チケットはソールドアウト寸前。混雑してきた開演前のフロアで、偶然知人編集者に遭遇した。しばらく談笑したのち、彼女は「やぎさん側で見ようかなぁ」と場所移動。うん、わかる、と思う。小柄な体にジャズマスターを抱え、狂おしい爆音を奏でるやぎひろみ(ギター)の存在は、ニトロデイの大きな魅力であり、いい年をしたロック好きを魅了するのに十分なインパクトを放っている。こんなギターを弾く女の子がいるのか、という驚きの裏には、当然のごとく〈まだ若いのに〉の枕詞が潜んでいるかもしれない。

バンドにとっては不本意な話だ。主題はあくまで音楽なのに、やれ10代だ高校生だと騒がれておもしろいはずがない。重ねていえば、〈若いのに〉とは〈頼りなく見えるのに〉と同義語でもある。じゃあニトロデイは演奏技術が抜群で、最初から100%オリジナルのバンドかと言えば……そうでもない、と言わざるを得なかったデビュー当時。これが4人にはもっとも不本意だったのだと思う。

ただ、未来はおろか明日のことすら見えていない表情の彼らが、グランジ風の殺伐とした爆音を叩きつけているさまは、だからこそ異様だった。小器用なビートで最初からパーティー空間を作れる若手とは根本の違う、安易な共感や分析を許さない拒絶の意思。それを象徴しているのが、言葉にならないモヤモヤをすべて楽器にぶつけ、苛立ちと息苦しさ、怒りそして喜びを表現するやぎひろみに見えた。エレキ・ギターの音色ひとつで身も心も持っていく怪物。そう形容できる姿も痺れるくらい格好よかったけれど、明らかに、何かが変わってきた。

 

ファースト・アルバム『マシン・ザ・ヤング』のリリース・ツアー初日。彼らのホームである関内BB STREET。そのステージに、〈まだ若い〉〈なのにギター・ソロが云々〉といった感想はまったく当てはまらなかった。ステージでは、ただ、4人によるロック・バンドが息をしていた。まるでひとつの生き物みたいに。

同じことはゲストで登場したドミコにも言える。さかしたひかる(ギター/ヴォーカル)と長谷川啓太(ドラムス)の二人組で、数年前は宅録とバンドの中間のような音を出していたが、こちらも新作『Nice Body?』でがらりと覚醒。ルーパーを使いながら低音のルートとカッティングを重ね、その上にさらなるリード・ギターをかぶせて、とんでもない音量のロックンロールを作り上げていく。ギター一本とは思えない音の壁。かと思えば一瞬で無音になり、さりげない呼吸で微妙にテンポやグルーヴが変わっていく。なるほどこれは二人だから成立する、二人きりで完結しているロック・バンドのかたちだ。

また、完結しつつも閉じた印象がどんどん薄まっているのがおもしろい。さかしたが意外に熱いMCを飛ばしたり、渾身の声を張り上げる瞬間も多数。これがいまのドミコの空気なのか。最初こそ〈ドミコとニトロデイって……どちらも無愛想、楽屋もまったく盛り上がりそうにない対バンだな〉と勝手に想像していたが、シンプル&アッパーな曲を連打した後半のアゲっぷりは圧巻。本編ラストの“ペーパーロールスター”で、ガレージ・パンクなリフがフロアを揺らしまくる様子は、かつてのまったりダウナーなドミコからは想像できないものだった。なるほど、バンドはつくづく生き物だ。

 

いよいよニトロデイ。一曲目“炭酸状態”はニュー・アルバムの曲だが、実は2年前の初音源『16678』にも収録された彼らが高校時代からのナンバーでもある。真夏の夕立に溶かされ、まだ何者でもない自分が雨の中に消えていくようなイメージを描く歌詞。それでもいまの4人にその脆さは感じない。堂々と前を見据えて歌う小室ぺい(ヴォーカル/ギター)、彼のメロディーとは別の旋律を大胆に奏でていくやぎの存在感は前述のとおり。と同時に、松島早紀(ベース)のコーラスの比重がぐっと増えた。小室の歌は正直まだ不安定、声量のコントロールも危なっかしいところがあるが、彼女のコーラスがそれを支え、違う色を添え違う風を吹かせていく。その意味で、やぎも、松島も、いまでは小室と同じフロントマンのように見える。

