べるものも多いし、また放送技術の発展の痕跡や証拠が今でも体験できる」
――ファンクハウス内に、ご自身のスタジオを配線やコンソールといったかなり基本的な部分から作り上げていったとのことですが、スタジオ作りの際にめざした音響の方向性はあったのでしょうか?
「もっと若くてレコーディングを始めたばかりの頃は、特定の音をめざしたこともあった。レコーディングは自分がめざした音響を作り上げることだと思って、マイクの特性にこだわったり、素晴らしいサウンドを生み出してくれる魔法のツールを探し求めたりもした。でも、そんなものは存在しないのだということをすぐに学んだよ(笑)。魔法なんて存在しないと。質のいいマイクもあれば、そうでないマイクもある。それだけのことだってね。だから今回も特定の音響を求めたわけではなかった。むしろ機能性を重視した。実務的にはそっちの方が余程重要だ。音の細かいこだわりよりもね。
今回念頭にあったのは、自分が作業しやすい空間を作ることで、例えばコントロール・ルームとレコーディング・ルームをどう分けるか、といったことのほうが実際の作業に影響が出るわけだ。音響に関して言えば、どんな音でも録れるスタジオだと思う。どんなアーティストのレコーディングにも使える。もちろん自分の作品、自分が携わる作品を制作するためのスタジオではあるけど、他のアーティストも使えるようなものにしたかったんだ」



――スタジオ作りの際にキーとなった機材、設備などはありますか?
「スタジオそのものがいちばん重要な機材ではあるが、その他だと、チームと一緒に作ったミキシング・コンソールだね。ファンクハウスの部屋に合わせてわざわざ作ったもので、このコンソールを作るのだけで丸2年かかった。このスタジオに欠かせない機材だ。重量が800kgもあるから、動かしようがない(笑)。もうファンクハウスの一部となっている。すべての神経、信号がここに集められ、私のスタジオの中枢的役割を果たしている。スタジオの心臓部分とも言っていい。

他にも、素晴らしい設備はたくさんあって、そのなかでもリヴァーブ・チェンバー(反響室)についても触れておきたい。これも非常に重要な設備だ。今ではリヴァーブ専用の反響室のあるスタジオは珍しい。その場で臨機応変に対応してリヴァーブ効果を出すことも確かにできる。トイレや階段を使ったりしてね。でも、音響的に隔離された反響室の音は貴重だ。このスタジオならではの設備の一つだと思っている」
――リヴァーブのお話が出ましたが、あなたの音楽のなかでも特に重要なのはリヴァーブですよね。本作でもそこにはかなり気を使っています。スペインのマヨルカ島にある井戸に音源を流し込んでリヴァーブを録ったりもしたようですが、その話を聞かせてください。
「マヨルカ島は多くのドイツ人やイギリス人が日光や暖かい気候を求めて休暇で行く場所で、そこに友人のトビアスを訪ねて行ったんだ。彼が島に家を持っていたので、妻と一緒にそこに泊めてもらった。17世紀頃に建てられた素晴らしい家だったんだ。あるとき、周りが静まり返ったときに、どこからか水滴が落ちる音がして、その音の後に素晴らしいリヴァーブが聴こえたんで、私は〈今のはなんだ?〉と思った。この水が落ちる音に人工的とも思えるリヴァーブがかかっていたんだ。
その音がどこから聴こえてくるのかわからないまま、だんだん落ち着かなくなってきたところに、また聴こえたんだ。で、部屋の中を歩き回ってみたところ、部屋の隅に木製のトイレの便器のようなものを見つけた。蓋を開けて見ると、そのリヴィング・ルームの真下が大きな井戸になっていて、その部屋と繋がっていることがわかった。井戸は空だったのだけれど、リヴァーブが素晴らしかった。だから友人の提案でそこに機材を持ち込んで、リヴァーブを録れるようにしたんだ。シンセの音に使ったり、他の音源にも使えるようにね。トビアスもこのアイデアを気に入ってくれて、それ以降も、そこはリヴァーブを録る場所として使わせてもらっている。
いいリヴァーブを見つけるのは大事だけど、どういうリヴァーブが理想かというのはわからない。他にはない独特なリヴァーブがいちばんおもしろいと思うこともある。と言うのも、ほとんどのリヴァーブは同じに聴こえる。使う機材が決まっていたり、大きいスタジオでは指定のリヴァーブがあったりするから、どれも同じに聴こえてしまうんだ。特にプラグインだとどれも全く同じに聴こえる。だから他にはない独特の雰囲気を醸し出すことにやり甲斐がある。普通のリヴァーブを使っても十分曲は生きるだろう。でも、自分にしか出せないリヴァーブを使うのはまた特別な意味がある」
――ちなみに、制作中のあなたに刺激を与えた作品などはありますか?
