アルゼンチン出身要注目ピアニストの新作『35mm』はモノ・フォンタナを彷彿とさせる映像的ジャズ

 アルゼンチン音楽を代表する2大ジャンルであるタンゴとフォルクローレは、決して古めかしい“伝統音楽”ではなく、今も変容し続けている現在進行形の音楽である。現代タンゴの方は、前世紀終わりからのピアソラ・ブームをきっかけに、その存在が強烈に印象付けられた。他方、2000年前後から注目され始めた“アルゼンチン音響派”と呼ばれるミュージシャン達の多くはフォルクローレの強い影響下にあり、そのまま現代フォルクローレのムーヴメントへと繋がっていく。

 その最先端に位置する若手ピアニスト、フアン・フェルミン・フェラリスは、ピアソラが没した1992年に、ブエノスアイレス州の州都ラ・プラタで生まれた。両親はスピネッタの熱烈なファンで、その楽曲タイトル《Fermín》を息子に授ける。アカ・セカ・トリオを輩出したラ・プラタ国立大学でフェデリコ・アレセイゴルやマルセロ・モギレフスキーらシーンの重要なミュージシャン達に学び、モダン・フォルクローレをベースに様々な現代的要素を取り入れたバンド、クリバス(Cribas)を結成。アルバム『La Hora Diminuita』(2014年)、『Las Cosas』(2017年)をリリースし、一躍アルゼンチン新世代の旗手として注目を集める。

JUAN FERMÍN FERRARIS 35mm ラティーナ(2019)

 『35mm』は、長い制作期間を経てリリースされたフェラリスの1stソロアルバムだ。冒頭、ピアノによる単音の連打に環境音が被さり、大海に勢いよく繰り出す帆船のようにリズムが疾走を始めると、一気にその映像的世界へと引き込まれる。環境音やエレクトロニクスの使用はモノ・フォンタナを彷彿とさせるが、発想はまったく異なるもので、サウンドはとしては現代ジャズ。実際、シャイ・マエストロを筆頭に、ブラッド・メルドー、ティグラン・ハマシアンらにも影響を受けたとインタヴューで述べている。聴き進めるうち、ふと日本語が耳に飛び込んできてハッとさせられるが、実際日本への興味も小さくないようで、2018年にはアルゼンチン・ツアーを行ったコトリンゴと共演。現在もっとも初来日が切望されるアルゼンチン人ミュージシャンの一人となっている。