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替えがきかない瞬間をレコードに収めたい

――本作で私がいちばん感動したのは、数多くの楽器の音色がシームレスに繋ぎ合わされているような印象を受けたところです。ある瞬間にオルガンやハーモニウムとシンセの音色が折り重なったり、気づいたらサウンドのレイヤーにコーラスが挿入されていたり、そういった工夫に驚かされました。そのような音響的な工夫は、ニルスさん自身が意識的に取り組んだものでしたか?

「むしろ無意識の連続なんじゃないかな。砂浜で貝殻を並べることに少し似ていると思う。思考よりも瞑想に近い感覚だ。〈ここにたくさんの貝殻があるから、合うものを選んで好きに並べたらいい〉と言われて、貝殻を拾って、選んで、並べていく。それと原理は同じだ。ある要素をそれに合うどこかにはめていく作業で、うまくハマらなかったら、別のもので試すという、その繰り返しだ。その大半は失敗の連続さ。あるサウンドを重ねるのに、20通り、30通りのパターンを試して、ようやく見つかるかもしれない。

ほとんどの場合、自分でも何をすればいいのかわからなくて、たまたまやったことが〈これはおもしろいサウンドの組み合わせ〉と思わせてくれるものだったりするんだ。そうなったときはすごく嬉しいし、それがアルバムに採用される確率も高い。でも、そういう瞬間が起きないものはお蔵入りとなる。だから、好機を逃したものや、試したけど上手くいかなかったものはアルバムには入らない。アルバムに向けて50曲から60曲ほど手掛ける。そのなかにはラフなアイデア段階のものもあれば、かなり取り組んだものもあって、ちょっとしたデモ段階のものもある。

大きなコンセプトがあるわけではない。〈嬉しい偶然だ〉と思える何かが起こればいいと思いながら、とりあえずスタジオに毎日行く。そうやって作品に取り組んでいる。だから時間を要するけど、機材や楽器を駆使して試行錯誤するなかから予想していない、おもしろいことが起きる。でも、自分でもどうしてそれができるのかはわからないんだ(笑)」

――ニルスさんは、例えばラスター・ノートンやミル・プラトーといったレーベルがリリースしたエレクトロニカも好んで聴かれていましたよね。ぼくは、あなたの音楽はクラシック音楽で訓練を積んだ人間がエレクトロニカ以降のエクスペリメンタル・ミュージックをやろうとしているように感じます。本作の“Kaleidoscope”なんかは特に、サウンドの構造はエレクトロニカのようですが、それとはまったく違うものになっていておもしろいです。自分のそういった部分についてはどう考えていますか?

「私のテクノやエレクトロニック・トラックが他のエレクトロニック・ミュージックと違う点は、ピアノを弾くのと同じ感覚でそれらの楽曲を演奏するからだ。プログラミングに頼ることなく、スタジオで生演奏をするんだ。フィルターやボタンをリアルタイムで操作する。楽器も一斉に音を鳴らす。例えばキック・ドラムから始めて、順番に音を重ねて行くのではなく、すべての主要素をコンピュータで同期しながら一緒に鳴らしている。左側にあるボタンを操作する間は、他のキーボードを操作することはできない。だからこそ、生身の人間っぽさが出る。私には両手両足しかないわけだから。音をいじるにあたって、左のほうで何かをやっていたら、右側の機材には触れることができない。右のほうの機材を操作している時は左には行けない。そのぶん、すべての繋がりが良くなる。それがいいテクノ・トラックなんだと思う」

ニルス・フラームとキアスモスによる即興ライヴ映像
 

つまり、演奏が核なんだ。私にとっての最高のテクノは80~90年代に作られた。70年代に始まったとも言える。トラック毎に分ける技術がまだなくて、すべて一緒に演奏しなければいけなかった。90年代初期のベルリン・テクノ・シーンといえば、どのスタジオも大きなミキシング・コンソールだった。すべての機材が繋がっている。それを一斉に鳴らすんだ。今の曲作りというのは、まずメインのループから始まって、そこに音を重ねていって曲を長くする。さらにオートメーションを取り入れて、要所要所で音を変えてみる。すべてをプログラミングできるんだよ。