「そうだなぁ……フォー・テットの新作『New Energy』は素晴らしかったと思う。2017年いちばん気に入ったリリースだ。でも正直、昨年はあまり新しい音楽を聴いていない。自分の作品に取り組んでいるときは、他の人の音楽をあまり聴かないようにしているんだ。自分の作品に集中するためにも、何も聴かない静かな時間が必要なんだ。ファスティング(断食)に近い。音楽を心から作りたいと思うためにお腹を空かせないといけない。他の音楽を聴いてお腹を満たしてしまったら自分の音楽を作ろうと思わなくなってしまう」
――本作には多くのミュージシャンが参加されているので、それについて訊きたいと思います。これまでニルスさんはソロ作品に外部ミュージシャンをあまり起用してこなかったと思うのですが、変化が起きた理由は?
「今回ようやく大きなスタジオで録音を行うことができるようになったことで、生のドラム・セットやベース・マリンバといった大きな楽器を導入することができた。以前自宅で録音していた際は、呼べるミュージシャンもせいぜいヴァイオリンやチェロくらいに限られていた。単純に家にそれだけのスペースがないというのと、大きな楽器を鳴らす音響も整っていなかった。
楽器を録るときの音響は重要で、私がピアノを録るときのようにマイクを思い切り近づけるのであれば、どんな部屋で録っても変わりはないのだが、楽器をマイクから離して、自然な音で録ろうとすると、音響的に優れていない部屋の影響が出てしまう。今回はそういう意味でも仲間のミュージシャンたちを呼んで、いろいろなことを実験できる環境が整っていた。ライヴではすべて自分1人で演奏するわけだけど、レコーディングでは他の人に参加してもらうこともできるのだから、だったら、自分1人でシンセやピアノでいろんな音色を作るだけでなく、本物の楽器の生の音も取り入れることでサウンドに幅を持たせようと思った。でもライヴではゲスト・ミュージシャンは使わないので、自分ですべて再現することになる」

人間は境界線を作るのが好きなようだが、私は大嫌いだ
――本作ではコーラスを大々的に導入していますよね。その使い方は多様で、どれもが素晴らしい効果を上げていると思います。コーラスの導入については以前から考えていたのでしょうか?
「そうだね。以前からアンサンブルとの共演の可能性について考えていた。でも絃楽四重奏を使うつもりはなかった。コーラスだけで構築していくことに興味があった。2015年にはライヴでヴォーカル・サウンドを実験的に取り入れたことがあった。ヴォーカルのサンプリングをメロトロン・キーボードに取り入れて使ったんだ。でも、今回のいちばんのインスピレーションはアルゼンチンのクリスマスの賛美歌のアルバムだ。アルゼンチンの人々がクリスマスに聴く音楽なんだが、ヨーロッパの伝統的な聖歌隊コーラスと、現地の打楽器が組み合わさっている。民族音楽っぽいリズムと洗練されたヨーロッパのコーラスが重なり、歌詞はすべてスペイン語だ。素晴らしい作品でね。何度も聴いたよ。パーカッションとコーラスを組み合わせるというところに魅力を感じて、今回の作品のアイディアに繋がった」
――今回コーラスを担当しているのはシャーズ(Shards)ですね。彼らのことを知らない人も多いと思うので、ニルスさんとの関係について教えて下さい。
「そもそも彼らが結成した経緯は私に関係している。2016年にロンドンの文化施設、バービカンでのフェス〈Barbican Marathon Weekend〉のキュレーターを務めた際に、バービカン側から〈もし良かったらコーラスを呼んだらどうか〉と言われた。〈そのフェス用にコーラス・グループを用意します〉とね。バービカンはクラシック音楽の世界に精通しているから、彼らを通してキエラン・ブラント(Kieran Brunt)というコーラス指揮者を紹介してもらった。彼はまだ23歳くらいで、すごく若いんだが、そのフェスのために12人のグループを結成してくれた。そのフェスでは私も演奏し、2曲で共演して、すごく楽しかった。彼らは歌も人柄も素晴らしかった。だから、〈次の作品でぜひ何か一緒にやりたい〉と言って、今回彼らを迎えたんだ。彼らにとっても、これがフェス以降初めて携わったプロジェクトだった。まだ駆け出しではあるけど、これをきっかけに今後の彼らの活躍が楽しみだ」
