豪華なゲストと繰り広げる漆黒の異世界

 またジョビンか。そう思ったあなたを責めるつもりはないが、ボサノヴァには食傷気味だと感じていたとしても、本作はぜひ聴いてもらいたい。なぜなら、ヴィニシウス・カントゥアリアが表現するのは、陽光まぶしいリオ・デ・ジャネイロの浜辺ではなく、心の内にしか存在しない漆黒の異世界なのだから。

 カエターノ・ヴェローゾ、アート・リンゼイ、ビル・フリゼール、ブラッド・メルドーと、これまでに関わってきたミュージシャンを列挙するだけでもわかるとおり、ヴィニシウスはオルタナティヴなサンバやボサノヴァを追求してきたシンガーソングライターである。よって、日本のレーベル、ソングエクス・ジャズで企画され、来日時に東京で録音されたという本作において、アントニオ・カルロス・ジョビンという巨人と真っ向から対峙するのは、彼のキャリアにとっては意外でもあり、また大きな挑戦だったのではないだろうか。

VINICIUS CANTUÁRIA 『Vinicius Canta Antonio Carlos Jobim』 SONG X JAZZ(2015)

 だが、沢田穣治のコントラバスが寄り添って厳かに始まる冒頭の“Ligia”を聴いた瞬間に、その試みが成功だったことがよくわかる。歌とギターと控えめなパーカッションを軸に、シンプルかつ緻密なアレンジで、ジョビンの楽曲が持つメランコリアを丁寧に抽出していく。彼の手にかかれば、誰もが知っている“Garota de Ipanema”もリズミカルな“So danco samba”からも、けっして青空は見えず、星すらない闇夜のリオ・デ・ジャネイロに連れてこられたような感覚になる。なかでも、メロディ・ガルドーとのデュエットによる“Insensatez”は白眉。ガル&カエターノの名盤『Domingo』が午後のまどろみだとしたら、こちらは真夜中のダイアローグといったところか。

 他にも、坂本龍一が静かにピアノを響かせる“Por causa de voce”や、珍しくジョイスが憂いのある歌声を聴かせる“Caminhos cruzados”など豪華なゲストと絶妙な選曲にも目を奪われるが、かえってそれが孤高の歌うたいの揺るぎない個性を浮き彫りにする。そして気が付けば、聴く者のジョビン観さえも変えられてしまうのだ。

 


LIVE INFORMATION
来日公演が決定!

2015年9月8日(火)~9月10日(木)コットンクラブ東京
出演:ヴィニシウス・カントゥアリア・カルテット
Vinicius Cantuaria(ボーカル/ギター)/Helio Alves(ピアノ)/Paul Socolow(ベース)/Adriano Santos(ドラムス)
http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/vinicius-cantuaria/