天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野がこの一週間に海外シーンで発表された楽曲のなかから必聴の5曲を紹介する連載〈Pop Style Now〉。ビリー・アイリッシュのデビュー・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』の話題で持ちきりですね」
田中亮太「アルバム、聴きながら興奮しすぎて吐きましたよ。ただそれよりも、僕はスコット・ウォーカーが亡くなったことがショックで……。寡作なので作品は少ないんですが、ここ数年はサンO)))やシーアとのコラボレーション作を立て続けにリリースしてたので、てっきり元気なものかと……」
天野「僕も彼の異形な音楽が大好きだったので、本当に残念です。さらにLAのラッパー、ニプシー・ハッスルが凶弾に倒れ、33歳で亡くなったというニュースも飛び込んできました。RIP……」
田中「インディー・シーンでも訃報があって、リヴァプールのポップ・デュオ、ハーズ(Her's)の2人がUSツアー中の交通事故で帰らぬ人となってしまいました。彼らが遺した2作のアルバム、派手さはないのですが、心の片隅にいつも置いておきたい良盤でした。週末はずっとハーズを聴いちゃいましたね……」
天野「あのアイドルズがカヴァーをしたり、追悼の動きが広がってますね。気持ちを切り替えてラップ・シーンの話題をご紹介。リル・ウージー・ヴァートがレーベルとの確執を歌った新曲“Free Uzi”が超話題です。あと、リル・ナズ・Xのヴァイラル・ヒット“Old Town Road”がカントリー・チャートから外されたという微妙なニュースも」
田中「渡辺志保さんもラジオで紹介されてましたが、リル・ナズ・Xのように〈TikTok〉を経由してヒットする曲やアーティストが最近は増えてきましたね。さて、それでは今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」
black midi “Crow's Perch”
Song Of The Week
田中「今週の〈SOTW〉はブラック・ミディの“Crow's Perch”! 彼らはロンドンを拠点に活動する4人組。シェイムやゴート・ガールらとともに南ロンドン、ブリクストンのヴェニュー〈Windmill〉を根城にしていたようですね。2枚のシングルとダモ鈴木との共演(!)を収めたカセットで話題を集め、この曲はラフ・トレードからの初シングルになっています」
天野「彼らのライヴ映像が大好きでよく観てたんですけど、この新曲は聴いた瞬間に〈これっきゃない〉って思いました! いわゆるポスト・パンクな音ではありますが、手数の多いドラミングが圧倒的なアンサンブルにはポスト・ロックとマス・ロック、そして現代ジャズからの影響も感じます。本当にフレッシュですね」
田中「ノーウェイヴを2019年に更新している感じがしますよね。あと低音の出方が凄まじい……。音作りの面ではビリー・アイリッシュのアルバムとも感覚が共有されている印象です」
天野「低音がブーストされたラップやポップスの音とロック・バンドがどう競合してくのかって問題はよく取り沙汰されますが、これがひとつの解答のような気がしますね。ノイジーなシンセサイザーと生楽器の絶妙な組み合わせが実にパワフルです。ミックスもすごいと思いました」
田中「高い演奏技術にも驚きますが、彼らもアデルやキング・クルールを輩出したことで知られるブリット・スクール出身なんですって」
天野「しかも、メンバーはまだ21歳にも満たない若さなんだとか。〈KEXP〉でのパフォーマンス映像が先に公開されていて、このライヴもすごいです」
田中「UKインディーはセンスは良くても演奏レヴェルが……みたいに昔はよく言われていましたが、彼ら新世代の音楽はそうしたレッテルを過去のものにしちゃいそうですね」
天野「ちなみに、曲名はゲームソフト『ウィッチャー3 ワイルドハント』に出てくる地名から取ったんだそうです。それについて語ってるインタヴューでは、音楽以上にゲームについて楽しそうに語ってます。いまのポップを語るうえで、ゲームは避けて通れない前提知識になってきてますよね。亮太さんもゲームやったほうがいいですよ」
田中「僕らもそろそろPS4を買いますか! ブラック・ミディを聴きながら、『レッド・デッド・リデンプション 2』をやりこむのが2019年のスタイルかも!」