でも、それだと曲の流れは作れないし、生演奏ならではの緊張感は生まれない。だからワインを飲みながらコンピュータだけを使い、マウスをクリックしながらエレクトロニック・ミュージックを作るというのは、正直大嫌いなんだ。あくまで自分の音楽制作に関しての話で、他の人がやっているぶんには構わない。実際自分でも何年も試しにやってみたんだ。まだ学生で16歳か17歳の頃に、そうやって曲を作っていたけど、耐えられなくなった。〈演奏をすることが重要〉ということに行き着いたんだ」

ピアノを弾くでも、他の楽器を弾くでも、コーラスを使うでもなんでもいい。不完全な人間臭さが自分の音楽にはあってほしい。コンピュータでプログラミングすることで完璧な音を求めることには魅力を感じない。その瞬間ならではのものを感じないから。後でいくらでも手を加えて上書きをできるから。私がもっとも興奮するのは、二度と再現できない、その瞬間だからこそ出来た音を聴いたときだ。一度きりのものをね。例えばコーラスを取り入れるにしても、次の日に〈同じものをもっとうまくやってくれ〉と言っても無駄なんだ。違うものはできても、同じものは無理だ。それが私の考えだ。替えがきかない瞬間をレコードに収めたいんだ」

――本作のタイトル『All Melody』の由来、そしてニルスさんの楽曲におけるメロディーの位置づけ、意味合いなどを教えてください。

「実は若い頃に音楽の先生とロックンロールに関して口論になったことがあるんだ。彼女は〈ロックンロールは本物の音楽じゃない。なぜならハーモニーとメロディーとリズムが完璧な関係ではないから〉と言ったんだ。私が〈どういう意味ですか?〉と訊くと、〈つまり、本物の音楽というのはハーモニーが33%、メロディーが33%、リズムが33%という割合で構成されてなければいけない。例えばモーツァルトやベートーベンの楽曲のようにハーモニーとメロディーとリズムが完全に均等でなければいけない〉と言うんだ。それを聞いて私は〈酷く独断的だ〉と思った(笑)。確か私がまだ14歳くらいのときの話だけど、このやり取りをずっと忘れずに覚えていた。人によって音楽に対する考え方がこれだけ偏っているのか、と思ったから。ただ、馬鹿げてはいるけど、音楽の構造について非常に論理的な説明だなとも思って、あれ以来ずっと頭の中で考えていたんだ。

今作の『All Melody』と言うのはそのときの会話に由来している。〈自分の音楽がハーモニー、メロディー、リズムのいずれかに偏りすぎている〉というようなことを、いちいち考えたくなかったから。私の世界ではすべてがメロディーなんだ。ハイハットにしても、リズム・パートにしてもだ。真意がわからないから、いいタイトルだと思ったし、私自身も本当の意味はわからない。いろいろな刺激が貰えるタイトルだ。アートワークのなかで字にしたときの感じも気に入っている。サウンドを拡張している作品にもかかわらず、タイトルは謎めいていつつ、深みがあるのもいい」

――今日はありがとうございました。最後に今後の予定を教えて下さい。

「今年はツアー活動が中心になるだろう。具体的な他の予定に関しては、その場のノリを大事にしたいし、何が起こるかはわからないから、あまり予定を詰め込みたくないんだ。と言いつつ、正直すでに年内はライヴ日程がびっしり入っている。日本にも行くよ」

 


Live Information
〈Nils Frahm Japan Tour 2018〉

2018年5月22日(火)大阪・梅田CLUB QUATTRO 
開場/開演 18:30/19:30
前売り 7,500円(スタンディング/1ドリンク別))
Information: 06-6535-5569(SMASH WEST)

2018年5月23日(水)東京・恵比寿LIQUIDROOM 
開場/開演 18:30/19:30
前売り 7,500円(スタンディング/1ドリンク別))

一般発売:2月3日(土)10:00 ~
大阪公演:ぴあ(P:105-628)英語販売あり、eプラス、ローソン(L:52029)、iFlyer、会場
東京公演:ぴあ(P:105-623)英語販売あり、eプラス、ローソン(L:70541)、iFlyer