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愚かさゆえに愛は高まり――コンテンポラリー・ジャズと芸術歌曲の異才が挑む崇高なる〈愚行〉

 音楽はときに欲望の表現である。それは、欲望が音楽に流れ込むのか、音楽が欲望を扱うのか。人間の性なのか、自然の摂理なのか。必然的に表現の主題となるのは、あらゆる種類の愛である。

 古今東西の多くの歌が、心身を焦がす妄執に捧げられ、その周囲を際限もなく巡ってきた。リズムや反復、高揚や減衰、そして和声や調性の構造そのものが、愛の情動と欲望の修辞のための装置である。

 そんなことをいまさら思うのは、ブラッド・メルドーの歌を聴いているからだ。歌っているのは彼のピアノと、イアン・ボストリッジのテノールの声である。その名も“The Folly Of Desire”と名づけられたメルドーの新しい連作歌曲で、ふたりが近年演奏会を通じて磨いてきたものだ。

IAN BOSTRIDGE, BRAD MEHLDAU 『The Folly Of Desire』 Pentatone(2023)

 愛の諸相は、多様式にわたる詩と音楽の情景を経て、性愛や肉欲から精神的な浄化へと高まる道行きを辿っていく。歌われる11篇の詩はブレイク、イェーツ、シェイクスピア、オーデン、カミングス、ブレヒトとゲーテの英訳。連作リートという様式への憧憬を、英独米にわたり、時代も超克した選詩を通じて、両者の母語である英語で結び、音楽的にはロマン派とメルドー・ジャズの語法を融合した不思議な趣を遊興する。作曲者いわく、「男声とピアノによる本歌曲集は、ポスト#MeTooのポリティカルな時代における性的自由の限界を糺すものだ」。

 両雄はそれぞれの美学と存在感を足元で保ちつつ、デュオとしての自然な息づかいを不穏な緊張感のうちに交わし、古来の主題に寄せる新しい時代の省察を謳い上げている。〈温新知古〉とでもいうべきか、宙づりの時空を漂泊するように、濃密な詩世界を潜り抜けていくのだ。表現者としての不断の執拗さが、両者の個性的な芸術様式を、普遍的な命題のうちに堅く結び合わせている。

 あとに併録された5曲では、シナトラの愛唱曲を含むスタンダードの新解釈でボストリッジが風変わりな質感を醸し出すとともに、シューベルトの“夜と夢”では随一のドイツ語歌唱もしっくりと聴かせ、長いアンコールとも言える余情をユニークに掻き立てていく。