Rosalía & J. Balvin feat. El Guincho “Con Altura”
天野「続いてはロザリアとJ・バルヴィンが共演した“Con Altura”です。ほとんどドラム・マシーンの音だけが鳴り響く無骨で無機質なプロダクションがカッコイイ!」
田中「J・バルヴィンは昨年〈SUMMER SONIC〉にも出演したレゲトン/ラテン・トラップ界のスターです。コロンビア出身のシンガーですが、ウィリー・ウィリアムとのヒット・ソング“Mi Gente”(2017年)とアルバム『Vibras』(2018年)でアメリカやヨーロッパを席巻しました」
天野「この連載でたびたび強調してるラテン音楽の新潮流という追い風もあって、バルヴィンは注目されてますね。そして、ロザリアはスペインのカタロニア地方出身のシンガー。まだ25歳なんですが、〈アーバン・フラメンコの歌姫〉として注目を集めています。〈歌姫〉って表現、いまどきちょっとどうかとも思いますが。で、そんなロザリアは昨年のセカンド・アルバム『El Mal Querer』でブレイクスルー。ジェイムズ・ブレイクの新作『Assume Form』への参加も話題ですね」
田中「『El Mal Querer』は〈Pitchfork〉を筆頭に多くのメディアから絶賛されてましたよね。伝統的なフラメンコの音楽にR&Bやエレクトロニック・ミュージック、ラップなどをうまく取り入れていた点が高く評価されました。彼女の音楽性はヒット曲“MALAMENTE”を聴いていただけるとおわかりいただけるかなと」
天野「でも、いわゆるワールド・ミュージック的な注目のされ方でなく、欧米圏のポップ・スターと同じ感覚で注目されているのが新しい感じですよね。ラテン・ポップの新潮流もそうですが、ストリートっぽい感覚でトラディショナルな要素を軽やかに、でも血肉化された形で取り入れてるからなんだと思います」
田中「確かにそうですね。で、この“Con Altura”は『Vibras』に収録された“Brillo”に続く2人のコラボ・ソング。ジャンルや国は違えど同じスペイン語圏で、ラテン文化を共有しているからナチュラルなんですよね」
天野「もう1人、この曲に参加してるエル・グインチョはロザリアと同郷のミュージシャンです」
田中「エル・グインチョ! 彼のアルバム『Alegranza』(2008年)は宅録トロピカリアの名盤でしたね」
天野「ところで、〈con altura〉という曲名を〈up high〉って英語に訳してる動画を観たんですけど、だからミュージック・ビデオが飛行機の中っていう設定なんでしょうか。バルヴィンももちろんですが、ロザリアには引き続き注目したいです!」
Peggy Gou “Starry Night”
天野「3曲目はペギー・グーの新曲“Starry Night”。彼女は韓国生まれのDJ/プロデューサーで、現在はベルリンを拠点に活動しています」
田中「彼女は昨年〈フジロック〉にも出演していますし、日本のリスナーにも人気が高い才媛ですよね。編集部の高見さんもEP『Once』の収録曲“It Makes You Forget (Itgehane)”を2018年もっとも好きだった曲のひとつに選んでいました」
天野「この“Starry Night”は5月3日(金)にリリースする12インチ『Moment EP』のA面曲だそうで。もろにシカゴ・ハウス的な、プリミティヴなマシーン・ビートとシンプルなピアノのフレーズに踊らずにはいられない、キラーなダンス・トラックになっています。ただ、ちょっとオールドスクールでノスタルジックすぎるかなとも思うんですが」
田中「彼女自身による歌もめちゃくちゃ良いですよね。メロディアスに歌い上げるパートもいいんですが、ビートの1拍目に合わせて単語をひとつひとつ発していくところが最高にカッコイイ。ホアン・マクリーンやLCDサウンドシステムでも活躍するナンシー・ワンに匹敵するハウス界きってのヴォーカリストになっていきそう」
天野「このシングルは彼女が立ち上げたレーベル、グドゥ(Gudu)からの第1弾リリースなんだとか。〈グドゥ〉とは韓国語で靴を意味するそうです。アートワークの印象的なイラストレーションは、『Once』から引き続き韓国の作家であるJee-ook Choiが描いてます〈アジアのアーティストが世界で活躍しやすくなるための支援をしたい〉というレーベルのテーマとも合致してますね!」
Pivot Gang “Studio Ground Rules”
