(左から)和久利泉、真舘晴子、片寄明人、渡辺朱音
 

2010年に都内高校の軽音楽部で結成され、現在インディー・シーンのなかで飛躍が期待されている3ピース・ガールズ・バンド、The Wisely Brothers(以下、TWB)が、ミニ・アルバム『シーサイド81』(2016年)ぶりとなるニューEP『HEMMING EP』をリリースした。片寄明人(GREAT3/Chocolat & Akito)をプロデューサーに迎えた同作は、キュートで透明感あふれる歌声とポップなメロディー、音数を削ぎ落としたシンプルなアレンジが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやペイヴメント、スリッツ、パステルズといった古今のインディー・バンドたちを彷彿とさせる。その一方で、サウンドは意外にも骨太で、特にロウ(低域)の作り込みは昨今のビート・ミュージックにも通じるところがある。そのあたりはceroや石野卓球の作品などを手掛ける気鋭のエンジニア、得能直也に依るところが大きいのだろう。なお、マスタリング・エンジニアには、ビョークやシガー・ロスを手がけたマンデイ・パーネルを起用している。

今回、プロデュースを担当した片寄は、〈3人のキャラクターの絶妙なバランス感覚や、バンドのデコボコとした演奏をそのまま活かすことを心がけた〉と振り返る。自身も長らく3ピース・バンドを率いてきた彼は、TWBをどのようにプロデュースしたのだろうか。今回Mikikiでは、TWBの3人と片寄との座談会を実施。TWBのライヴを観るやいなや片寄が魅了されたという出会いや、レコーディング現場で起きたまっすぐな成長について語ってもらった。

★The Wisely Brothersのミニ・アルバム『シーサイド81』についてのインタヴューはこちら

The Wisely Brothers HEMMING EP ラストラム(2017)

いわゆる〈インディー・ポップ〉とは少し違う、聴いたことのない音楽

――みなさんはどんなキッカケで知り合ったのですか?

片寄明人昨年6月にシャムキャッツが開催した〈EASY TOUR 2016〉の東京公演に、KIRINJやどついたるねん、Taiko Super Kicksらと並んで僕らGREAT3とTWBも出たんです。TWBがいちばん若手だったのかな。会場の恵比寿LIQUIDROOMには禁煙の控室が1つだけあって、その狭い空間にいたのが僕と彼女たちだけだった(笑)。あとからKIRINJIの(堀込)高樹くんも来たけど、出演者のほとんどが喫煙者だったんだよね。で、彼女たちが控室に置いてあったお弁当に異様に興奮していて」

全員「ハハハ(笑)!」

片寄「あまりに喜んでいるから、思わず話しかけちゃったんだよね。お弁当で、あそこまで感動できるって良いなあと思って、そこでまず気になっちゃった(笑)。それと、その日は各バンドの出演前に、ゆかりのある人たちが選曲したBGMを流すことになっていて、TWBが出演する前の音楽がすごく良かったんですよ。マルコス・ヴァーリやネット・ドヒニーが流れていて。それで選曲者を確かめたら、ヴォーカルの(真舘)晴子ちゃんのお父さんの名前が書いてあった」

――晴子さんのお父さんは、Manhattan Recordsのロゴ・デザインなどを手がけたアート・ディレクター/グラフィック・デザイナーの真舘嘉浩さんなんですよね。

片寄「そう。それで、これは絶対にライヴを観なきゃと思って観たら、本当に素晴らしかった。僕がインディー・ポップに求める要素を持ちながら、いわゆる〈インディー・ポップ〉とは少し違う、聴いたことのない音楽を奏でていたんですよね。晴子ちゃんの声にも特徴があるし、メロディーの乗せ方も独創的。〈なんだこりゃ?〉と気になって、聴いているうちにどんどんクセになっていきました」

2016年のミニ・アルバム『シーサイド81』収録曲“メイプルカナダ”
 

――そのあたりの音楽性はどんなふうに培われたんでしょう?