――ケニアや沖縄の音楽家たちとコラボレーションを展開してきたマルチ・インストゥルメンタリスト、スヴェン・カシレック(Sven Kacirek)のベース・マリンバが本作で重要な役割を果たしていますよね。彼がアルバムに参加することになった経緯を教えて下さい。
「彼にはベース音を弾いてもらったわけだけど、私一人でもシンセや他の楽器でベース音は容易に出せる。ただ、これまでずっとベース音をシンセで作ってきたわけで、そこには必ず分析的な過程がついて回る。例えば、〈低音が欲しいな〉と思ったら、その位置を見つけて、そこに音をはめてMIDIベースを使うという、まあ、退屈な作業だ。なので今回はベース音をプログラミングする前に、そのパートを低音楽器で演奏しようと考えた。そこで自分が知っている低音楽器を考えたとき、ベース・マリンバがいちばんおもしろい気がしたんだ。スヴェンがベース・マリンバを持っていることを知っていたから彼に弾いてもらい、実際に彼は素晴らしい演奏をしてくれた。彼の感性が光る演奏だ。彼に弾いてもらって良かったと思ったし、またベース・マリンバとピアノの組み合わせが、これまで聴いたことのないおもしろい音になったと思う」
――チェロのアン・ミュラー(Anne Müller)は過去にニルス・フラーム&アン・ミュラーとしてリリースした『7fingers』(2009年)でコラボレーションしてますよね。彼女はチェリストとしてどういった部分が優れていて、本作にどのように貢献していると感じますか?
「今回の弦楽パートは彼女とメロトロンを使っている。弦楽パートのなかにはメロトロンだけを使っているものもあるが、メロトロンの音が彼女の音とほぼ変わらないのは、彼女がメロトロンのサンプルを弾いているからだ。だから、ツアーでもアンが同行する代わりに彼女の音のサンプルを使うことができる。それに加えて、彼女に実際弾いてもらっているパートもアルバムにはある。サンプルではどうしても再現できないものをね。彼女は僕がいちばん好きなチェロの音を出してくれる。彼女の音色と演奏には人間っぽさがあって、それこそまさに僕が常に音楽に求めるものだ。心を打つ、感情に訴える音だけど、甘すぎない。その絶妙なバランスがいい。
彼女以外にもヴィクトル・オリ・アルナソン(Viktor Orri Árnason)がヴィオラで少し参加してくれている。管楽器ではトランペットが1人と、2人の弦楽器と打楽器がいて、私なりの最小限のオーケストラ編成だ。ゲスト・ミュージシャンが弾いていない部分はすべて私が演奏している。ちょっとしたアンサンブルではあるけど、壮大になりすぎないものにしたかった。楽器一つ一つの音がきちんと聴こえて、それを弾いている演者が見えるもの。また、演奏しているのがジャズ演奏家かクラシック演奏家かを曖昧にしたかった。そんなことはさして重要ではないという作品にね。ある作曲家が作った音楽を、雇われた演奏家たちが3時間のセッションの最中、早く終わって家に帰ることばかり考えながら、ただ演奏しているという作品にはしたくなかったし、自分たちの個性や人間臭さを演奏に出せる演奏家を使いたかった。音楽に魂を込められる人たちだ。
そして、私にとってはジャズこそが音楽を演奏する時のいちばん理想的な向き合い方だ。何を演奏するかを演奏家自身が決めるという自由さが魅力なんだ。その一方で、私は作曲家でもあり、演者は何を演奏するのか知る必要がある。だから、今作の取り組み方としては、ジャズのいい部分とクラシックのいい部分のちょうど間をめざしたと言えるだろう。それに加えて、テクノ作品のようなサウンド・プロダクションの側面もある。そういうさまざまな音楽のジャンルにおけるプロダクションや制作方法のいい部分を取り入れようと思った」
――ニルスさんは今回、数多くの楽器や機材を用いて演奏していますよね。本作はこれまでのニルスさんの作品の中で、もっとも多様な音色が混在しているものですが、それをまとめあげる際に特に苦労したのはどういったところでしょう?