天野「次はピヴォット・ギャングの“Studio Ground Rules”。彼らはシカゴのヒップホップ・コレクティヴで、チャンス・ザ・ラッパーとの親交でも知られるサバが所属してます」
田中「サバは以前〈PSN〉でもご紹介しましたね。2018年のアルバム『CARE FOR ME』もメロウでスムースな傑作でしたが、その後も新曲をたくさんリリースしてます」
天野「ピヴォット・ギャングのその他のメンバーはジョセフ・チリアムズ(Joseph Chilliams)、マザーファッキンメロ(MFnMelo)、スクイークピヴォット(squeakPIVOT)、ダム・ダム(Dam Dam)、フレッシュ・ウォーターズ(Frsh Waters)、デイデイピヴォット(daedaePIVOT)、ダウド(Daoud)、そして故人のジョン・ウォルト(John Walt)」
田中「みんな変な名前ですね……。この“Studio Ground Rules”にはサバ、フレッシュ・ウォーターズ、マザーファッキンメロの3人が参加してます。ビートはデイデイとダウドが作ったものです。ジャジーでメロウで心地いいトラック……」
天野「何から何までピヴォットのメンバーだけで作ってる感じがいいですよね。ビデオはピヴォットのメンバーが自分たちのスタジオでウィードを吸ってチルったり、ゲームで遊んだり、レコーディングしたりと、〈ピヴォットの日常〉な様子が映されてます」
田中「リーダー的な存在のサバはメンバーのなかでもかなりの売れっ子で高く評価されてるラッパーですが、この地元の仲間を大事にしてる感じがまさにヒップホップというか」
天野「スタジオで配信してる映像なんかを観るとかなり仲良さそうですしね。曲名はそのまま〈スタジオのグラウンドルール〉という意味ですが、サバが歌うサビを超意訳すると〈スタジオは俺たちの独壇場なんだから俺たちのルールに従いな!〉みたいな感じです」
田中「ピヴォットは“Jason Statham, Pt. 2”や“Blood”といった新曲をすでにリリースしてて、そろそろニュー・アルバムがリリースされるのかな? そちらも楽しみですね」
slowthai “Gorgeous”
天野「今週最後の一曲はイギリスのノーサンプトンのラッパー、スロウタイの新曲“Gorgeous”。この曲は彼が5月17日(金)にリリースするアルバム『Nothing Great About Britain』からのシングルです」
田中「〈英国に偉大なところなんてない〉というものすごいタイトルですね……。EU離脱問題、いわゆるブレグジットに揺れるイギリスを糾弾してるかのような」
天野「マシュー・ハーバート・ビッグ・バンドの新作『The State Between Us』もまさにそのテーマでした。そういえば、リバティーンズのピート・ドハーティがブレグジットの反動でクリエイティヴィティーが高まるから〈音楽界にとって最高の出来事になる〉と発言して話題というか、炎上してますね」
田中「ピートはともかくとして、スロウタイはどちらかといえば大英帝国時代の暴力を指して言ってるみたいですね。こういうポリティカルなことを言ったりラップしたりする過激さも彼の特徴です」
天野「写真に写ってる表情が大体挑発的ですしね。“Gorgeous”を聴いて、まず印象に残ったのが、〈トニーに遊戯王カードをパクられた〉ってラインです。世代を感じる(笑)! でも、〈Yu-Gi-Oh cards〉とサビの〈we all in cuffs(俺たちはみんな手錠を掛けられてる)〉というラインが韻を踏んでるところが生々しくて、悲劇的でさえあります」
田中「そういったノーサンプトンのストリートをリアルに描いたリリックがこの曲の聴きどころですよね。一方で、スロウタイの曲の多くを手掛けるクウェス・ダーコによるヨレたビートやアブストラクトなプロダクションもすごい」
天野「引きつったようなエディットのピアノとか、変なヴォイス・サンプルとか、掴みどころがない音楽ですよね。スロウタイのねっとりとしたラップはグライムからの影響が強いように思います。以前から気になる存在でしたが、アルバム『Nothing Great About Britain』に俄然期待が高まる一曲です」
田中「アルバムにはスケプタも参加しているようで。〈Pitchfork〉のインタヴューではUKラッパーたちがアメリカのアーティストにフックアップされることについて訊かれ、〈音楽産業は詐欺みたいなものだから、みんな勝ち上がろうとしてるだけ〉と冷静な発言もしてます。気骨ある新進気鋭のラッパーにこれからも注目したいですね」