脚本家の倉本聰が91歳で死去した。

 「北の国から」「前略おふくろ様」をはじめ、数多くの名作ドラマで知られる脚本家・劇作家の倉本聰。2026年9月18日、多臓器不全のため北海道富良野市の自宅で亡くなった。自身が理事長を務める財団より発表された。

東京大学文学部を卒業後、ニッポン放送に入社。在職中から〈倉本聰〉のペンネームで執筆を開始し、1963年に退社、フリーの脚本家として独立する。1970年代から1980年代にかけて「6羽のかもめ」や「前略おふくろ様」、映画「冬の華」「駅 STATION」などを手がけ、一躍トップ脚本家としての地位を確立。1977年には活動の拠点を北海道・富良野市へと移し、雄大な自然とそこに生きる人々の姿を描く独自のスタイルへと昇華させていった。

1981年に放送を開始した連続ドラマ「北の国から」は、富良野の大自然を舞台に親子の葛藤と絆を丁寧につづり、社会現象とも言える大ヒットを記録。子役の成長を約20年にわたって追い続けたスペシャルドラマシリーズは、日本テレビドラマ史に残る金字塔となった。

その後も、「北の国から」より続く「優しい時間」「風のガーデン」という〈富良野3部作〉を生み出したほか、2017年にはシニア層の生き様と痛烈なテレビ業界批評を盛り込んだ帯ドラマ「やすらぎの郷」を発表し、大きな話題を呼んだ。

作品の執筆にあたっては登場人物一人ひとりの詳細な履歴書を書き起こすなど、極限までリアリズムを追求し、人間の心の弱さや温かみを丁寧に浮かび上がらせた。また、作品を通して現代社会の過剰な文明化や希薄化する人間関係に疑問を投げかけ、大自然の中で生きる人間のたくましさや共生の価値を訴え続けた。

その情熱は作品づくりにとどまらず、1984年には私財を投じて〈富良野塾〉を設立。自ら塾長として後進の脚本家や俳優の育成に尽力し、多くの表現者を世に送り出した。2000年に紫綬褒章、2010年に旭日小綬章を受章している。

なお、「北の国から」で黒板純役を演じた吉岡秀隆は、公式サイトを通じてコメントを発表した。

倉本先生と出会えたこと、神様に感謝します。

吉岡秀隆 

 テレビドラマの地位向上と日本の文化発展に生涯を捧げたその足跡は、「北の国から」をはじめとする名作とともに今後も語り継がれていくに違いない。