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そして彼女は踊り続ける

 勘と言えば、彼女を語るうえで欠かせないウィリアム・ベイカーの起用も然りだ。出会った当時は某デザイナーのブティックでバイトをする学生だったウィリアムの才覚を見抜いて、スタイリスト/アート・ディレクターに抜擢。以後ふたりはヨーロピアンな美意識で貫いた、ひたすらにキャンプでグラマラスでファビュラスな無二のヴィジュアル・アイデンティティーを作り上げるに至った。

 そう、長年ロンドンを拠点にしているカイリーの感性はユーロ・キッチュの極み。アメリカではあまり理解されていない。そういう意味ではかつてデュエットもしたロビー・ウィリアムズと同様、クリケットとは言わないもでも、まさにラグビーみたいな存在。初の全米ツアーを行なったのは2009年のことだ。その後、ジェイ・Zが主宰するロック・ネイションとライセンス契約を結び、2014年の『Kiss Me Once』はアメリカ市場を意識した作品に仕上げたが、彼女らしさと相容れない違和感が残った。

 本人もそこに気付いたのか速やかにロック・ネイションと縁を切ると、今度は自分のやり方でアメリカへ――。カントリーに独自の解釈を施したこのたびのニュー・アルバム『Golden』で、カイリーは50歳の誕生日を目前にまたもやひとつの角を曲がった。どういうわけか恋愛運に恵まれない彼女。全曲を共作してかつてなく赤裸々に心中をさらけ出し、俳優ジョシュア・サスとの婚約破棄を受けて、ハートブレイクを歌っているのである。思えば、癌を患ってなお自分を被害者として提示することを避けて、これまで涙を見せなかった人だから余計に切ない。今回はそれだけでなく、止められない時間の流れ、つまり老いにも恐れずに言及している。この世代のメインストリームなアーティストによる作品としては他に例がない、中年女性のリアルなポップ・ミュージックに到達したのだ。

 それにここでの彼女は泣いているけど、泣きながら踊っている。次の恋を探している。音楽の治癒力を証明するようにして、黄金色に輝いている。カイリーを愛さずにいられない理由は増え続けるばかりなのである。 *新谷洋子

関連盤を紹介。

 

カイリーが客演した作品。