真舘晴子(ギター/ヴォーカル)「父が音楽好きで、生まれたときから音楽に囲まれてはいたんですけど、だからこそ音楽に対して特に意識してこなかったんです。〈このバンドが好き〉とかそういうのもなく、ようやく最近になって自分がバンドをやっていることに自覚が芽生えてきた(笑)。それでやっと、〈あ、こういう音楽が自分は好きなんだ〉とわかってきました」 

――それはおもしろいですね。あとから答え合わせしていくみたいな。

真舘「だから、バンドを始めたのもこういう音楽を作りたいというのがあったわけじゃなくて、この3人で集まって〈よし、じゃあ何か作ろう〉みたいな。料理を作るような感じで作りはじめたのが、初期の楽曲なのかなと思います」

2014年のミニ・アルバム『ファミリー・ミニアルバム』収録曲“トビラ”
 

片寄「3人が持っている空気がまた独特なんです。なんて言ったらいいんだろう……男の子の世界にはなかったような〈青春感〉みたいなものがある」

――それは〈女子校っぽさ〉とも違う?

和久利泉(ベース)「あ、それは言われたことがあります。でも、〈ブラザーズ〉と名乗っているくらいなので(笑)、いわゆる〈女子グループ〉とは違う気でいるんですよ」 

片寄「こんな雰囲気のバンドって、僕はいままで見たことないかもしれない。キャラ立ちも独特だし、それぞれまったく違うものを持っているけれどバランスもちゃんと取れている。僕らもGREAT3というスリーピース・バンドをやっていて、彼女たちとは全く違うけど、やっぱり独自のバランスで成り立っているから、TWBを観たとき〈このバンドはすごく良い関係性だな〉と思ったんです」

GREAT3の2014年作『愛の関係』収録曲“愛の関係”
 

――プロデュースの話がきたときにはどう思いました?

片寄「ビックリしましたね。〈EASY〉のあともずっと好きで聴いていたので。ただ、お話をいただいたときに〈彼女たちはどういうふうになりたいのかな?〉と思いました。とにかく、未完成だったり不完全だったりするところがTWBにはたくさんあって、僕はそこが良いなと思っていたから、その部分をキチンと整えて、いわゆる売れ線のJ-Popガールズ・バンドへとビルドアップするプロデュースを期待されているのだったら、僕じゃないほうが良いだろうなと思ったんです。でも、彼女たちのマネージャーと話して、〈そこをめざさなくっても大丈夫です!〉ということだったので、だったら僕がやる意味があるなと思って、お引き受けしました」

 

このキラメキに気付けるのは、きっと僕だけだろうと確信した

――実際のレコーディングはどのように進んでいったのでしょうか。ある程度デモが出来上がった段階で、片寄さんに聴いてもらったんですか?

渡辺朱音(ドラムス)「いえ、アイデアをカタチにできなくてどうしよう……というところから手伝ってもらいました。まず、カケラとさえ言っていいのかわからないくらい未完成なデモ素材をお送りして」

片寄「3、40個くらいの〈カケラ〉を聴かせてもらったんですけど、まあ衝撃的でしたね」

全員「フフフ(笑)」

片寄「これまでいろんなプロデュース・ワークをやってきたし、さまざまなデモテープを聴いてきたんですけど、TWBの〈カケラ〉はなんて言うか……曲によっては〈気が違った人の音楽〉としか思えないようなフリーキーなモノもあって(笑)。結果的に“アニエスベー”という曲になったカケラにいたっては、謎の打ち込みビートの上で晴子ちゃんが歌っているだけで楽器はなし。もちろん構成もメチャクチャで」

――ハハハ(笑)。本当にスケッチのスケッチみたいな感じだったんですね。

片寄「でも、僕はそれらを聴いたときに、たくさんのキラメキが埋もれているなと思ったんです。そして、〈このキラメキに気付けるのは、もしかしたら僕だけかもしれない〉と確信しちゃったんですよね。彼女たちがやりたいのはこういう音で、そこへ近付けるために〈こうしたらいいだろうな〉というのがなんとなくわかったし、どうすればみんなが喜ぶ楽曲になるかがちゃんと見えた」

和久利「あのカケラを片寄さんにお渡しして、後日に打ち合わせすることになったんですけど、私たちは〈どうしよう……きっと怒られる〉と思っていたんです(笑)。そうしたらあのカケラを全部聴いてくださって、そのうえリストに○印まで付けてくださっていて。そのときに片寄さんからミックスCDを頂いたんですよ。それを聴いたときに、〈どうして私たちのやりたいことが分かったんだろう!〉 と感激してしまいました」

