未発表曲や手描きのイラストまで、ジュディ・シルを100%感じる作品

 その清く澄んだ歌声は、神聖な崇高さすら纏っている。70年代に珠玉のアルバム2枚を残し、薬物の過剰摂取で早逝した孤高のシンガーソングライター、ジュディ・シル。先日、彼女のドキュメンタリー映画の試写会が行われた。奇しくもこの日は彼女の誕生日と上映前に告げられ、集まったファンから拍手が起こり、温かな雰囲気の中で映画は始まった。

 本作は彼女の短くも波乱万丈の生涯と、傑出した才能に恵まれた音楽について、本人のインタビューと詳細に記された日記、同時代を共に行きた音楽関係者、友人、親族などの証言を基に、時系列を追って紐解いている。まず驚かされるのは、彼女のデビュー前の荒んだ生活だ。1944年に生まれ、10代後半に家出。薬物中毒、小切手偽造、詐欺、そして強盗にも手を染め、その後は売春まで……。しかしその背景にはあまりに過酷な家庭環境と、運命の悪戯としか言いようのない不幸の連鎖があった。そんな中で彼女にとって、音楽だけが生き延びるための希望となっていた。

 音楽については、その才能の輝きに驚かされるばかりだ。アルバムでも聴けるギターとピアノはもちろん、10代でフルートやウッド・ベースでジャズを弾きこなしていたという(劇中では触れないが、彼女は16歳頃からLAのジャズクラブに入り浸り、マイルス・デイヴィスやチャールズ・ミンガスなど全盛期のモダンジャズを全身に浴びていた)。そして彼女の音楽の重要な要素であるゴスペルやバッハとの関係性についても、その謎を解き明かしてゆく。また本作では、正規盤には収録されていないデビュー前のオリジナル未発表曲が流れ、代表曲の貴重なライヴ映像を観る事も出来る。

 さらに彼女が日記などに描き残したイラストやドローイングの数々も登場し、その繊細で独特な世界観に、改めて彼女のアート全般に対する感性の豊かさと多才ぶりを感じる。劇中ではこれらの絵が、“レディ・オー”“リッジ・ライダー”“ティル・ドリームズ・カム・トゥルー”などの曲をバックにアニメーションとして動き出す。これが彼女の辛く切ない心情や、安寧を求めた精神世界を見事に表現しており、本作の大きな見所の一つになっていると同時に、作品に心地よいコントラストを与えている。

 映画が描くのは彼女が35歳で亡くなるまで。その後の彼女は熱心な音楽評論家やファン、音楽仲間以外、長い間忘れられた存在だった。しかし1999年と2003年に既存のアルバムをCD化、2005年には死の直前に録音されたままの幻の3rdアルバムを、ポストロック/オルタナティヴ・ロックの最重要人物ジム・オルーク(祝結婚! with 石橋英子!)のミックスにより発売。そして当時ヴァシュティ・バニヤンの再評価やデヴェンドラ・バンハート、ジョアンナ・ニューサム、アニマル・コレクティヴ等の活躍によって興ったフリー・フォーク・ムーヴメントに同期して、ジュディ・シルの再評価も世界的に始まった。本作ではそこから影響を受けたビッグ・シーフやフリート・フォクシーズなどの若い世代が彼女について語り、曲も演奏している。

 彼女の人生については断片的に知っていたので、本作を観るのが少し怖くもあった。しかし彼女の好奇心旺盛なマインドや生命力に満ちた生き方、そして今でも彼女を慕う多くの仲間の言葉としみじみとした表情を観て、むしろ胸をホッと撫で下ろした。何より本作は、ジュディ・シル純度100%なのだ。描く対象が彼女だけという事ではない。通常ナレーションは後から別の人が話すが、本作では本人のインタビュー音声を上手く編集して使い(日記やインタビュー記事は声優が担当)、劇伴も誰かが作ったものではなく、彼女のアルバムのマルチトラック・テープから歌を抜いた演奏をスコアとして使っている。つまり劇場が、音楽、言葉、エピソード、声、スクリーンに映るもの、全てがジュディ・シルで満たされ、とても幸せな気分に浸れるのだ。もちろん見ていて苦しくなる場面もあるが、それも痛みと癒しが共存する彼女の曲と同じように本作を味わえば、深く心を打たれるはずだ。そして混迷した今の世の中だからこそ、スピリチュアルで魂の救済のような彼女の音楽が、多くの人に求められるのだろう。

 


MOVIE INFORMATION
映画「ジュディ・シル 贖罪のシンガーソングライター」
監督:ブライアン・リンドストローム、アンディ・ブラウン
原題:Lost Angel: Genius of Judee Sill
配給:ディスクユニオン
(2022年/アメリカ/91分)
©2023 Onwards & Upwards LLC Exclusively licensed to TAMT Co., Ltd. In Japan
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HP:https://www.du-cinema.com/judee-sill