「君の言うように、本当に多彩な楽曲群をどう一つの作品としてまとめるか、というのがいちばんの課題だった。聴いていて苛つかない曲順を見つけるのがね。だから、予定していた楽曲のなかには、隣り合わせにしてしっくりくる曲が見つからなくてアルバムに入れるのをやめてしまった曲もたくさんある。曲順を決めるのは難しい作業だけど、楽しい作業でもある。多種多様なものが同じ現実に存在し、相容れないようで実は共存しているという、私たちが生きているこの世界のような作品をめざした。私は『All Melody』で、表現における自由を強く主張したかったんだ。
というのも、私たちは文化的住み分けに関して独断的になってしまったと感じているからなんだ。派閥があったり、異文化の融合をよしとしない傾向がある。国境を作り、〈ここから先はオランダ人、こっちはデンマーク人、こっちはドイツ人、あっちは日本人〉という具合だ。音楽でも〈これはクラシック、これはジャズ〉と決めつける。人間は境界線を作るのが好きなようだ。私は大嫌いだ。だから人間が作ったジャンルの壁を壊していきたいと思っている。壁は存在すべきではないと思っているから。〈これはジャズ。これはテクノ。これはクラシック。これはロック。これはパンク。一緒にしたらダメだ〉と言われるのはおかしい。そういう縛りから自分を解放し、うまくいくかどうかやってみることこそが楽しいのだ」

替えがきかない瞬間をレコードに収めたい
――本作で私がいちばん感動したのは、数多くの楽器の音色がシームレスに繋ぎ合わされているような印象を受けたところです。ある瞬間にオルガンやハーモニウムとシンセの音色が折り重なったり、気づいたらサウンドのレイヤーにコーラスが挿入されていたり、そういった工夫に驚かされました。そのような音響的な工夫は、ニルスさん自身が意識的に取り組んだものでしたか?
「むしろ無意識の連続なんじゃないかな。砂浜で貝殻を並べることに少し似ていると思う。思考よりも瞑想に近い感覚だ。〈ここにたくさんの貝殻があるから、合うものを選んで好きに並べたらいい〉と言われて、貝殻を拾って、選んで、並べていく。それと原理は同じだ。ある要素をそれに合うどこかにはめていく作業で、うまくハマらなかったら、別のもので試すという、その繰り返しだ。その大半は失敗の連続さ。あるサウンドを重ねるのに、20通り、30通りのパターンを試して、ようやく見つかるかもしれない。
ほとんどの場合、自分でも何をすればいいのかわからなくて、たまたまやったことが〈これはおもしろいサウンドの組み合わせ〉と思わせてくれるものだったりするんだ。そうなったときはすごく嬉しいし、それがアルバムに採用される確率も高い。でも、そういう瞬間が起きないものはお蔵入りとなる。だから、好機を逃したものや、試したけど上手くいかなかったものはアルバムには入らない。アルバムに向けて50曲から60曲ほど手掛ける。そのなかにはラフなアイデア段階のものもあれば、かなり取り組んだものもあって、ちょっとしたデモ段階のものもある。
大きなコンセプトがあるわけではない。〈嬉しい偶然だ〉と思える何かが起こればいいと思いながら、とりあえずスタジオに毎日行く。そうやって作品に取り組んでいる。だから時間を要するけど、機材や楽器を駆使して試行錯誤するなかから予想していない、おもしろいことが起きる。でも、自分でもどうしてそれができるのかはわからないんだ(笑)」
――ニルスさんは、例えばラスター・ノートンやミル・プラトーといったレーベルがリリースしたエレクトロニカも好んで聴かれていましたよね。ぼくは、あなたの音楽はクラシック音楽で訓練を積んだ人間がエレクトロニカ以降のエクスペリメンタル・ミュージックをやろうとしているように感じます。本作の“Kaleidoscope”なんかは特に、サウンドの構造はエレクトロニカのようですが、それとはまったく違うものになっていておもしろいです。自分のそういった部分についてはどう考えていますか?
