「GLOCAL BEATS」(共著)、「大韓ロック探訪記」(編集)、「ニッポン大音頭時代」(著)のほか、2016年は新刊「ニッポンのマツリズム」を上梓するなど多くの音楽書に携わり、ラジオ番組にも多数出演。世界の音楽とカルチャーをディープに掘り下げてきたライター/編集者/DJの大石始が、パワフルでオリジナルな活況を呈するアジア各地のローカル・シーンの現在進行形に迫る連載〈REAL Asian Music Report〉。2017年最初の更新となる第11回では、大石氏が注目作をピックアップしつつ昨年のアジア音楽シーンを総括。刺激的かつ濃厚な年間ベストをお届けします! *Mikiki編集部

 


新年を迎えてだいぶ日にちが経ってしまいましたが、みなさまあけましておめでとうございます! 今年もどうぞよろしくお願いいたします。さっそくですが、編集部より〈2016年のアジアを総括せよ〉という指令が下ったため、昨年リリースされた作品のなかから現在のシーンの状況を象徴するものをちょいと選んでみようと思います。

いつも書いていることですが、〈アジア〉と一言でいっても国や地域によってかなり状況は異なるほか、ジャンルの幅も非常に広いため、あくまでもワタクシ主観によるアジアのベスト作品。また、この連載では〈アジア〉といっても東南~東アジアの現行シーンを中心に紹介してきたので、エリアはそのあたりが中心となります。

近年のアジアの傾向としてひとつ言えるのは、インターナショナルな活動を展開するアーティストが目立ってきているということがあります。いままで以上にYouTubeやSNSなどでの情報発信が重要な意味を持ち、そうしたなかから世界的なスターの座にまで上り詰めようというアーティストもついにアジアから出てきました。また、アメリカ生まれのアジア系アーティストが親の故郷へと戻り、アジアのシーンを活性化していることも重要。そのようにアジアの内と外が重なり合い、切磋琢磨しながら新しい〈アジア〉像が生まれつつあるのです。

 

■ユナ『Chapters』(マレーシア)

YUNA Chapters Verve/ユニバーサル(2016)

昨年、USのメインストリームで活動を展開したアジア系アーティストとして真っ先に名前が上がるだろう人物が、マレーシア出身のユナ。2012年にはファレル・ウィリアムズのプロデュースによって世界デビューを果たしたのちに、USヴァーヴと契約を交わして『Nocturnal』(2013年)を発表した女性シンガーです。前作発表以降もマレー語アルバムを本国で発表するなど相変わらず精力的に活動してきた彼女ですが、昨年は久々のインターナショナル・アルバム『Chapters』を発表。イスラムのスカーフであるヒジャブ(マレーシアでは〈トゥドゥン〉)を着用したエキゾティックな風貌もさることながら、少々ウィスパー気味のユナの歌声が絶品。良質のR&B作品として日本でも話題を集めました。

 

■75A『75A』(韓国)

韓国のヒップホップ/R&B界隈はMikikiでも日々かなり細かくレポートされているので(リスペクト!)ここでは挙げないつもりでいたのですが、これは挙げさせてください。75Aは女性シンガーのオヨ(Oyo)とプロデューサーのグレイ(Graye)によるユニットで、こちらは彼らが昨年末、ソウルのアンダーグラウンド・シーンを支えるレーベル、ヤング・ギフテッド&ワックから発表したアルバム。グレイはファティマ・アル・カディリエングズエングズの韓国公演にも出演していた人で、チルウェイヴアンビエントR&B的なサウンドの上で、オヨの浮遊溢れる歌声がふわふわと漂うというのが彼らのスタイル。USインディーと共振するこうしたサウンドは韓国のみならず、アジア各地から出てきており、まさに世界同時進行の時代に入ってきたことを実感させられます。

 

ちょいと余談ですが、韓国産R&Bというと、個人的にはモロに90年代のヒップホップ・ソウル路線を推し進めるアイディが最強にツボです。この曲も入ったシングル“Chapter 21”ではなんとマリオ・ワイナンズもフィーチャーされてるし、そんなの悪いわけないじゃん、ズルイなあと(ダンスも可愛いし……)。

 

■パラダイス・バンコク・モーラム・インターナショナル・バンド『Studio Lam』(タイ)

THE PARADISE BANGKOK MOLAM INTERNATIONAL BAND Planet Lam Studio Lam/Pヴァイン(2016)

パラダイス・バンコク・モーラム・インターナショナル・バンドはタイの大衆音楽、モーラムディスコダブファンクのフィルターを通して表現するバンド。ヨーロッパではかなり頻繁にツアーを行っており、〈グラストンベリー〉などのビッグ・フェスにも出演。欧州ワールド・ミュージック・シーンの注目アクトのひとつとなっています。最新作『Studio Lam』もバンドの勢いを反映した充実の仕上がりでしたね。なお、このバンドの仕掛け人は、モーラム~ルークトゥンを世界へ紹介してきたタイ人DJ/プロデューサー、マフト・サイ。もともとロンドンでソウルやヴィンテージ・レゲエのセレクターをやっていた彼の洗練されたセンスがバンドの音に反映されていることは言うまでもありません。

2016年の〈グラストンベリー〉でのライヴ映像

 

ちなみに、インドネシアの民族音楽系異端ハードコア・グループ、センヤワも彼らと同じように欧米で盛んにライヴを重ねており、すでにブレイクの気配も。彼らのように自身の伝統を更新/再構築するグループが欧米へと乗り込んでいくケースは80年代から繰り返されてきましたが、センヤワの世界的活躍はインドネシア本国におけるアンダーグラウンド・シーンの活性化を反映しているようで、その点がまたとても興味深いです。

センヤワの2016年のライヴ映像

 

■シーラージャー・ロッカーズ『Organix』(タイ)

近年、アジア間でも比較的盛んにバンド同士の交流が行われ、新たなコラボレーションの形が模索されているのがレゲエ・シーン。本作はタイのレゲエ・バンド、シーラージャー・ロッカーズの最新作で、内田直之LITTLE TEMPOOKI DUB AINU BANDほか)がミックス・エンジニアを担当するなど、ここ数年推し進められてきた日本/タイのレゲエ・シーンの交流がようやく実った作品と言えるでしょう。また、フィリピンのマニラを拠点に活動し、中国の奥地までツアーを行うPAPA U-Geeなど、アジア各地のアンダーグラウンド・レゲエ・シーンで活動を行う日本人アーティストも少しずつ増えてきているだけに、今後こうした共演作は増えてくるはず。昨年は韓国のNST&ザ・ソウル・ソースや中国の龍神道などアジア各国のレゲエ・バンドが力のこもった作品をリリースしたこともあり、アジア・レゲエ・シーン、注目すべき状況にあると思います!