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一体、世界はどこ行っちゃうの?

――KERAさんはカフカが好きだと以前から公言されていて、カフカをモチーフにした舞台を作っていらっしゃいますよね。今回、音楽でカフカを取り上げようと思った理由は?

「少なからずいまの時代に有効だという確信があったからです。カフカの小説を読むとストレスを感じるのは、例えば『審判』なんかは明らかに主人公には罪がないのに、どんどん窮地に追い詰められていくじゃないですか。罪状不明なのに急に逮捕されて、何回かの裁判があり、最後は犬のように殺されるという。理不尽な目にばかり遭ってるということに痛快感が伴わない。それは、そこに何の根拠も道理もないからです。だから読んでいてすごくストレスなわけですよね。でもそのストレスは、例えば東京電力が情報を隠蔽していたとか、世論を肯定していながらまったく無視しているいまの政権にも言えることで。世の中との折り合いの付かなさを震災以降に痛感している人って多いんじゃないかなと思うんですよね。トランプが(アメリカ大統領選で)当選したのもそうですし。この〈一体、世界はどこ行っちゃうの?〉という感じはまさにカフカ的で。より説得力を持って身近になってきている。だったら、演劇のみならず音楽の領域にもカフカを持ってくるのも、いまならありなんじゃないかなと思ったんですね。まあ、それ以前に僕がカフカに個人的なシンパシーがあってのことなんですけど」

――KERAさんはカフカ同様、ニーチェも昔から好きだったのですか?

「いえ、カフカほどこだわりはないんです。ただカフカはニーチェの影響を受けている。ニーチェのシニカリズムというのは、(自分が)中学生の頃から徹底しているなとは思ってましたね。キリスト教を批判して(世の中を)全部敵に回して。完全なマイノリティーじゃないですか。ニーチェの〈絶望のなかに希望の光が差しているみたいな感じ〉というのは客観的に見るともしかしたらカフカよりも僕の作品に近いって言う人が多いかもしれないですね。エンディングとか。ただ、今回はあくまでもカフカがあって、楽曲も両極端だから、それと対になるものを直感でニーチェにしたという程度のものなんですけどね。カフカと両極端ということで言えば、ゲーテのほうがより鮮やかなんですが。ゲーテは『ファウスト』とか(悲劇的なもの)を書いているけど、本当にベタなくらい希望を語るんですよ。『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』って本にもなっているくらい、比較されやすい。単にコンセプトとしてはそっちのほうが鮮やかなんでしょうけど、ゲーテの言葉を読んでも白けるし(笑)、比較優先で作っているわけでもないから、ここはやっぱりニーチェかなと思った。〈ニーチェズ・ポップ〉で参照したのは、初期のYMOウルトラヴォックスの『Systems of Romance』(78年)とか、あのあたりですね。“箱”なんかはかなりああいったシンセ・サウンドを意識している。(KERAが監督した)『1980』という映画のラスト・シーンで、犬山イヌコともさかりえ蒼井優の三姉妹が屋上で、その年に発売されたウォークマンでYMOの“Rydeen”を聴いているんです。そこでボソリと犬山が〈3人で聴くには不便だね〉って台詞を言うんですね。僕はYMOは個人的に、未来への夢を奏でることができた最後のグループというイメージがあるんですよ。戦争が終わって高度成長期からの〈未来がバラ色〉という夢を皆が共有できた時代の終焉を象徴するのがウォークマンの登場だったように思える。パーソナルな時代はあそこから始まった」

ウルトラヴォックスの78年作『Systems of Romance』収録曲“Slow Motion”
 

――電子音が明るい未来の象徴となり得た最後の時代、ということですね。

「そうです。78~79年のシンセを主体にした音楽を聴くと、何とも言えない気分になるんですよね。〈ニーチェズ・ポップ〉ではそんな気分を喚起させた想いがありました」

――〈ニーチェズ・ポップ〉では、〈カフカズ・ロック〉でのモノトーンなニューウェイヴとは対照的なシンセの使い方をしてみたというわけですね。

「〈ニーチェズ・ポップ〉では何となく主役をシンセにしていろいろとやっているんですが、最後の“ニーチェズ・ムーン”なんかはアレンジ次第ではNo Lie-Senseのレパートリーにしたほうがしっくりくるような曲ですよね。リズムもドドンパだし。大滝詠一さん的なアプローチというか、ナイアガラとかもちょっと頭にありましたね。『LET'S ONDO AGAIN』(78年)とか。僕は“君は天然色”をカヴァーしてますけど、全然はっぴいえんどチルドレンでもないし、ナイアガラ・チルドレンでもないんです。でもドドンパは日本のミスリードが生んだリズムじゃないですか。それにこういう歌詞を乗っけて歌う。それをあえて有頂天でやるというのはおもしろいなと思って」

――いまの有頂天の特性を2枚それぞれで明確に打ち出せたと。

「『カラフルメリィが降った街』(90年)は、オモチャ箱をひっくり返したようなアルバムだったんですが、今回は、いろいろなものが1枚のアルバムの中に混在するっていうのは、どうしても嫌だったんですよ。だから半分は今回はやめて、次回に見送ることも考えたんですけど、それが2枚組にできるようになったことで回避された。2枚組にすることが認められなかったら、今回はへヴィーで暗いアルバムですが次は明るくします、みたいなことをここで喋っていたかもしれない(笑)」

