INTERVIEW

キセル『Kicell's Best 2008-2019』 ノスタルジックな歌心と浮遊感を身に纏い、ゆったりと歩みを進めてきた二人が辿り着いた〈居場所〉

キセル『Kicell's Best 2008-2019』 ノスタルジックな歌心と浮遊感を身に纏い、ゆったりと歩みを進めてきた二人が辿り着いた〈居場所〉

ノスタルジックな歌心と不思議な風合いの浮遊感を身に纏い、ゆったりと歩みを進めて20年。〈居場所〉に辿り着いてからの彼らを改めて振り返ってみると……

現在進行形感がある

 京都出身の辻村豪文と友晴の兄弟ユニット、キセルは2019年に結成20周年を迎える。当時組んでいたバンドを解散し、兄の豪文が新たな自分の活動パートナーとして選んだのが高校卒業を控えた弟の友晴だった。宅録したカセット音源を駆使しながら二人だけでライヴ活動を開始し、ほどなく〈キセル〉を名乗った。2001年にはスピードスターからファースト・アルバム『夢』をリリース。メジャーで4枚のオリジナル・アルバムと1枚のベスト盤を発表後、2007年にKAKUBARHYTHMに合流。翌年のアルバム『magic hour』から2017年末の最新作『The Blue Hour』まで、同レーベルでのオリジナル・アルバムも4枚を数える。

 そして、20周年の節目を飾る9月16日には日比谷野外音楽堂での3回目のワンマン・ライヴ〈野音でキセル 2019〉も控えるなか、移籍後の作品からピックアップしたベスト・アルバム『KICELL'S BEST 2008-2019』のリリースが発表された。Disc-1にはKAKUBARHYTHMでの作品から二人がピックアップした12曲が、Disc-2にはスピードスター時代の楽曲を宅録した新ヴァージョンが6曲収録されている。スピードスター時代のベスト盤『タワー』(2005年)はキセルをよく知る人たちがセレクトした名曲集となっており、みずからの選曲によるベストを作るというのは今回が初めてだ。まずはそのことについて二人に訊いてみた。

キセル Kicell's Best 2008-2019 KAKUBARHYTHM(2019)

 「〈普段のアルバムよりさらにゆっくりした曲ばっかりだけど、意外に聴けるな〉と思いました。KAKUBARHYTHMに入ってからはシングルを出してるわけじゃないけど、(近年の代表作と言える曲は)聴き直して見ても、歌と音のバランスとか、エンジニアさんの気持ちの入った仕事による完成度とか、いろいろしっくりくる曲が多かったですね。自分らで曲を選ぶというのも初めてだったので、キセルがやってきた感じを自分でちょっと俯瞰して見れたというか。曲のテーマとか言ってることもわりと一緒ですけど、それをちょっとずつ更新しながらやってきたのかなと」(辻村豪文、ヴォーカル/ギター)。

 「俺も選曲リストを兄さんに送ったんですけどね。思い入れの強い曲を選んで送ったら、〈ちょっと渋すぎる〉って言われました(笑)」(辻村友晴、ベース/ヴォーカル)。

 「渋いっていうか、ベスト盤の選曲にしてはかなり通好みな感じやったので。でも、それも踏まえつつお互い納得いくよう選んでいって。“一回おやすみ”は絶対入れたいと言ってたので、それは入れよう、とか」(豪文)。

 ベスト盤はひとつの区切りの時期に出ることが多いし、集大成とか名曲集とかになりがちだが、そういう意味では、今回のベストは〈ゆっくりだけど自分たちのペースで今も動いているキセル〉を感じさせるものだ。Disc-1にはここで出会うリスナーに対しての〈はじめまして〉、Disc-2にはこれまでのリスナーへの〈ありがとうございます〉という気持ちがあるという。

 「特にヒット曲はないですけど、自分のなかで古くなったりはあんまりないです」(豪文)。

 「あと、現在進行形感もある」(友晴)。

 「Disc-2に入れた曲は、ここ10年くらいの間に特にアレンジが変わったなかから選んでるんですが、長くやってこれたおかげやと思っていて。録った頃は皆で演奏するのを全然想定してなかったんですが、ライヴが増えてくなかで徐々に変わってった感じです」(豪文)。

 そういう意味では、KAKUBARHYTHMに入ってから、エマーソン北村(キーボード)、北山ゆう子(ドラムス)、加藤雄一郎(サックス)、野村卓史(キーボード)といったメンバーを迎えて、ライヴ・バンドとしての個性が確立したのも大きい。

 「(スピードスター時代に比べ)ライヴの数がすごく増えたというのも大きいですね。今度の野音では、KAKUBARHYTHMで出した曲を中心にやりたいと思ってるのと、エマーソン北村さんにも久しぶりに来てもらって3人でライヴをやってた時期の曲もなるべくやりたいなと思ってます」(豪文)。

