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わずか2枚のアルバムを遺し35歳でこの世を去った天使が今よみがえる

 うつむき加減の横顔に、長い髪が頬を隠すかのように流れ、すっきりと筋が通った鼻には色付きの眼鏡がきちんと座っている。ペンダントだろうか、十字架が印象深く目に入った。時という旅を長く重ねてきたかのような、神秘的で、宗教や知性という言葉が似合うような女性にみえた。アメリカより少し遅れて発売された日本盤の惹句には、ローラ・ニーロ以後最も重要なシンガー=コンポーザーとも記されていた。それが、ジュディ・シルとの出会いだった。

 ローラ・ニーロのマネージャーでもあったデヴィッド・ゲフィンが、1971年秋にロサンゼルスで立ちあげたアサイラム・レコードからの、それも第一弾発売が、彼女のデビュー作『ジュディ・シル』だった。レーベル創設のきっかけとなったジャクソン・ブラウンを含めて、アサイラムは、イーグルス、J.D. サウザー、ジョニ・ミッチェル、リンダ・ロンシュタット、ウォーレン・ジヴォン、トム・ウェイツ等々を抱え、1970年代のカリフォルニアの音楽風景を決定づけるほどだった。アサイラム(避難所)という名の通り、大手レコード会社にはないカジュアルでフレンドリーな雰囲気も魅力で、才能あふれるシンガー・ソングライターを次々と世に送りだした。ジュディ・シルも、その一人だった。

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 アコースティック・ギターが軽やかに爪弾かれ、オーボエが効果的に絡み、「クレヨン・エンジェルの歌は、少しばかり調子っぱずれ」と始まる。穏やかで、静寂という言葉さえ持ち出したくなる歌声からは、質素だが、優雅で厳かな印象さえ受けた。救済を求める主人公が神様と列車とを待っている様子を歌っていて、そのとき、ぼくは、彼女が抱える痛みや悲しみ、苦しさや淋しさをこれっぽっちも知らなかったけれど、それは、彼女の告白そのもののようだった。彼女の中でうごめく悲鳴が、救いを求める嘆きが、祈りを託す囁きが歌となっていく。それは正しく、他のどんなものでもない、音楽だからこそ可能な小さな奇跡や宇宙が感じられる瞬間でもあった。

 その『ジュディ・シル』発表後、ローリング・ストーン誌の表紙を飾り、カヴァー・ストーリーが組まれるほど注目されるが、続く『ハート・フード』を発表後、彼女はぼくらの前から突然姿を消した。そのいきさつを当時知らなかったが、なにしろ、壮絶な人生だった。幼くして大好きな父を亡くし、母親の再婚相手の暴力から逃れるように犯罪に走り、10代の頃から銃を手に強盗を働き、感化院へ。そこで出会ったのが、施設内の教会でのオルガンとゴスペルだった。それが救いとなり、音楽の道へ。彼女の音楽が、フォークに加えてゴスペルやバロック音楽が共存する独自なものだったのもそのあたりに起因する。音楽の道を歩み始めても荒んだ暮らしは変わらなかった。殊にドラッグの常習が激しく、交通事故による身体の痛みを忘れるためもあってますます溺れていった。そして、1979年11月23日、サンフェルナンドヴァレーの自宅で死亡しているのを発見される。35歳。死因は、ドラッグの過剰使用だった。

 「ジュディ・シル 贖罪のシンガーソングライター」は、こうして短い一生を終えた悲劇のシンガー・ソングライターを描いたドキュメンタリー映画だ。知る人ぞ知る存在だったとは言え、再評価の声が絶えることの無かった人だ。殊に、2000年代に入ってからは、アサイラム時代の2枚のアルバムが再発され、3作目となる幻の『ドリームズ・カム・トゥルー』も未発表音源を加えて発売される。ベス・オートンやビル・キャラハンなど、インディーズ系のミュージシャンたちによるトリビュート・アルバム『Canyon Angel』が発売されたのも記憶に新しい。

David Geffen

 もちろん、“ジーザス・ワズ・ア・クロス・メイカー”のように、ウォーレン・ジヴォンやキャス・エリオットが取り上げ、ホリーズのカヴァーが、2006年にキャメロン・クロウ監督映画「エリザベスタウン」の冒頭で印象深く使われることもあった。その歌で、「あいつは強盗、そしてハートブレイカー」とまで歌われたJ.D. サウザーが、映画の中で彼女のことを語っている。また、彼女がアサイラムを離れるいきさつへの質問にデヴィッド・ゲフィンが答えるシーンも興味深い。

Graham Nash
Linda Ronstadt
Adrianne Lenker

 ジャクソン・ブラウン、デヴィッド・クロスビー、グラハム・ナッシュ、リンダ・ロンシュタット、ショーン・コルヴィンなど、彼女を知り、同時代を生きた人たちはもとより、新しい世代、例えば、“ザ・キス”をカヴァーしてきたフリート・フォクシーズや、ビッグ・シーフなども、映画の中で彼女への思いを語る。若いミュージシャンたちの間でのそうした再発見の動きは、必ずしも、海外にとどまらない、この日本でも同様だ。

 映画を観た後、しばらくボーっとしたあとに、『ジュディ・シル』を久しぶりに取り出してみた。そこに記されていた、「一つ一つの言葉をラズベリーのように味わってもらえますように」という彼女の言葉と一緒に、初めて彼女の歌を聴いたときのことを思い出していた。静かな夜だった。美しい夜でもあった。いまにして思えば、息をひそめるような深い闇を抱える彼女の音楽だからこそ、夜の美しさに気づかせてくれたのかもしれない、そんな気がしている。

 


MOVIE INFORMATION
「ジュディ・シル 贖罪のシンガーソングライター」

監督:ブライアン・リンドストローム、アンディ・ブラウン
出演:ジュディ・シル/ジャクソン・ブラウン/グラハム・ナッシュ/J.D.サウザー/リンダ・ロンシュタット/ワイズ・ブラッド/ビッグ・シーフ/フリート・フォクシーズ/他
配給:ディスクユニオン
(2022年|アメリカ|91分)
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2026年10月23日(金)からアップリンク吉祥寺、10月30日(金)からYEBISU GARDEN CINEMA、ほかで順次公開
HP:https://www.du-cinema.com/judee-sill