彼女が恋の喜びを歌うだけで、彼女が微笑むだけで、彼女がステップを踏むだけで、一瞬にして世界は明るくなる。カイリー・ミノーグ――。歌手デビューから30年、アフロディーテはさらなる輝きを求め、今日もトレンドの音とダンスする。そのゴールデン・エイジに終わりはない……

 

カントリーという新たな選択

 ヨーロピアンな美学を貫いてきたカイリー・ミノーグがカントリー化?――まるで水と油のようなこの組み合わせに驚き、〈迷走中なのか?〉と危惧したファンも少なくないだろう。ところが、ニュー・アルバム『Golden』に耳を傾けると、これが意外なほどカイリーらしい純正ポップ作品に仕上がっている。確かにカントリー要素が全面的に強調されているのだけれど、どこを取っても彼女らしさが全開なのだ。

KYLIE MINOGUE Golden Darenote/BMG Rights/ワーナー(2018)

 

初めてのナッシュヴィル

 そもそもカイリーが〈カントリーをやってみよう〉と考えたのは、古くから信頼を寄せるレーベル関係者の勧めもあったというが、それ以上に自身の置かれていた状況が大きく影響している模様だ。2015年から交際し、婚約もしていた英国人俳優のジョシュア・サスと2017年初頭に破局。心底落ち込み、絶望に暮れていた時、新作に向けた準備が始まっている。歌手デビュー30周年を迎えるにあたってレコード会社やマネージメントを移籍したものの、作品の方向性どころか人生の行き先すら見えないなか、彼女はそれまで一度も訪れたことのなかったナッシュヴィル行きを決意。カントリーの聖地へ赴いて優れたソングライターたちとじっくり膝を交え、曲作りの段階から本作に関わっている。アメリカ南部というパパラッチもいない落ち着いた環境に癒しを求めたのかもしれないし、作業に没頭することで未練を断ち切りたかったのかもしれない。ともかく、いまふたたび活力を得て輝きを取り戻したカイリーが、ここに帰ってきた。

 ただし、カントリーに向かったからといって、彼女らしさがなくならないあたり、流石は永遠のポップスターである。これまでに培ってきた洗練性が見事に融合。こんなにオシャレなカントリーは、おそらくこの人以外には出来ないんじゃないかと思わせる。そう、モダンな感性でかのジャンルを消化した、煌びやかな楽曲が並んでいるのだ。

 例えば先行カット“Dancing”は、『1989』までのテイラー・スウィフト作品に深く関与してきたネイサン・チャップマンと、キャリー・アンダーウッドやキース・アーバンらに曲を提供するスティーヴ・マキューアンと、彼女とで共作。ラインダンスを用いたグリッターなMVも楽しい同曲は、もはや〈カントリーEDM〉と呼べそうな仕上がりで、アヴィーチー“Wake Me Up”(2013年)以降の流れを汲み、ノスタルジックな郷愁と同時にフューチャリスティックな体験を味わわせてくれる。〈カントリー×EDM〉の成功例と言うと、最近でもゼッドとグレイがマレン・モリスと組んだ“The Middle”(2018年)や、アレッソとヘイリー・スタインフェルドがフロリダ・ジョージア・ラインと共演した“Let Me Go”(2017年)などが挙げられ、トレンドとしてまだまだ有効。チェインスモーカーズも最新作『Memories...Do Not Open』(2017年)でそれっぽい試みをしていたし、サム・フェルトがジョシュア・ラディンの“High And Low”をトロピカル風に刷新したのも記憶に新しい。

 そういった同時代の音にカイリーが敏感なのは、何もいまに始まった話ではない。が、それでもやはりアンテナ感度の高さには改めて恐れ入るばかり。そう言えば“Dancing”のプロデュースを担当したサム・アダムスは、ザック・エイベルのデビュー・アルバム『Only When We're Naked』(2017年)で注目を浴びたアフリカ系ドイツ人クリエイター。新進の才能だ。カイリーはアルバム収録曲の約半数を彼に委ねていて、サムへの絶大な信頼を窺わせると同時に、その大胆な決断力にも頭が下がる。