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クリス・ブラウン『Heartbreak On A Full Moon』 怒濤の45曲を通じて、希代のソングスターが伝えたかったこと

【特集:RETURN OF SONGSTARS】Pt.1

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  • 2017.11.30

RETURN OF SONGSTARS
[ 緊急ワイド ]R&Bに浸る秋と冬

★Pt.2 ELIJAH BLAKE『Audiology』
★Pt.3 DEMETRIA McKINNEY『Officially Yours』
★Pt.4 BRIAMARIE『432』
★Pt.5 112『Q Mike Slim Daron』
★Pt.6 ERIC ROBERSON『Earth』『Wind』『Fire』
★Pt.7 ディスクガイド

 


CHRIS BROWN
怒涛の45曲を通じて、この男は何を伝えようとしている?

 

 大概の商業音楽をある程度は自由に聴くことができるようになった結果、リスナーにとってもっとも不足しているものが金よりも時間になった昨今。時間がないからもはや他人の指標を辿っている暇もなく、好きなものを好きな順に聴いているだけでも時間が吹っ飛んでいくわけだが、そんな状況に2時間40分という尺のアルバムを投入してくるというのはとんでもない時間泥棒であって……いろんな意味で聴く前からお腹いっぱいになってしまう人もいるのではないだろうか。誰も止めなかったのか、もしくはアルバムという形態にそこまで深い考えがないのか、聴く側もそこまで気にする必要はないのか、あるいはそうであっても彼にはどうしてもこの形にしたい理由があったのだろうか。ともかくクリス・ブラウンの通算8作目となるニュー・アルバム『Heartbreak On A Full Moon』は、2枚組で全45曲という大ヴォリュームでのリリースとなった。

CHRIS BROWN Heartbreak On A Full Moon CBE/RCA/ソニー(2017)

 

硬軟自在なスタイル

 クリス・ブラウンについては前作『Royalty』(2015年)のリリース時も含めてアルバムが出るたびに何かしらの記事を掲載してきているから、そのキャリアをここでいまさら丁寧に振り返る必要はないだろう。ただ、新作に先駆けて公開されたアンドルー・サンドラー監督によるドキュメンタリー作品「Chris Brown: Welcome To My Life」(日本でも字幕付きで配信されている)は改めて彼の足取りを再認識してもらうのに格好の材料かもしれない。同作品は成功を謳歌する最中で引き起こした当時の恋人リアーナへのDV事件とその余波、その後も続いたトラブルとゴシップまみれな日々を物語の核に据えつつ、スターダムから転落したスターが再起するまでを描いたドキュメンタリーとなっている。

 映画はDV事件の執行猶予が満了となり、愛娘の誕生をきっかけにポジティヴに立ち直っていくことを示唆して終わる。つまり、多くの代償を払った過去の経験から愛娘を抱いてジャケに写る『Royalty』までの内面の変化を、クリス本人なりに改めて客観視できるようになったことを示す内容というわけで、まさしく今回の新作『Heartbreak On A Full Moon』の前段階として触れておくのに相応しい内容というわけだ。

 そのようにクリスの改心のプロセスが埋め込まれた前作『Royalty』のリリースは2015年の秋。同作からはゴージャスなリミックス展開も話題になったアーバン・メロウな“Back To Sleep”がチャート上での成功も収め、80s風のディスコ・ポップ“Zero”や“Fine By Me”のようなダンス・トラックがシングル・カットされている。一方でアルバム以降にはベニー・ベナッシと連名でのダンス・トラック“Paradise”も発表しており、相変わらず単純にトレンドを脱ぎ散らかすのではない万能型の才能を見せつけてきた。

 並行して客演王としてのフットワークの軽さも失わないクリスは、昨年から今年にかけてだけでも……ゼンデイヤの“Something New”やDJドラマ“Wishing”、プリンス・ロイス“Just As I Am”、ワレイ“Heaven On Earth”、ジェレマイ“I Think Of You”、ウィズキッド“African Bad Gyal”、グッチ・メイン“Tone It Down”などに次々フィーチャーされ、もちろんカニエ・ウェスト“Waves”やDJキャレドの“Do You Mind”、ミーク・ミル“Whatever You Need”、フューチャー“Pie”などのヒットにも寄与してきている。こうした供給過多になるのも現代的なスターの大変なところではあるだろうが、そうしたなかにあって昨年5月に発表した自身の“Grass Ain't Greener”こそが今回の新作に向けての実質的なキックオフとなったのだった。