 「2006~7年くらいに、その3人でよくやってましたからね」(友晴)。

 「相変わらずなりに新鮮な気持ちでやれてるのは、KAKUBARHYTHMや長く聴いてくれてるお客さんがいてくれてる環境が大きいと思うし、ありがたいなと思いますね。長く続けたいというのは昔から自分でも思ってたんですけど、おかげさまで今のところなんとかやれてる」(豪文)。

 

居場所を探して

 前作『The Blue Hour』のリリース時にキセルが細野晴臣のラジオ番組〈Daisy Holiday!〉に出演した際、細野に「8枚目のアルバムで、もう19年くらいやってます」と伝えると、「ぜんぜん貫禄出ないね」と言われたそうだが、それが細野ならではの最高の褒め言葉であることは容易にわかる。〈成熟〉や〈貫禄〉といった重石を不用意に纏うことなく、自分たちの音楽を貫いてきたキセルに対して、never young beachの安部勇磨ら若い世代のミュージシャンも惜しみないリスペクトを捧げている。

 「安部くん、最初にはっぴいえんどのトリビュート(2002年の『HAPPY END PARADE~tribute to はっぴいえんど~』)で、僕らが主にラジカセを使って録った“しんしんしん”を聴いて〈音がモコモコすぎてびっくりした〉って言ってて」(豪文)。

 「〈カセットデッキが壊れたかと思った〉って言ってたね(笑)」(友晴)。

 「うちらのは狙ったローファイではなく、ただのローファイだったんですが(笑)。でも、自分もそうなんですけど、誰かの〈こんなんでもありかも〉って感じに背中を押されることもあるなと思っていて。おもしろいものって、そういうズレてるかもしれないけどなんか一生懸命みたいなところから出てくる気がして。難しいですけど。でも、そういう試行錯誤だったところを安部くんが聴いてくれてて、ツーマンのライヴ(2016年9月30日、渋谷WWWX)に呼んでもらえたりしたというのはありがたいですね」(豪文)。

 そして迎える3度目の日比谷野音ワンマン。彼ら自身も意外だと受け止めていたが、実はカクバリズム所属のアーティストで、3回目の野音は最多の記録だ。2013年、2015年とそれぞれの名場面がDVDとしても残されている。20周年のご褒美というタイミングはあるとしても、ある意味、KAKUBARHYTHMのベーシックにある、〈音楽と共にある日々〉という感覚をもっとも体現しているバンドはキセルなんじゃないかと思える。そう伝えると、兄弟揃って「えー! そうですか?」と声を上げた。

 「KAKUBARHYTHMの標語?になってる〈衣・食・住・音〉ってほんまハードル高いなって思うんですけど、レーベル内にある〈音〉のうちの何かしらの部分を賄えてたらいいなとは思ってます。うちらは途中からレーベルに入ってきたし、最初は異質だと感じてたところもあって。YOUR SONG IS GOODにしてもSAKEROCKにしても、KAKUBARHYTHMのバンドはライヴを盛り上げるのもうまいし、わ~大丈夫かなぁって思ってたんです。でも、こうして続けてこられたのは足りないからこそ譲れないとこもあるし、そうやって自分らの居場所を探してきたからというか。そこはお客さんとの関係性とも似てるんですが」(豪文)。

 「居場所があって良かったなあ(笑)」(友晴)。

 「なんで角張(渉、レーベル代表)くんがうちらをKAKUBARHYTHMに呼んでくれたかとか考えるとおもしろいなと思うんです。キセルが角張くんの〈好きなもの〉の範囲内に入ってたからなんですけど、そのキャパの広さが独特やなって。あとは、良くも悪くもキセルが兄弟やからって部分は、歩みは遅いかもしれないけど長く続けられてる理由な気がしますね。いろいろ運が良かったとも思ってます。迷惑かけてるところも多いですけど(笑)」(豪文)。

 アルバムごとのスパンは空いても、キセルの歩みは20年の間で止まったことはない。ちゃんと悩んで、ちゃんと自分たちと向き合い、〈今この音を鳴らす理由〉を考えてきた。そのことの確かな証明がこのベスト盤には、はっきりとある。

 そういえば2010年リリースの6作目『凪』には、友晴作の“見上げる亀”というインストが入っていた。歩みはゆったりでも、視線はその先の空を見上げている。もしかしたら彼が最初に出したという〈渋い〉リストには、その曲が入っていたのかもしれない。

キセルの近作。

 

次ページキセルのマイペースな足跡はこんな作品にも……
関連アーティスト
40周年プレイリスト
pagetop