そして、やぎと松島が岩方ロクロー(ドラムス)のほうを向き、3人がアイコンタクトを交わす回数が何より増えた気がする。たったそれだけのことが演奏を大きく変える。それぞれは何者でもない個人かもしれないが、いまは4人でニトロデイだ。そういう自信や拠り所のようなものが音に表れているから、センターの小室は堂々と客の顔を見ていられるのだろう。同じ会場で『青年ナイフEP』のレコ発ライヴを観たのは2017年の夏だが、当時とは背筋の伸びも首の角度もまったく違っていることに気づく。この日演奏中にヘッドフォンをしていたのはイヤモニ代わりとのことだが、要するに、ちゃんと歌いたいのだ。とにかく大音量で塗りつぶせという段階はとうに終わっているようだ。

もっとも変わったのは演奏力。呼吸を合わせながら曲の温度を微調整していくような、丁寧な心を感じるプレイだ。できたての新曲を前半に挟みながら、改めて『マシン・ザ・ヤング』の内容を再確認していく中盤。“カリビアン・デイドリーミン”から“グミ”、そのまま“ジェット”に至る流れは、一瞬のタメだとか、サビで微妙に変化するリズム・パターンだとか、轟音の一言では収まらないニュアンスが大事になってくるのだが、どれも驚くほど綿密だった。4人が視線を絡ませ、ここで平熱から半度上げ、ここからは微熱ゾーン、さらに一度上げて一気に高熱へ……と楽曲の体温をコントロールしているのがわかる。あるいは、曲の温度と自分の感情をまったく同じものとして操っている。だから、いい意味で、やぎのギターが目立たなかった。それが突出して異質なものとは聴こえてこない。たとえば“フライマン”のラストで炸裂する彼女のギターは背筋が震えるほどエモーショナルだが、それと同じくらい全員が昂ぶり、楽曲全体がエモーショナルに揺れている。4人が互いを信用し、同じ空気の中で息をしているのだ。バンド=共同体なのだからあたり前だと言われそうだが、ニトロデイでこれを感じたのは、私にとって初めてのことだった。

もはや使うべきは〈若いのに〉ではない。若いからこのスピードで変われるのだし、若いから明日より明後日がいいと断言できる。つまりは無限の可能性と同義である。会場にはかつてのグランジを愛好する中年の客もチラホラいるが、目立つのは次第に増えてきた若いファン層。ことに、“レモンド”の歌詞をずっと一緒に叫んでいたひとりの青年の姿が忘れられない。〈不甲斐ないな/冴えないな〉と繰り返す歌詞は、まぁ平たく言って後ろ向きなのだけど、それを全力で唱和することには別の意味がある。そんなファンの姿を目の当たりにすることで、バンドにまた違うフィードバックがあるだろう。次のライヴを観るときはまた少し、そして確実に進化しているはずだ。

このツアーの最終公演は3月22日(金)の新代田FEVER。バンド初のワンマン公演となる。ほんの一か月後の話。だが彼らにとっては、何がどう変わるかわからない、未知のかたまりのような一か月も先の話。繰り返すが、可能性は無限大だ。

 


Live Information

ニトロデイ「マシン・ザ・ヤング リリースツアー」
3月3日(日)大阪・心斎橋Pangea
共演:NOT WONK
3月22日(金)東京新代田FEVER ※初ワンマン・ライヴ

OTHER LIVE
2月23日(土)東京・渋谷ライヴハウス ※サーキット・イヴェント
2月24日(日)水戸市内ライヴハウス ※サーキット・イヴェント
3月1日(金)千葉LOOK
3月15日(金)宮城・仙台enn 3rd 
3月16日(土)長野県 志賀高原総合会館98ホール
3月20日(水)愛知・名古屋3STAR IMAIKE
3月24日(日)愛知・名古屋ライヴハウス ※サーキット・イヴェント
3月31日(日)福岡Kieth Flack
4月7日(日)大阪・umeda TRAD
4月20日(土)札幌市内ライヴハウス ※サーキット・イヴェント
5月3日(金・祝)VIVA LA ROCK 2019

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