荒波を越えて海の向こうへ打って出るべく、ついにBAKEMONOへと進化した5人。〈メタル〉という自身の軸はそのままに、よりハイブリッドな広がりを持つモンスター・アルバムの登場だ!

 

大きな意味でのロック作品

 極めて攻撃的で重厚なメタル・サウンドを武器としながらも、型に囚われない柔軟さを持ち合わせた5人組、HER NAME IN BLOOD(以下:HNIB)。コンスタントな音源発表と精力的なライヴ活動が続くなか、このバンドに対する世の認知は着実に深まりつつあるが、それを決定的なものにするであろう新作が完成した。題して『BAKEMONO』。そう、バケモノである。

HER NAME IN BLOOD BAKEMONO ワーナー(2016)

 「このタイトルについては、日本語のまま世界に知られるような言葉になればいいな、という狙いがあって。インディーズ時代も含めればアルバムも今回で3枚目。ただ、これはメジャーでのファースト・アルバムでもあるし、大きな舞台に出てきて最初のフル・アルバムなんで、とにかく気合いの入ったものにしたかった。同時にバンド自体のモードとして、〈海外に出ていきたい〉という気持ちがより強くなってきていて、これから海を越えていろんなところに闘いに行く、という意味も込められてるんです。これまでも僕らの作品タイトルには〈BEAST〉とか〈APES〉とか、モンスターめいた言葉が掲げられてきましたけど、今回はまさにその決定的なものというか」(Makoto、ベース)。

 そして実際、新作はこの表題が似合ってしまう作品なのである。強力なバンドや作品について語るときに、〈モンスター〉とか〈怪物〉といった言い方をすることはよくあるが、これはまさに、それらの総称としての〈バケモノ〉なのだ。そんな今作で彼らがめざしたのは、自分たちなりの世界の広がりを体現することでもあった。しかも、HNIBとしての芯を失うことのないままに。

 「前回、EPの『Evolution From Apes』を作ったときに“Last Day”と“Down”という新曲が生まれて(この2曲は今作にも収録)、それによってレンジの広がりを実感したんですね。今度はそれを経ながら、もっと大きな捉え方をしたロック・アルバムを作りたいという思いがあって。メタルではあるけど同時にロックンロールでもあったり、ハードコアでもあったり。僕ら自身いろんなものが好きなんで、それをちゃんと吸収した、大きな意味でのロック作品にしたかった。そして実際、そういうものが出来たと思ってます」(Daiki、ギター)。

 「ただ、ジャンル感を広げるというのとは少し違っていて、あくまで自分たちの芯を残しつつ、楽曲のレンジを広げたいという感覚で。そこで全員の共通認識としてあったのは、たとえば各曲の聴きどころをより明確にすること。そのために必要なものや不要なものを見極めるポイントというのも、5人のなかで重なってきていたし」(Makoto)。

 DaikiとMakotoはこのバンドのソングライターでもあるが、両者の役割分担めいたもののあり方が、そのまま今作における楽曲の多様さに繋がっているとも言える。

 「Daikiはこのバンドの核になるべきストレートな曲を書いてくることが多い。僕は逆にそういうものが書けないので、それに対するカウンターというか、その周りを囲っていくような曲を考えていく傾向があって」(Makoto)。

 「これぞHNIB、という曲を書くのは自分の役割だと思ってます。逆に、それまでになかったような雰囲気の曲とかはMakotoが持ってくることが多い。そこがいいバランスになってるのかな」(Daiki)。

 そうした多様な楽曲群をHNIB然としたものにしているのが、圧倒的存在感を誇るフロントマン、Ikepyの歌声であることは疑う余地もない。彼自身、本作ではシャウトするパートが皆無に近い“All This Pain”や、かつてないほど明るい空気感を伴った“Lonely Hell”など、ヴォーカリストとしてのチャレンジの度合いが大きな曲がいくつかあったことを認めている。

 「いろいろな曲に鍛えてもらってる、という感じですね(笑)。常に広がりを求められてるというか。ただ、今回はシャウトを減らそうとかそういう考え方をしてるわけではなく、たとえば“All This Pain”で歌うことに徹してるのも、メロディアスな歌を乗せたら気持ちいいだろうな、と思えるコード進行だったからでしかないんです。正直、ここまでシャウトのない曲に仕上がるとは誰も想定してなかったはずで」(Ikepy)。

 

メタルを聴くきっかけに

 こうした発言からも、彼らの音楽的な広がりがごく自然なもので、しかもその広がりのあり方が個々の表現者としての成長にも直結していることがわかる。そして、そうした彼らの音楽の強力さを誰よりも客観的に言い当てたのが、今作のミックスに関わったトム・ロード・アルジケイン・チャーコといったアメリカの著名エンジニアたちだ。なかでもトムは、彼の元に送られた音源について〈重荷を積んだ貨物列車に轢かれるようなパワーと強烈さを持ち合わせたもの〉と形容し、さらには〈トリックを何ひとつ使っていないのに信じられないほどタイトなパフォーマンス。これほどの音源のミックス依頼を受けるのは、そうそうあることではない〉とまで語っている。

 そんな説得力十分なニュー・アルバムを引っ提げて、日本に生まれ育ったバケモノたちが世界へと闘いの場を広げていく。すでに11月から12月にかけては初の欧州ツアーも決定しており、3週間半ほどの間に20本以上のライヴを消化することになる。しかし彼らはそこで、まるで萎縮もしていなければ不安も抱えていない。

 「ずっと願ってきたフィールドにやっと出ていける。闘う準備はずっとしてきたつもりだし、いまは不安というよりも、武者震いが止まらない感じですね」(Makoto)。

 「ヨーロッパは初めてなので想定できないことも多いけども、いろんなところに出ていきたいという気持ちが強まってるし、それも自信の表れだと思う。食事とかについては心配だけども(笑)。今回のアルバム自体、基本的にはとにかく激しいものなんだけど、そこからいろんなファン層に発信していけるものになってると思うし、いままでHNIBを観たことのない人たちの前でも演ってみたい。その人たちが激しい音楽、メタルを聴くきっかけとかになれたら嬉しいですね」(Ikepy)。

 HNIBが俺たちのルーツ――そんな言葉を口にするバンドが登場するのも、さほど遠い未来のことではないのかもしれない。そしてその頃には、バケモノが世界共通語になっていることだろう。