INTERVIEW

クラブ界の異端児・ハーバートが一周回って手に入れた、いつになく周囲への温かな視点で描いたポップなハウス・アルバム

ハーバート 『The Shakes』 Pt.1

喜び、怒り、悲しみ、希望、使命感――あらゆる感情と世界の音をシェイクしたら、ポップな旋律が溢れ出した! 今度のマシュー・ハーバートはひと味違う!

 

 

幸せを実感できること

 多彩な名義を使い分けて作品を量産するクラブ・シーンきっての奇才、マシュー・ハーバート。一口に〈奇才〉と言ってもさまざまな種類があるものの、日常の生活音を作品に用い、反グローバリズムを掲げてメッセージ性の強い作品を発表する彼のイメージは、〈風変わりな堅物〉というのがもっとも近いのかもしれない。特にここ数年は、それぞれ人(自分自身)/クラブ/豚をテーマに作品に仕上げた〈One〉3部作や、リビア空軍の爆撃音を使った『The End Of Silence』などで実験性を前面に。一方でオペラや舞台音楽も手掛けるなど、その異端っぷりにますます拍車がかかっていた。それだけに、〈そろそろど真ん中のダンス・ミュージックが聴きたい〉と思うリスナーも、多かったんじゃないだろうか? そんな気持ちを知ってか知らずか、彼は2014年に入ると、90年代に展開していたクリック・ハウス~ディープ・ミニマル系の12インチ・シリーズ〈Parts〉を再開してダンス・モードに突入。そしてハーバート名義としては約9年ぶりとなるニュー・アルバム『The Shakes』は、彼の作品では本当に久しぶりに、全編でヴォーカルをフィーチャーした直球のハウス作品になった。

HERBERT The Shakes Accidental/HOSTESS(2015)

 「ロシアとドイツでオペラや舞台音楽に携わる1年を過ごしたこともあって、今回は個人的な意向で音楽を作りたかったんだ。それに前作『The End Of Silence』は爆撃を受けたカメラマンの話がもとになったし、その前は豚が切り刻まれる話で、僕は長い間暗い作品ばかり作っていた。だから今回は〈自分が幸せを実感できることは何か〉を考えたんだ」。

 オペラなどの仕事を終えた彼は、家族とゆっくりオフを過ごし、その後1か月で60曲を制作。エイミー・ワインハウスなどのコーラスを担当したアデ・オモタヨと、マシュー・ハーバート・ビッグ・バンドの2008年作『There's Me And There's You』にも参加したヘジララヘル・デビビ・デッサレーニ(2人は共に〈Parts〉の続編にも参加)をヴォーカルに迎え、インヴィジブルデイヴ・オクム(ギター)や、サム・ベスト(キーボード)、そしてクリス・ストール(トランペット)、ベン・キャッスル(サックス)、アリステイア・ホワイト(トロンボーン)のホーン隊を中心にした友人たちと、最終的に12曲を完成させた。また、本作では作品内で自分の子供への言及も。そこには格差社会化が進行するUKの現状と、そのなかで子供が育っていくことへの憂いが影響を与えたようだ。

 「〈自分が幸せを実感できることは何か〉と考えた時、子供が浮かんだけれど、最初はそれを歌うのはあり得ないと思った。けれど意図せずやってしまったんだ(笑)。というのも、自分が小さい頃はあたりまえだったもの――この国の医療/教育制度、経済や環境、良識の感覚、多文化――が、いまは存続の危機にある。僕は無意識にそれを子供の目で見てしまう。そうして、子供たちが作品に登場することになった」。 

 〈あのハーバートが子供をテーマに?〉とやや驚いたものの、つまりこの『The Shakes』は、ここ数作でより強めていた社会風刺的な内容を、彼自身の生活や感情に基づいた等身大の視点で描いた作品だ。では一方、同じくハーバート名義でヴォーカルを導入した『Bodily Functions』や『Scale』と比べると、彼はどんな違いを感じているのだろう?

 「大きな違いを感じるよ。最初のアルバム(『100lbs』)はほとんど僕一人で作ったけど、『Bodily Functions』ではホーンやダブル・ベース、ジャズ・ミュージシャンなど関わる人が増えた。その後の『Scale』ではさらに増えて、80人編成のオーケストラも参加した。でも今回はミュージシャンもギタリスト、ピアノ、3人のホーンと僕を中心にしたシンプルな構成だ。つまり、より親密なものに立ち返ったんだ」。

 

僕の創造をかきたてるもの

 アルバムは7分超えの“Battle”で始まると、ラヘルの歌声が軽やかな余韻を残す“Middle”や祖父のピアノなどを使用した“Smart”を筆頭に、表向きはいつになくカラフルでポップ。しかし耳を澄ませば、UKの抗議デモの音声を使った“Strong”、ネット・オークションで競り落とした使用済みの銃弾などを(楽器として)使った“Safety”など、ひねくれたハーバート・サウンドが随所に顔を出す。また、「YouTubeに上がる(非公式の)動画が曲のイメージに合っていないことが多いから」と、今回は全曲分の映像を制作し、それを楽曲と共に発売日に向けて順次公開。それぞれの曲が映像と連動して徐々に作品の全体像を浮かび上がらせる、彼らしい遊び心も加わった。なかでも重要なのは、最終曲の“Peak”。ここには共にビョークの楽曲を手掛けた朋友にして、2014年に亡くなったLFOマーク・ベルも参加予定だったそうだ。

 「“Peak”はギリシャの火山島、サントリーニから飛び立つ飛行機の中で書いた。友人が結婚式を挙げてね。そこに別れを告げて火山の上空を飛んでいる時に、日が沈みかかってきて、ジーンとくる瞬間だった。結婚式は愛に溢れていて、同時に飛行機は激しく揺れていて、〈生きている〉という実感が湧いたんだ。この曲のリズムはTR-909で作った。僕にとって909の王はマーク・ベルだから、彼にプログラミングを依頼した。でも、制作中に彼は他界してしまってね。だから僕にとってこの曲は作品のすべてを象徴している。生命、愛、危険、死、結婚、陽光、闇、すべてを兼ね備えた曲だ」。

 それをキャッチーで馴染みやすいサウンドへと昇華しているのは、恐らく、問題もあれば楽しいこともある、人生の機微を表現したからこそ。『The Shakes』というタイトルにも、歳を重ねるごとに良くなる自分の状況と、一方で悪くなる世界情勢との間で揺れ動く彼の気持ちが表現されている。そう、クラブ界の異端児が一周回って手に入れたポップなハウス・アルバムには、いつになくストレートな周囲への温かな視線が詰まっているのだ。

 「僕にとって創造することは2つのことを象徴している。ひとつはこの世の中がきっと良くなると信じる楽観性。もうひとつは世界にぽっかり穴が空いていて、そこを埋めなきゃいけないという思い。その2つの組み合わせが、僕を創造へと掻き立てるんだ」。

【参考音源】ハーバートの2014年のEP『Part 7』
タワーアカデミー
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