片寄「彼女たちのカケラからインスピレーションを得た楽曲をミックスCDにして渡したんですよ。最近の音は結構聴いてそうだったので、古めのもの中心にドリー・ミクスチャーやXTC、ESG、ヤング・マーブル・ジャイアンツ、レイチェル・スウィートなどをいろいろ入れてね」

片寄が作成したミックスCDのトラックリスト
 

渡辺「好きな曲ばっかりでした。自分たちでは完成形が全然見えてなかったんですけど、すごく〈こういう感じ!〉と思ったんです」

――楽曲のアレンジは、まず片寄さんが考えたんですか?

片寄「いや、全然。4人で一緒にスタジオに入って、音を出しながらみんなで作っていきました。“サウザンド・ビネガー”はほとんど完成していましたけど、それ以外の3曲はカケラの状態から始めましたね。で、スタジオに入ってみてわかったのが、3人とも〈コード進行〉という概念すらないんですよ(笑)」

――え! じゃあ、いままではどうやって作っていたの?

片寄「あははは。そう思いますよね」

和久利「晴子が(ギターを)弾いているのを横から凝視して、ここを押さえればいいのかみたいな」

片寄「晴子ちゃんがCのコードを押さえているから、泉ちゃんはルート音のドを弾くとか、そういうこともわかっていなかったんです。だから、最初はもう不協和音の嵐」

全員「ハハハハ(笑)」

真舘「これまでは、とにかくみんなでひたすら演奏して、アイデアを振り絞りながら作っていましたね」

渡辺「1曲1曲をギリギリの状態で作っていました(笑)」

片寄「最初はリズムもめちゃめちゃだし、ただひたすらノイズがワーって鳴っている感じ。でも、不思議とそれがだんだんカタチになってくるんだよねえ」

――じゃあ、なるべくアレンジには口を挟まず、彼女たちのなかからアイデアが出てくるのを待っていたのですね。

片寄「そうですね。もっとも心配していたのは、僕がプロデューサーとして入ったことで、妙にまとまってしまうことだったんです。このバンドは本当に微妙なバランスで成り立っているから、下手に口を挟んだらつまらなくなってしまう可能性は、ものすごく大きいと思った」

――なるほど。

片寄「例えば“サウザンド・ビネガー”は基本的にはシンプルなコードでできているんですけど、1箇所ものすごく複雑な響きがあるんですよ。いままで聴いたことのないコードの響きだったから、晴子ちゃんの指を見たら、よくわからない分数コードでね(笑)。でもそこが胸にグッとくるんですよね。たとえ理論的に間違った音でも魅力的だったら、あえてそこを強調する。すべてにおいてそんな作り方をしていきましたね」

和久利「例えば授業参観とかで、親が後ろで見ていると、いつもはわからないような問題も解けたりするじゃないですか。片寄さんがスタジオで見ていてくださると、自分ひとりだったら思いつかないようなフレーズが出てきたりして。自分が思いついたものが、そこにピタッとハマってく感じがすごく気持ち良かったです。ひとつひとつのプロセスに自信を持ちながら、曲作りができました」

片寄「楽しかったけど時間はものすごくかかったね。予定の2倍くらいリハスタに入ったんじゃないかな(笑)」

――サウンドの質感について、参照点になった作品などはあったのでしょうか?

片寄「そうですね。彼女たちのプロフィールに〈スリッツが好き〉と書いてあって、TWBの音楽にスリッツからの直接的な影響は感じなかったけど、ああいうプリミティヴなガールズ・バンドがデニス・ボーヴェルのプロデュースでダビーな質感のアルバムを作って……というイメージは、彼女たちに通じていて良いなと思った。だから、TWBはインディー・ポップの3人組なんだけど、サウンド的にはヒップホップやクラブ・ミュージックを好きなリスナーが聴いても〈おっ?〉と思うような質感にしたいなと。得能(直也)くんをエンジニアに起用したのも、それが理由です。彼はceroや石野卓球の一連の作品で腕を揮っていて、最近リリースされた電気グルーヴの『TROPICAL LOVE』なども手掛けているんですよ」

デニス・ボーヴェルがプロデュースしたスリッツの79年作『Cut』収録曲“Typical Girl”