ピアノの音ですら自然の一部に。〈生命の輝き〉をスケッチした新作

 世界中を旅しながら、音楽や映像作品を生み出してきた高木正勝。映画やCM、舞台などの音楽も手がけて幅広い分野で活動するなか、『マージナリア』シリーズは最もパーソナルな作品だ。高木は山奥にある自宅で家の窓を開け放ってピアノを演奏。鳥や虫の鳴き声、雷鳴など自然との〈共演〉を日々録音してて発表してきた。シリーズ最新作にして完結編となる『マージナリアIII』『マージナリアIV』では、これまで以上に自然の音がアルバムから聞こえてくる。

高木正勝 『マージナリアIII』 ソニー(2021)

高木正勝 『マージナリアIV』 ソニー(2021)

 「最初の頃はピアノにしかマイクを向けてなかったんです。でも、だんだん自然の音も録りたいと思うようになってマイクを外にも向けました。今ではマイクは全部で30本くらい立てています。演奏している時に聞いていた音をそのまま記録したいと思っていて、録音した音には一切手を加えていないんです」

 今回の取材はZoomで行われ高木は自宅からの参加だったが、話をしている間にもウグイスの鳴く声が聞こえてくる。ピアノが主役だったシリーズ初期の頃と比べると、新作ではピアノが自然の一部になっているのが印象的だ。さらに新作には、高木の人生の大きな変化が反映されているという。

 「『III』を録音している時は子供が欲しいと思っていて〈生命って何だろう〉って考えていたんです。それでスイスのシュタイナーの施設に行ったり、スリランカでアーユルヴェーダの医療を受けたりして旅先でも録音をしていました。そして、『IV』を録音している時に妻が妊娠したんです。そうすると、体が変化した影響で〈気持ち悪くなるからピアノを弾かないで〉って言われてしまって(笑)。そのうち〈これくらいのテンポで、この音だったら大丈夫〉となってきたので、そういう風に弾いて録音したんです」

 今回の2作は、新しい生命の誕生と同時進行しながら生み出された。そして、それらは出産と同じく妻とのコラボレーションのたまものだった。

 「実は『マージナリア』は妻が描いた絵にヒントを得て始めたんです。ソロモン諸島に2人で行った時、彼女は見たものをポストカード・サイズの絵に描いていて。例えば海の波の線とか感覚的に捉えたものだけ描いていて、その抽象的な絵を50枚並べると写真よりも風景を見て感じたことが記録されていた。それを音楽でやってみようと思ったんです。僕が家で『マージナリア』を録音している間、妻はずっと絵を描いていました。ジャケットに使っているのはその絵なんです」

 自然や家族など様々な関係性のなかから生まれた新作。そこで高木が音でスケッチしたのは生命の、そして人生の輝きなのかもしれない。