秋も深まり肌寒さを覚える11月に、心温まる歌声をもつ2人の女性ヴォーカリストが連続して来日を果たす。まずはスピリチュアルで情熱的な世界観を持つリズ・ライトが、11月12日(木)に名古屋ブルーノート、11月14日(土)、15日(日)にブルーノート東京、11月17日(火)、18日(水)に東京・丸の内コットンクラブへ出演。続いて、キュートな佇まいも光るステイシー・ケントが11月24日(火)~26日(木)にかけてブルーノート東京へ登場する。両者共にキャリアハイと言えそうな新作を今年発表したばかりで、気品に満ちたやさしい歌声は洗練されたジャズ・クラブでこそ真価を放つはず。今回は音楽&旅ライター/選曲家の栗本斉に、才媛たちの魅力とキャリアを紹介してもらった。 *Mikiki編集部
■リズ・ライト
★2015年11月12日(木)名古屋ブルーノート公演詳細はこちら
★2015年11月14日(土)、15日(日)ブルーノート東京公演詳細はこちら
★2015年11月18日(水)コットンクラブ公演詳細はこちら
■ステイシー・ケント
★2015年11月24日(火)~26日(木)ブルーノート東京公演詳細はこちら
枯れ葉舞い散る秋の終わり。こういう季節の変わり目になると聴きたくなるのが、女性ジャズ・シンガーだ。ジャズといっても、これ見よがしのスキャットやフェイクでテクニックを見せつけるタイプではなく、そっと心の襞に入り込んでくるようなシルキー・ヴォイスと言えばいいのだろうか。そういった意味では、今回紹介するリズ・ライトとステイシー・ケントはうってつけの2人である。いずれもジャンルに縛られない自由な指向性を持ち、新しいジャズ・シンガーのあり方を追求するアーティストと言えるだろう。間もなく来日する2人を、秋風の如くそっと紹介していきたい。
リズ・ライトは80年生まれ、米国ジョージア州出身。彼女のルーツは教会にある。歌やピアノを始めたのも、ゴスペルがあったからだ。そしてヴォーカルやコーラスを学校で学び、着実にヴォーカリストへの道を歩んでいく。2000年にイン・ザ・スピリットというコーラス・グループで活動を始めたリズは、程なく認められてジャズの名門レーベルであるヴァーヴと契約。ついにデビューを果たすのだ。
2003年に発表されたファースト・アルバム『Salt』は、チック・コリアの名曲カヴァー“Open Your Eyes, You Can Fly”で幕を開ける。ゴスペル出身というと、どうしても迫力あるシャウトを想像してしまうが、彼女は感情を程良く抑制し、ホットとクールの狭間を自由に行き来する。この表現力は、既存のジャズ・シンガーにもR&Bシンガーにもなかったバランス感ではないだろうか。その象徴としてこの1曲が存在する。
他にもカヴァー曲のセレクトが興味深く、ソフトなラテン・ジャズに仕上げたモンゴ・サンタマリアの“Afro Blue”、リンダ・ロンシュタットも歌っていたスタンダード曲“Goodbye”、そしてダイアナ・ロスがミュージカル映画「The Wiz」で熱唱する“Soon As I Get Home”とヴァラエティー豊か。とりわけ、ラフマニノフの“Vocalise”とニーナ・シモンの名唱で知られる“End Of The Line”をメドレーにするという意表を突いた演出に唸ったファンも多いはずだ。
また、特筆すべき点は、半数近くをリズ本人が楽曲を手掛けていること。ブルースにソウルからゴスペルまで、さまざまなジャンルを内包するようなメロディーやサウンドは、裏で糸を引くブライアン・ブレイドの手腕も大きかったが、それ以上に彼女がいかにスケールの大きいシンガーであるかを雄弁に物語っていた。結果的に、ジャズ・ファンもR&Bリスナーも取り込み、アルバム『Salt』は大ヒットを記録する。
そこからはもはや説明不要だろう。ノラ・ジョーンズを手掛けたクレイグ・ストリートがプロデュースを買って出たセカンド・アルバム『Dreaming Wide Awake』(2005年)、意外にもキャレキシコのメンバーを迎えて録音したアーシーな傑作『The Orchard』(2008年)、アンジェリーク・キジョーやミシェル・ンデゲオチェロもゲスト参加してゴスペルを歌った『Fellowship』(2010年)と、コンスタントに話題作を発表してきた。
そして、5年ぶりとなる新作『Freedom & Surrender』が先日登場。メロディ・ガルドーやマデリン・ペルーを育てた名匠ラリー・クラインがプロデュースというだけで、名盤の予感がするのではないだろうか。
実際、ディーン・パークス、ジェシー・ハリス、ビリー・チャイルズといった強者がサポートしたプロダクションは、リズのどこかノーブルな印象を浮き彫りにするだけでなく、深い陰影を与えることとなった。なかには、AORの巨星JDサウザーと共作したり、グレゴリー・ポーターと厳かにデュエットするなど話題も多いが、丁寧に作られた逸品であることには変わりない。5年も待たされただけのことはあると言ってもいいだろう。