CDショップでふと手に取ったアルバムが一生モノの愛聴盤になるという体験は、音楽ファンであれば誰もが経験しているだろうが、ちょうど昨日、筆者にも同様の衝撃的な出会いがあった。しかしながら今回は、CDショップが舞台でも、音楽アルバムでもなく、退勤中の電車でNetflixの新着を周回していたところ、なんとなしに見つけたドキュメンタリー映画。その作品には、アメリカンな装いの汗臭そうな男たちが肩を組んでいるアイコンともに、「ロング・タイム・ランニング」というタイトルが付けられていた。作品説明は簡素なもので〈多くの人に愛されたロックバンド、ザ・トラジカリー・ヒップ。2016年に母国カナダで敢行された、バンド最後のツアーに迫るドキュメンタリー〉とあるのみ。恥ずかしながら名前も聞いたことがないバンドであったが、どういうわけか〈せっかくだしちょっと観てみるか〉という気分になり、軽い気持ちで〈再生〉を押したのであった。
そして、1分後には大号泣。イントロダクションで、なぜトラジカリー・ヒップが最後のツアーと決めたのかが語られるのだが、まったくサラの状態で観た自分にとっては、〈えー! そんな理由があったの!!!!〉と、あまりに大きな衝撃だった。そしてそツアーを追いかけながら、30年にわたって苦楽を共にしてきた彼ら5人の絆の強さ、いかに本国カナダで〈人々の魂の歌〉となっているか(カナダの現首相、ジャスティン・トルドーも大ファンだそう)が映し出されていく。メンバーもファンも含めて、あまりに胸を打つそれぞれのバンド愛に、もはやハンカチを目元から離せなかった。周りの乗客は引いていたと思う。
なにより、トラジカリー・ヒップの音楽そのものが素晴らしく、アメリカン・ルーツ・ミュージックをベースに、ニューウェイヴ以降と言うべき滑らかなアンサンブルを血肉化したサウンドは、〈カナダのR.E.M.〉と呼ばれてきたのも納得。また、ヴォーカリストのゴードン・ダウニーの蒼さと渋味を兼ね備えた歌声は、アイドルワイルドのロディ・ウォンブルを彷彿とさせ、市井の日々の悲喜こもごもに寄り添う優しさ(と厳しさ)を堪えている。このドキュメンタリーのなかでもブロークン・ソーシャル・シーンのケヴィン・ドリューが彼らからの影響を明かしていたが、カナダではリスナーのみならずミュージシャンにとってもゴッドファーザー的な存在なのだろう。ツアーの最終公演は、カナダ各地の広場などで生中継され、老若男女問わず非常に多くの人々が集まっていた。
と、つらつらと書いてしまったが、とにかく前情報をできるだけ仕入れずに、この作品は観てほしい。ザ・バンドの「Last Waltz」、LCDサウンドシステムの「Shut Up And Play the Hits」など解散ライヴを収めた名作は枚挙に暇がないが、そのなかでも〈もっとも美しいバンドの終わらせ方〉をとらえた作品だと思う。なにより筆者がそうであったように、知らないリスナーには〈こんな最高のバンドがいたとは!〉と幸福な出会いをもたらしてくれますよ!