さまざまな課外活動も経験し、じっくり時間をかけて探した現代の日本のポップソング。4人の相棒と共に手にしたのは、この国の情緒をモダンに表現した新たな歌謡性で……

4人のプロデューサーが作った風景

 新世代のシンガー・ソングライターとして注目を集めてきた前野健太。デビューしてから10年が過ぎ、彼を取り巻く風景も変わってきた。最近ではTVや演劇、映画への出演など活動範囲を広げるなか、オリジナル・アルバムとしては4年半ぶりの新作『サクラ』が完成した。これまででもっとも時間を空けてのリリースだが、その間、彼は新しい歌を探し続けていた。アルバム制作の経緯について、前野はこんなふうに振り返る。

前野健太 『サクラ』 felicity(2018)

 「次のアルバムはアレンジャーを立てようと決めていました。そのアレンジャーに僕の歌を彩ってほしかったんです。それは『ファックミー』(2011年)の頃から思っていて。ジム(・オルーク)さんとやった『オレらは肉の歩く朝』『ハッピーランチ』(共に2013年)はバンドっぽくなったので、今回はアレンジャーに完全に任せて、(井上)陽水さんと星勝さんみたいなコンビを組めたら、と思ったんです」。

 そこで前野がプロデューサー/アレンジャーとして迎えたのは、ceroの荒内佑、元・森は生きているの岡田拓郎、ソープランダーズのメンバーとして前野と付き合いが長い石橋英子、AKB48や木村カエラなどを手掛けた武藤星児の4人。いきなり4人ものアレンジャーと組んだことについて「相棒を探したかったから」と前野は言うが、個性豊かなプロデューサーとのコラボレートが本作をヴァラエティー豊かな作品にしている。たとえば、4人のなかでプロフェッショナルな技を発揮しているのは武藤。ポップな音作りでアルバムに華を添えている。

 「武藤さんには〈J-Popで!〉ってお願いしました。ほかの3人とは質感が変わってしまうかもしれないけど、今回はそれで良いと思ったんです。いろんなタイプの曲が入ったベスト・アルバムみたいな感じでいいんじゃないかって。後で武藤さんと飲んだ時、(収録曲の)“嵐~星での暮らし~”で低い管の音が入っているのはエイミー・ワインハウスを意識したからだって言ってましたね。僕がエイミー好きだからって」。

 一方、荒内は今回初めてプロデュースに挑戦。彼に依頼したのはceroとツーマンのライヴをやったことがきっかけだったらしい。荒内が担った曲は、ホーン・アレンジがアーバンなムードを醸し出している。

 「荒内君は今のジャズが好きで、そういうサウンドで歌ものをやるとどうなるのかを探ってくれたみたいです。ホーン・アレンジをしてくれたのは小西(遼)さんなんですけど、荒内君と〈ブラッド・メルドーみたいにしようか〉とか、いろいろ話しながらやってたみたいですね」。

 岡田とはこれまで接点はなかったが、レーベルのディレクターに薦められて初めて共演。音作りに対するこだわりに感心したという。

 「レコーディング前、最近出たばかりのアメリカの若いアーティストのレコードをいろいろ持ってきて聴かせてくれたんです。〈今の歌の人たちってこういうサウンドなんですよ〉って。レコーディングではすごく音にこだわっていて、テイク選びは絶対譲らないんですよ。ゴールがしっかり見えていて、そこに向けて作ってる感じでしたね」。

 そして石橋は、前野の歌の世界を知り尽くしたうえで、細やかな音作りで曲に膨らみを与えている。

 「去年、石橋さんが紺紗実さんの『blossom』というアルバムで全曲アレンジをしたんですけど、それがめちゃくちゃ良くて。〈これ、俺がやりたかったことだ!〉って思ったんですよ。それで石橋さんに頼んだんですけど、石橋さんがアレンジして、ピアノで歌ったデモを聴いた時は驚きましたね。コードとかリズムを変えることで、物語に奥行きが出て時間軸が伸びたり縮んだりする。〈前野さんが描きたかった風景って、こういうものでしょ〉って言われてるみたいでした」。

 4人のプロデューサーが音で風景を描く。それが今回のアルバムの魅力のひとつだ。前野がシンガー・ソングライターとして風景を物語るのではなく、前野健太のいる風景が映画のように目の前に広がっていく。

 「これまで僕は、ポンとスポットが当たったところで歌っているだけだったんです。でも、今回のアルバムは、4人のプロデューサーが舞台を、風景を作ってくれる。アレンジしてもらった音を聴いて、〈なんで僕しか知らない風景を知ってるの?〉って驚きましたね」。