©杉山テツヤ

野田幹子が佐藤博を迎えた『ローズ・セ・ラ・ヴィ』の不朽な魅力とは?

 〈ジャパニーズ・シティ・ポップ〉が、もともと解釈の幅が広いジャンルであることは言うまでもないが、ここ数年は、ソウル/R&B的なエッセンスを持つ90年代の楽曲やアルバムも評価の対象になってきた。

 野田幹子が91年にリリースした6作目にあたるオリジナル・アルバム『ローズ・セ・ラ・ヴィ』もそのひとつ。透明感のある歌声に、16ビートのグルーヴが絶妙にハマった“淡い季節のサングラス”は、サブスクリプションでも上位をキープしているし、当時を知る世代だけでなく、世界中の若いリスナーからもどんどんアクセスされているという。

野田幹子 『ローズ・セ・ラ・ヴィ+2』 ソニー(2026)

 そんな本作が、このたびCDとLPでリイシューされる。当時はCDのみのリリースだったので、アナログ化はもちろん初。しかも、レッド・ヴァイナル&ピクチャー・レーベルのスペシャルな仕様だ。そしてCDは高品質Blu-spec CD2で、ボーナス・トラックとして“With You!”のシングル・ヴァージョンと、そのカップリング曲だった“2度目のキスは探さないで”が収録される。後者はシティ・ポップ・ファンの人気がとても高く、喜ぶマニアも多いはずだ。

 そもそもこの『ローズ・セ・ラ・ヴィ』は野田にとって、思い切って新しい扉を開けようとする決意が強い作品だった。それまでの彼女は、デビュー作のプロデュースを手掛けた岡田徹(ムーンライダーズ)人脈とのマニアックな接点を持ち、なおかつ自分で作詞・作曲を手掛けるシンガー・ソングライターでもあった。今回のリイシューに際したインタヴューで「デビューからのアルバム5枚で、わらしべ長者のようにちょっとずつ数字は伸びていて」と、みずから述べているように、歩んできた路線に手応えはあった。

 だが、90年代を迎えて、ポップスの世界ではR&Bやヒップホップが台頭してゆく。そうしたトレンドの変化に戸惑っていた部分もあった。加えて、20代半ばを迎え、同世代の女性に向けて歌いたいという気持ちも芽生えていたという。その結果、本作で起きた変化はふたつ。それが、ほとんどの楽曲を尾崎亜美など他のソングライターに委ねたこと(“Diary”のみ自身の作詞)。そして、担当ディレクターの強い推薦により、ソウル/R&B的な側面の強化としてメインのアレンジャーに佐藤博を迎えたことだった。

 楽曲提供については、彼女自身の言葉を借りれば「自分では書けない世界を表現してもらって、それを演じる幸せ」を味わうことにしたのだという。ブレストの段階で自身の心境をしっかりと提示しつつ、女優のような気持ちで歌に臨んだ。

 ソウル、あるいはAOR的とも言えるサウンド面については、やはり6曲のアレンジ(ボーナス・トラック2曲を含めると計8曲)を担当した佐藤博の存在は大きい。いまやシティ・ポップのスタンダードとして知られる傑作『Awakening』(82年)以降、佐藤が追求してきたのは、未来的なメロウ・グルーヴ。シンセを大胆に駆使しつつ、信頼するスタジオ・ミュージシャンたちによる生楽器の存在感も重視した。それゆえに、佐藤の仕事からは、無機質な打ち込みサウンドとは違う繊細さやドラマチックな展開が生まれる。その真骨頂は、本作でも“花を買う”“ファイナル・コール”などで存分に発揮された。また、当時はまだ新進気鋭だった菅野洋子(現在は〈よう子〉)がアレンジを担当した“Overnight Hiking”“遠い8月”では、キュートさと繊細さを兼ね備えた菅野の個性を早くも感じることができる。

 面識のなかった佐藤との制作に際して、野田は「口も利けないくらい大変緊張をしていた」と語っている。結論から言えば、このコラボレーションは大正解だった。佐藤が80年代に求めてきたクリスタル~アクアと評される透明感を重視した音のイメージと、ここでの彼女の歌声はとても相性が良い。むしろ、与えられた歌の世界に専念する気持ちが、それまでとはひと味違う大人の表情など、彼女自身に宿っていた魅力を大きく引き出したのだろう。野田自身も、当時を振り返って、〈作品とはどうあるべきか〉という見極めの基準を本作によって持てるようになったと語っている。2027年のデビュー40周年を目前にした、35年ぶりのリイシュー。佐藤博ら最良の〈ソムリエ〉との仕事が、ヴィンテージでありながらいまなお新鮮な作品として、本作を輝かせている。 *松永良平

『ローズ・セ・ラ・ヴィ』に参加した音楽家の作品。
左から、佐藤博の79年作『オリエント』(キティ/ユニバーサル)、尾崎亜美の2026年作『amiism』(PANAM)

 

野田幹子の歌をさらに味わうには?

 2007年にデビュー20周年記念の2枚組ベスト『BLACK VELVET』を発表したものの、野田幹子の80~90年代のアルバムは現在、多くが廃盤になっている。ここでは野田の歌が聴ける入手しやすい作品を紹介しよう。まず2014年の杉真理の還暦記念盤『THIS IS POP』で杉と共に作詞した“泣き顔”を歌唱。翌2015年に発表された鈴木慶一の活動45周年を記念した3枚組アンソロジー『謀らずも朝夕45年』には、鈴木作曲のニューウェイヴィーなデビュー曲“太陽・神様・少年”(87年)が収められている。また、2022年の上田知華による提供曲集『PIECE OF MY WISH~上田知華のおと~』には、野田の96年作『New Look』から洒脱なスロウ“ソ・ワ・レ”を収録。2025年には、約20年ぶりのオリジナル・アルバム『Mikkonos』をレーベル直販などを中心にリリースした。さらに今年4月の岡田徹トリビュート盤では、武川雅寛、夏秋文尚と共にアグネス・チャンで知られる“Try Again”をカヴァー。だが、傑作ばかりのディスコグラフィーゆえにアルバム単位で彼女の歌を堪能したいのも事実。今回の『ローズ・セ・ラ・ヴィ』を皮切りに、スタジオ・アルバムが随時カタログ化されていくことも期待したい。 *田中亮太

左から、ベスト盤『BLACK VELVET ~野田幹子 20th BEST~』(ソニー)、岡田徹のトリビュート・アルバム『Adventures in Modern Recording by TOHRU OKADA』(Headland)、鈴木慶一のベスト盤『謀らずも朝夕45年』(Pヴァイン)、2022年のコンピ『PIECE OF MY WISH~上田知華のおと~/上田知華 提供曲集』(ソニー)、杉真理&フレンズの2014年作『THIS IS POP』(徳間ジャパン)