 その“Grass Ain't Greener”はもはやシーンにおいて規定演技のようになったトラップ仕立てのアトモスフェリックなミディアムで、T・マイナス系列で活躍したトロントのニキールがプロデュースを担当している。それに続いたシングルが同年末に発表されたクラブ・チューン“Party”で、よりバウンシーなこちらにはアッシャーとグッチ・メインを招聘。お定まりのスタイルに乗ることで却って主役のスムースな個性が浮き彫りになるのは言うまでもないが、日本人ダンサーのRIEHATAをフィーチャーした同曲のMVはクリスの本領発揮とも言える仕上がりになっていた。

 そして今年に入って登場したのが、 レッド・ラットのレゲエ・ナンバー“Tight Up Skirt”を引用しながら先述の“Back To Sleep”にも通じる伸びやかなミディアムに仕立てた“Privacy”で、さらに8月のトラップ・チューン“Pills & Automobiles”ではヨー・ゴッティとブギー・ウィズ・ダ・フーディ、コダック・ブラックとマイクを回してラッパー然とした得意のスタイルも披露。硬軟自在に魅力をアピールする頃にはアルバムの異常なヴォリュームも明かされていた。そうやって完成されたのが今回の『Heartbreak On A Full Moon』というわけである。

 

サウンドを選ばない歌唱の魅力

 全45曲ということでもっとカラフルな万能性の発露を狙った作品になるのかとも思っていたが、実際の中身を聴けばわかるように前々作『X』(2014年)と『Royalty』の流れに連なるアーバン主導の打ち出しがなされている。それはアトモスフェリック系のR&BもトラップもチルなEDMも同じ空気を共有することになった現行ポップ・フォーマットの流れゆえの感想でもあるわけで、聴く人によってはいつも以上にポップに寄せたように響くかもしれない。ただ、そうでなくても、例えばトロピカル・ハウス調の“You Like”とマイケル・ジャクソン風のメロウな節回しを聴かせる“Nowhere”が続いてもまったく違和感がないのは確かで、狙わずしてアルバムに時代の空気の共有という意味での統一感が流れているのは明らかだろう。

 先述の『X』や『Royalty』からの流れとしてもうひとつ挙げられるのは、相変わらずアイデア豊かな先達へのオマージュ/サンプリングだ。90年代から2000年代初頭にかけての名曲リサイクルはR&B/ヒップホップ全体の傾向として顕在化しているが、今回のクリスは直近のシングル“Questions”でケヴィン・リトル“Turn Me On”(原曲は112の“All My Love”でもあるのだが)を大胆に引用してレゲエ~ソカのカリビアンなトレンドにもアプローチ。かと思えばレイニー・スチュワート(あの?)制作の“Even”ではマイケルの“Remember The Time”を丸ごと歌い込んでもいる。さらにアルバム序盤のキャッチーなハイライトとなるポロウ制作の“Juicy Booty”ではエムトゥーメイ“Juicy Fruit”をベタ敷きしながら2パック“California Love(Remix)”も引用することで、言わずもがなノトーリアスBIGの存在をも連想させるという寸法だ。

 同曲には互いの新作でのお返し参加となるジェネイ・アイコ、何度目かのコラボとなるR・ケリーも登場しているが、フレキシブルなラップと歌を渾然にして振る舞う(いまさらな記述ではあるが……)今作での軽やかなクリスの歌唱からは往年の〈キング・オブ・R&B〉の革新性を否応なく思い出すという人も多いのではないか。それ以外のゲスト陣としては、スウィフDによるボトム・ヘヴィーな“Handle It”に参加のデージ・ローフとリル・ヨッティ、リッチー・サウフ制作の“High End”に駆けつけたフューチャー&ヤング・サグ、ボートラ扱いの“Only 4 Me”に登場したタイ・ダラー・サインとヴァース・シモンズがいる。曲の多さのわりに客演がそう多くないことを思うと、今回のクリスの狙いはそこではなかったということだろう。

 45曲に通底するヴィジョンがあるのかは正直わからないし、それがなくてはいけないわけではない。楽曲それぞれが放射状に個性を発揮しているというわけでもない。それでも全曲を束ねるのがサウンドの意匠を選ばない主役のヴォーカリゼーションであるのは間違いないだろう。R&Bの本質はバックの音ではなく歌に宿っている。クリスはそれをメインストリームで証明し続けているのだ。

 

『Heartbreak On A Full Moon』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

 

クリス・ブラウンの作品。

 

クリス・ブラウンの参加した近作を一部紹介。