――P-MODELが『ポプリ』『Perspective』と、どんどん内省的な方向に向かっていったのと同じような状態に有頂天があるというわけではないと。

「ではないですね。あの時期の平沢(進)さんのように切羽詰まってる感じはまったくないし。もちろん、個人的に世の中がやばいな、という気持ちは日々ありますけどね。まさに戦前みたいだよなぁって空気になっているし。(忌野)清志郎さんが生きてたら何を言うかな、なんて考えちゃうのは、良くない世の中だってことだよね」

――でも今回はストレートにポリティカルなことは歌っていませんよね。

「『lost and found』にはかなりストレートにポリティカルな匂いがする曲も入っていましたが、今回はそれは禁じ手だとみずからに言い聞かせました」

――でもワイヤーのファースト・アルバムのジャケットに使用されたピンク・フラッグが政治的に見えたのと同じように、今回のアルバムのイエロー・フラッグもまた政治的に見えます。

「答えを一つにしたくなかった。真逆に受け取る人がいてもおかしくないくらい抽象性を強く持っているほうが、特に今回はいいんだろうなと思って。そこであんまり露骨に何かを歌っておいてカフカの名前を冠してしまうのは、カフカに対しても失礼な気がするし」

『カフカズ・ロック/ニーチェズ・ポップ』ジャケット
 

――こうして最新形の有頂天が発表できると同時に、今年9月にはキャニオン・レコード時代の音源をまとめた『有頂天in CANYON YEARS 19861988』がリリースされたりなど、過去の音源もいい形でアーカイヴ化が進んでいますね。

「結果的にはいいタイミングで再結成できたと感じています。でも相変わらず、過去を振り返ることに必要以上の時間と労力を費やしたくない。そこはなるべく誰かほかの人に託して、自分は新しいものを作りたいですね。とにかく時間が足りない。こんな音楽、どう考えてもあと10年かそこらしかできないでしょう、きっとね。芝居をやってると、なかなかライヴとレコーディングに満足いくだけの時間を割けないんです。ライヴも楽しいから辞めたくはないんですが、ライヴとアルバムのどっちかを選べと言われたら、ほかのメンバーはわからないけど、僕はアルバムを作るほうを選びますね。XTCじゃないけど」

――それだけ音楽でやりたいことがあると。

「間違いなく日本で今年一番アルバムを出した劇作家だっていう(笑)。でもそれは限られた時間しか音楽で動けないからで、年間ずっと音楽活動に時間を解放されてたら、逆にここまでやらないんじゃないかなあ。鈴木慶一さんがものすごい精力的に動いている時に〈すごいですね慶一さん〉って言うと、〈あんたに言われなくないよ。あんたがすごいからだよ〉というふうに言ってくれるんですが、慶一さんとは一回り(歳が)違うからね。先輩たちのヴァイタリティーって、すごく励みになりますよ。この間は平沢(進)さんと巻上(公一)さんにも驚かれたもん。12月のヒカシューのイヴェントの打ち合わせで会った時、〈去年の6月から出したアルバムです〉と言ってシンセサイザーズのアルバムと有頂天の『lost and found』、ソロの『Brown, White & Black』、No Lie-Senseの『JAPAN'S PERIOD』、ソロのライヴ・アルバム『12TH. STREET SWING~LIVE AT BILLBOARD TOKYO 20160313~』の5枚を渡したら、〈こんなに(たくさん)出したの?〉って呆れられて(笑)。でもこれだけは断言しますけど、まったく粗製乱造ではないですからね」

KERAの2016年作『Brown, White & Black』収録曲“これでおあいこ”
 
No Lie-Senseの2016年作『JAPAN'S PERIOD』収録曲“塔と戯れる男二人”
 

――2017年もこのペースで出していく感じですか?

「いや、ちょっと出しすぎたかなと思ってるんで(笑)。来年はシンセサイザーズとソロ・アルバム、この2枚を完成させるのが目標。ソロは引き続きジャズ路線。とても有能なアレンジャーやミュージシャンとの繋がりが出来たので、この感じであと1、2枚は作れるんじゃないかと思っています。ソロを作ってみて驚いたのは、普段ジャズをやってる人たちもおもしろがってくれることですね。ブルーノートの店長さんとか、そういう人がライヴに来てすごく喜んでくれて嬉しかった。あ、こんなインチキなジャズでも自信を持ってジャズだと言っていいんだなって。シンセサイザーズには、準メンバーとして田渕ひさ子さんにフルで参加してもらうつもりです。作曲もしてもらっているし。彼女のギターはとてもいいので、しばらくは一緒にやれたらいいなと。それからNo Lie-Senseに関しては、慶一さん次第で(笑)」

田渕ひさ子が参加したケラ&ザ・シンセサイザーズの2015年作『BROKEN FLOWER』収録曲“真夜中のギター”