「私のテクノやエレクトロニック・トラックが他のエレクトロニック・ミュージックと違う点は、ピアノを弾くのと同じ感覚でそれらの楽曲を演奏するからだ。プログラミングに頼ることなく、スタジオで生演奏をするんだ。フィルターやボタンをリアルタイムで操作する。楽器も一斉に音を鳴らす。例えばキック・ドラムから始めて、順番に音を重ねて行くのではなく、すべての主要素をコンピュータで同期しながら一緒に鳴らしている。左側にあるボタンを操作する間は、他のキーボードを操作することはできない。だからこそ、生身の人間っぽさが出る。私には両手両足しかないわけだから。音をいじるにあたって、左のほうで何かをやっていたら、右側の機材には触れることができない。右のほうの機材を操作している時は左には行けない。そのぶん、すべての繋がりが良くなる。それがいいテクノ・トラックなんだと思う」
つまり、演奏が核なんだ。私にとっての最高のテクノは80~90年代に作られた。70年代に始まったとも言える。トラック毎に分ける技術がまだなくて、すべて一緒に演奏しなければいけなかった。90年代初期のベルリン・テクノ・シーンといえば、どのスタジオも大きなミキシング・コンソールだった。すべての機材が繋がっている。それを一斉に鳴らすんだ。今の曲作りというのは、まずメインのループから始まって、そこに音を重ねていって曲を長くする。さらにオートメーションを取り入れて、要所要所で音を変えてみる。すべてをプログラミングできるんだよ。
でも、それだと曲の流れは作れないし、生演奏ならではの緊張感は生まれない。だからワインを飲みながらコンピュータだけを使い、マウスをクリックしながらエレクトロニック・ミュージックを作るというのは、正直大嫌いなんだ。あくまで自分の音楽制作に関しての話で、他の人がやっているぶんには構わない。実際自分でも何年も試しにやってみたんだ。まだ学生で16歳か17歳の頃に、そうやって曲を作っていたけど、耐えられなくなった。〈演奏をすることが重要〉ということに行き着いたんだ」
ピアノを弾くでも、他の楽器を弾くでも、コーラスを使うでもなんでもいい。不完全な人間臭さが自分の音楽にはあってほしい。コンピュータでプログラミングすることで完璧な音を求めることには魅力を感じない。その瞬間ならではのものを感じないから。後でいくらでも手を加えて上書きをできるから。私がもっとも興奮するのは、二度と再現できない、その瞬間だからこそ出来た音を聴いたときだ。一度きりのものをね。例えばコーラスを取り入れるにしても、次の日に〈同じものをもっとうまくやってくれ〉と言っても無駄なんだ。違うものはできても、同じものは無理だ。それが私の考えだ。替えがきかない瞬間をレコードに収めたいんだ」
――本作のタイトル『All Melody』の由来、そしてニルスさんの楽曲におけるメロディーの位置づけ、意味合いなどを教えてください。
「実は若い頃に音楽の先生とロックンロールに関して口論になったことがあるんだ。彼女は〈ロックンロールは本物の音楽じゃない。なぜならハーモニーとメロディーとリズムが完璧な関係ではないから〉と言ったんだ。私が〈どういう意味ですか?〉と訊くと、〈つまり、本物の音楽というのはハーモニーが33%、メロディーが33%、リズムが33%という割合で構成されてなければいけない。例えばモーツァルトやベートーベンの楽曲のようにハーモニーとメロディーとリズムが完全に均等でなければいけない〉と言うんだ。それを聞いて私は〈酷く独断的だ〉と思った(笑)。確か私がまだ14歳くらいのときの話だけど、このやり取りをずっと忘れずに覚えていた。人によって音楽に対する考え方がこれだけ偏っているのか、と思ったから。ただ、馬鹿げてはいるけど、音楽の構造について非常に論理的な説明だなとも思って、あれ以来ずっと頭の中で考えていたんだ。
今作の『All Melody』と言うのはそのときの会話に由来している。〈自分の音楽がハーモニー、メロディー、リズムのいずれかに偏りすぎている〉というようなことを、いちいち考えたくなかったから。私の世界ではすべてがメロディーなんだ。ハイハットにしても、リズム・パートにしてもだ。真意がわからないから、いいタイトルだと思ったし、私自身も本当の意味はわからない。いろいろな刺激が貰えるタイトルだ。アートワークのなかで字にしたときの感じも気に入っている。サウンドを拡張している作品にもかかわらず、タイトルは謎めいていつつ、深みがあるのもいい」
――今日はありがとうございました。最後に今後の予定を教えて下さい。
「今年はツアー活動が中心になるだろう。具体的な他の予定に関しては、その場のノリを大事にしたいし、何が起こるかはわからないから、あまり予定を詰め込みたくないんだ。と言いつつ、正直すでに年内はライヴ日程がびっしり入っている。日本にも行くよ」

Live Information
〈Nils Frahm Japan Tour 2018〉
2018年5月22日(火)大阪・梅田CLUB QUATTRO
開場/開演 18:30/19:30
前売り 7,500円(スタンディング/1ドリンク別))
Information: 06-6535-5569(SMASH WEST)
2018年5月23日(水)東京・恵比寿LIQUIDROOM
開場/開演 18:30/19:30
前売り 7,500円(スタンディング/1ドリンク別))
一般発売:2月3日(土)10:00 ~
大阪公演:ぴあ(P:105-628)英語販売あり、eプラス、ローソン(L:52029)、iFlyer、会場
東京公演:ぴあ(P:105-623)英語販売あり、eプラス、ローソン(L:70541)、iFlyer
